日向夏



日向夏ゼリーを冷やしてグラスに移し、その上からプレーンヨーグルト。これお勧めです^^!ドーナツにプレーンヨーグルトも合います。要するに甘いものにプレーンヨーグルトは合うんですよ。お試しあれ~。

九州に留守をしている間に様々な事件がありました。留守中にコンペを受けた子供たちの成績は今ひとつ振るいませんでした。中には「この子に7.5?ありえない。審査員は節穴かい!」と息巻きたくなるような結果もありました。まぁ、そういった場合は「審査員が悪い」ってことにしてます^^。きっと私も悪者よぉ~。

審査が終わった途端に携帯に着歴が入りました。同じ子供が何度も掛けようとした跡があります。ちょいと尋常ではない様子に電話を掛ければ、電話の向こうでは大泣きしている子供の声。「どうしたの?」「お母さんがね、間違えて曲目違うの書いて申し込んじゃったの!え~ん!え~ん!」あらあら…。「泣いても仕方ないよ。先生の話を聞いて。聞ける?」「うん…。ぐっすん。。。」「その曲、練習だと思って弾いたら?」「いやだ!終わりのところが弾けないもん!え~ん、え~ん。」「それじゃあ、辞退なさいな。無理に参加しなくても良いのよ。」「う…、うん。」「今、先生はお仕事中だから、また電話するわね。」「うん…。」

ありえないことも、長く続けていれば実際に起こるんですねぇ。まぁ、こういったケースでは、不合格にはなりますがコメント用紙は貰えますから事務局に話してコメントを貰うのも手です。コンペの為にピアノを弾くことはないのですからね。それでも、始めからしっくりいかない舞台を踏むことはどうかとも思いますので、キャンセルもありです。それもこれも人生勉強。それにしても短い夏になっちゃったね^^。

スポンサーサイト

一枚




一番のお気に入りの写真はこれ!弓削田保育所で子供たちにトークコンサート行った時に千恵先生が写して下さった一枚。子供に目線を合わせる自分のなんと楽しそうなこと。子供たち以上に自分が楽しんじゃっていたのかもしれない。大きくなったら何になりたい?「ゴレンジャー!」「そう何色になるか決めなくっちゃね~。」「プリキュア!」「貴女ならなれるわ。可愛いもの。」「仮面ライダーガーオ!」「なんだそれ?」「ピアノの先生!」「よく物事が分かっているじゃない。」「保育園の先生!」「見事な教育だわ。」言いたい放題^^。参観して下さったお母様方、ピアノの先生方、保育士さん、爆笑。子供たちも勢いよく手を上げる。「ハイ!ハイ」「あなたは何になりたいの?」「えぇっと…。」「決めてから手を上げなさいね。」テンポの良いやり取りを挟んで、実に50分近くものトークコンサートに、皆さん前向きに耳を傾けてくれました。今日がきっかけになって、音楽好きになってくれれば嬉しいね。良いこと、きっとあるから~。

長旅



長旅を終えて帰ってきました。スーツケースは宅急便で送って身軽になっての帰路。それでも弓削田保育所で頂いた向日葵の花束はしっかりと抱えてきました。帰りの飛行機は、ガラ空きでしたので「どうぞ~」とフライトアテンダントの方が向日葵を座席にシートベルトで潰れないように縛ってくれました。人の好意に触れた旅でした。
キリシタン弾圧・長崎原爆・炭鉱夫達の歴史に触れた旅でもありました。彼らの想像を絶する苦しみは後世を変える力があった。

自分は懸命に生きていると思っていたけれど、何年後かに死んだ後に何も残さないだろう…。ふと見上げた天井は高く、ちっぽけな自分はどんなに手を伸ばしても届かないな~。

錯覚



【軍艦島】の異様な光景は「廃墟群」であるということ。そして、誰も足を踏み入れることが出来ない孤島であるという特殊な環境でしょうか…。おぞましいと言っても過言ではない光景でしたよ。初めて映像を見たときには「現実の過去」をまざまざと見せつけられた気分に襲われました。それが実際目の前に現れた時にはおぞましく感じました。おぞましさって何でしょうか?

今の当たり前な生活が、実は陽炎みたいに不確かなもの。そう面と向かって言われたような気がするからなのかしら?おぞましさは観光船に乗り合わせた誰しもが感じたことでしょう。無数の窓枠は黒々と穴を開ける。部屋の中を覗いてみたい衝動と、見たら大変なことになるんじゃないかという空想が錯誤する。写メは縦になっています。一周しても1200メートルの小さな島。肉眼では全島の風景が収まりますが、カメラでは収まりきらない。空に向かった左端は小中学校の建物。狭い土地に建てられ人口5000人を数えた当時は人口密度が世界一だったそうです。したがって一階から四階は小学校。その上は中学校だったのだとか。海上から見上げるコンクリートの塊から子供達の賑やかな声が聞こえてきそうな錯覚を覚えましたよ。現在、世界遺産登録に申請しているのだとか。是非とも世界遺産に(=゜-゜)(=。_。)。



軍艦島



「お好きなんですか?」炭鉱跡や、原爆資料館、特攻隊基地なんかを好んで訪ね歩くので、もしや「歴史オタク」とか「廃墟フリーク」かなどと聞かれますが、それは誤解です。単なる見たがり、知りたがりなんです。ついでに見てやろう根性も、ここまでくればあっぱれ\(^ー^)/。何事も中途半端はいけません。とことん、見て歩きましょ~(^w^)。

昨日は台風で「『軍艦島ツァー」が欠航だったので、一日待ってやっと今日の午後になって出航した軍艦島クルーズ。台風の後で波が高く、島には上陸出来ませんでしたが、海上から「廃墟の塊」を眺めて来ました。圧巻の一言。海上に姿を現した軍艦島。無人島になってまだ40年経たない。昭和49年(1974年)に石炭から石油へと、国のエネルギー政策の転換によって海底鉱山は閉鎖になり、以来無人島となった軍艦島。本来は端島と呼ばれる小さな島は6回に渡る埋め立てを繰り返し、炭鉱夫達の住居施設などを建て増ししていく。その姿は軍艦のように見えたところから軍艦島の徒名(あだ名)が付いたのだそう。船が近付くにつれ、軍艦島は鼠色に煙った姿を現しました。



原爆記念館




8月6日、広島に原爆が落とされて3日後。8月9日に長崎に再び原爆が落とされた。なんで?戦争終結には一発で充分だったでしょう?原爆資料館に入るなり、案内してくくれたボランティアのおじさんに思わず質問してしまいました。「原爆の型が違うんだよ。」実験したかったんだ…。古い掛け時計は11時2分をさしたまま止まっていた。あまり感傷的になっても、過敏にになっても仕方ないと思う。一人の出来ることって微力ですからね。でも、こういうことが実際にあったんだという事実は継承していかなくては。核実験って公式発表だけでも2,000回を超えているんですって。もちろん周辺の人々は被爆の被害を受けています。ウラン鉱山で働く人たちも被爆しているそう。関わればただではすまない。どうなってんの?隣接の追悼館には神殿のような祭壇がしつらえてあって、亡くなった方々の名簿が安置されています。平和ってなんだろう?明日も再び同じようにやってくると思えること。

案内のおじさんは「満州生まれだったから被爆しなかった」という。2歳の時に引き上げてきたそう。日本に連れて帰れないからと殺されたり、置き去りにされたりする子供も多かったと話す。あぁ、それが中国人孤児ね。おじさんの話も聞きたかったけれど…。



大浦天主堂

おおうら

大浦天主堂行ってきました~。台風の影響で傘をさしてもビッチョ濡れ…。それでも一日を無駄にしてなるものかと出かけました。自分でも呆れる根性がこんなところにある。もちろん。お約束の調べものもしましたよ~。妙なところでマメ^^。

大浦天主堂は、1863年に来日したフランス人宣教師フューレ神父が外国人居留地に隣接した現在地を入手し、
その後来日したプチジャン神父の監修のもとに、熊本県天草出身の棟梁、小山秀が天主堂建立に着手したという経緯があるそう。洋風建築など多分ロクに知らなかったであろう小山秀は頑張ったんだね。エライなぁ~。白い漆喰で塗りかためられた高い天井を見上げてひとしきり感心。豊臣秀吉のキリシタン弾圧政策の下、殉教死した26聖人を祀った天主堂。「日本二十六聖殉教者天主堂」と命名し、土地の名前に由来して通称「大浦天主堂」と呼ばれています。昭和8年(1933)文部省により国宝に指定される。余談ですが「国宝リスト」を検索してみたら、あるわあるわ~!これを維持保存するのは「並大抵な予算ではできないな~」などと思ってしまいました。何故に26人もの信者を貼り付けに処刑したのかが気になりました。以下は検索結果によります。

当時キリシタン大名やキリシタンによって寺社が焼かれたり僧侶が迫害されたり、逆に仏教を厚く信仰する大名の元ではキリシタンが迫害される事件が相次いでいた。さらにポルトガル商人によって日本人が奴隷として海外に売られている事例が発覚し、ここに至って豊臣秀吉はバテレン追放令を発布した。ただし、秀吉は南蛮貿易の実利を重視していたため、この時点では大規模な迫害は行われなかった。黙認という形ではあったが宣教師たちは日本で活動を続けることができたし、キリシタンとなった日本人が公に棄教を迫られる事はなかった。

しかし、1596年10月のサン=フェリペ号事件をきっかけに、秀吉は12月8日に再び禁教令を公布した。また、イエズス会の後に来日したフランシスコ会の活発な宣教活動が禁教令に対して挑発的であると考え、京都奉行の石田三成に命じて、京都に住むフランシスコ会員とキリスト教徒全員を捕縛して処刑するよう命じた。ちなみに、二十六聖人のうちフランシスコ会会員とされているのは、スペインのアルカンタラのペテロが改革を起こした「アルカンタラ派」の会員達であった。大阪と京都でフランシスコ会員7名と信徒14名、イエズス会関係者3名の合計24名が捕縛された。三成はパウロ三木を含むイエズス会関係者を除外しようとしたが、果たせなかった。

24名は、京都・堀川通り一条戻り橋で左の耳たぶを切り落とされて(秀吉の命令では耳と鼻を削ぐように言われていた)、市中引き回しとなった。1597年1月10日、長崎で処刑せよという命令を受けて一行は大阪を出発、歩いて長崎へ向かうことになった。また、道中でイエズス会員の世話をするよう依頼され付き添っていたペトロ助四郎と、同じようにフランシスコ会員の世話をしていた伊勢の大工フランシスコも捕縛された。二人はキリスト教徒として、己の信仰のために命を捧げることを拒絶しなかった。

厳冬期の旅を終えて長崎に到着した一行を見た責任者の寺沢半三郎は、一行の中に12歳の少年ルドビコ茨木がいるのを見て気の毒に思い、信仰を捨てることを条件に助けようとしたが、ルドビコはこの申し出を丁重に断った。ディエゴ喜斎と五島のヨハネは、告解を聴くためにやってきたイエズス会員フランシスコ・パシオ神父の前で誓願を立てて、イエズス会入会を許可された。26人が通常の刑場でなく、長崎の西坂の丘の上で処刑されることが決まると、一行はそこへ連行された。長崎市内は混乱を避けるため外出禁止令が出されていたが、4000人を超える群集がそこへ集まってきていた。パウロ三木は死を目前にして群集に自分の信仰を語った。一行が槍に両脇を刺しぬかれて殉教したのは午前10時ごろであった。

26人のうち、日本人は20名、スペイン人が4名、メキシコ人、ポルトガル人がそれぞれ1名であり、すべて男性であった。未成年の子供が4人もいたことには、時代を超えて腹が立った。

ちゃんぽん



佐賀から長崎に来ました。残念ながら台風の影響で雨。それも大雨~(;∇;)/~~。軍艦島に出航する船はキャンセルされました…残念(゜∇゜;)。仕方ないから長崎の街を散策。観光します!街を歩けばお洒落な建物が建ち並び異国情緒満載。新聞屋さんの看板さえ、こんなに素敵( ~っ~)/。お土産を早速買い込んで送りました。また土産だ~(^。^;)。ザラメ糖の入った文明堂カステラ。豚の角煮饅頭をお買い上げ~。お昼には長崎ちゃんぽん。。

「長崎ちゃんぽん」と言うと中国から伝わってきたようですが、長崎で明治時代に生まれたそうです。中国人留学生がお腹いっぱい食べられるようにと「四海楼」の陳平順という初代オーナーが作った麺料理なんだそう。 肉に魚介類に野菜に蒲鉾にと、様々な具材を混ぜ合わせてボリュームと栄養たっぷりに仕立てた「 長崎ちゃんぽん」。日本人のお客さんにも人気を呼び、広まっていったんですって。


悔し涙



佐賀名物の【小城羊羹】は、昔ながらの羊羹だそう。どこが「昔ながら」なんだと言えば、羊羹の周りにシャキシャキとした歯触りの砂糖が衣のように付いているのが「昔風」なんですって。おばあちゃんへのお土産にと一本ゲット(^o^)/。

さて、昨日で二日間に渡って開催されたピティナ・ピアノコンペティション佐賀地区コンペの審査が無事に終わりました。 参加者145組。講評書きまくりましたよ~。腕が折れるまでと言いたいところですが、元々筆圧が高かったのですが、ピティナ激務のお陰で楽に長時間書くコツを身に付けました(^w^)。今年の地区予選審査は佐賀が初めてでした。ここからは8月の本選まで、隔週おきに審査に出向きます。

佐賀地区予選では最近では珍しくなった舞台での発表&表彰式がありました。たいていはロビーでの掲示発表になりましたからね。その時のエピソード話しますね。「○○さん奨励賞おめでとうございます。」 舞台に上がってきた女の子は顔を真っ赤にした泣き顔(⌒~⌒)。どうやら予選通過しなかったことが悔しかったらしい。賞状を受け取りながら「ありがとうございます」と、懸命になって応えている姿は感動的でした。偉いね。その態度なら、この子供は今後何をやっても立派に成し遂げるでしょう。

以前に家の門下生が奨励賞を頂いて「こんなもん捨ててやる(;`皿´)!」と予選通過出来かったことに息巻いていましたが…。お恥ずかしい…(-.-;)。まっ、正直っちゃ正直だけどね(*^o^*)。






作兵衛



山本作兵衛。世界記憶遺産に認定された絵描き、山本作兵衛をご存知でしたか?恥ずかしながら、福岡の田川市にある【石炭・歴史博物館】を訪れるまで知りませんでした(^。^;)。世界記憶遺産に掲げられているのはベートーヴェンの直筆譜面だったりするのですから、山本作兵衛は驚きの快挙を遂げた訳です。

60歳を過ぎてから絵を書き始めた作兵衛は600余りの作品を遺しています。それらは炭鉱夫達がいかに過酷な環境の中、働いていたかを克明に伝えます。作兵衛自身が炭鉱夫であったので、臨場感溢れた説得力のある力強い作品が並びます。正に歴史の伝承。記念館の二階に展示してある山本作兵衛の作品を閲覧していたら、ある叔父さんに出会いました。最後の炭鉱夫だという彼は山本作兵衛の作品を案内して回っていました。

印象に残ったのは、女性も炭鉱夫として労働していたという事実。暑い炭鉱の中で土埃にまみれて働く彼女達は胸をはだけ、腰巻き一枚のみで石炭を運び出していたのです。空中に満ちたガスに引火して死亡。炭鉱跡に溜まっていた水に襲われ溺死。坑道の天井が落下しての圧死。事故は後を絶ちません。坑内で死亡した死体を運び出す折りには「もう直ぐ地上だ」「さぁ、地上に辿り着いたよ」などと、声を掛けたそうです。地下深い世界で働く炭鉱夫に取って、魂を坑内に置き去りにされては大変だと考えた末に、坑道の入口まで魂を導いたようです。「親がこんなだから子供も5歳、6歳で炭鉱で働かざるを得ないと歌う様には考えさせられました。

「月が出た出たぁ~、月が出たぁ~」と歌われたのは、この炭鉱に建てられた煙突のことだそう。歴史の一場面に触れた一時でした。歴史館から外に出れば、煙突の背景に夏空が広がっていました。地下深く潜って働いていた炭鉱夫達に思いを馳せる一瞬。





加減



福岡空港に向かう機内で頼んだ「塩サイダー」は不可思議な美味しさでした。甘しょっぱいサイダー。何事も加減って難しいです!「美味しかったか?」ですって?う~む。。。

飛び級をする子供達への見解は極端に別れるという話し。課題曲は飛び級すれば、当然年齢に対して難しいレベルになります。それを「アタフタ~」と弾くと、審査員の間で物議を醸し出します。「何も無理して飛び級することは無い( ̄・・ ̄)。」 反感を買う場合もあり。「小さいのに頑張ったね~。」同情を誘うケースもあり。どちらが正しい評価かという論議は、個人的な見解に寄ります(^_^)v。ちなみに私は後者。ただね‥、あまりにアップアップだとムッとしたりはします。まぁ、何事も適宜な加減が大切かと‥(^w^)。






陽向



弓削田保育園は陽向の匂いがする、ほっこりした居心地の良い保育園でした。園長先生にご挨拶して案内された二階に上がれば、子供達がガラス越しに広い部屋に集まっているのが見えました。ほぅ、これから何が始まるかとワクワクしているのが伝わってきますよ~(^w^)。

急いでドレスに着替えて部屋に入れば、3歳から6歳の園児達がお行儀良く座って待っていてくれました。本当は「こんな小さな子供達がピアノ演奏なんて聴けるのかな?」って心配があったのですが、立派な態度で耳を傾けてくれましたよ。20分がせいぜいだろうと思っていたのですが、終わってみれば50分近くも参観してくれたにはびっくりでした!一曲弾き終わる度に拍手も出来て感心×感心。社会性も身に付けているじゃないのぉ~。モーツァルトのトルコマーチを弾いた途端に「知っとう、知っとう」と声を上げて可愛いいこと(^◇^)┛。あっという間のトークコンサートでした。

写メは手渡された向日葵の花束。持って帰れるようにと造花を用意して下さいました。これを抱えて歩いていたら、振り返られましたよ~。なんだかね「誇り」に思えました。園児達との特別な一時。実現に向け奔走して下さいました先生方。参観下さいました保護者の方々。地元で活躍なさる音楽の先生方。皆さんに支えられた特別な時間でした。時間って凝縮されるんですよ。弾いてくれて「ありがとう」と感謝頂きましたが、「聴いてくださってありがとうございます」とお礼を言いたい気分に溢れていました。楽しかった。人生のハイライトが、またひとつ増えました。ありがとう!



流儀




これが「長浜屋」の豚骨ラーメンです。店の前から独特の臭いがあるのです。強烈!地元の人たちには「たまらない香り」も、よそ者には「異臭」に思えます。これ一杯400円。たいていのお客さんは「替え玉!」と言って100円プラスして、麺を食べ終わって残ったスープに湯がいた麺を入れてもらっていました。替え玉100円也。「生玉ひとつ!」これは固めの茹で加減が良いということらしいです。ふ~ん。。当然、スープは冷めて薄まってしまう。そこで「醤油スープ」を足して味を濃くし、一気にかき込む。周りの勢いにあっけに取られながられながらの「長浜ラーメン体験」でした。めちゃくちゃ沢山白胡麻を振りかけて、山盛りの紅ショウガ。これが福岡豚骨ラーメンの流儀らしいです。

スローガン



「やれるとこまで時間延長」←笑える~o(`▽´)o。 昨日は福岡に入って「元祖長浜屋」で豚骨ラーメン食べました。朝の6時から夜中の1時45分まで営業。やれるとこまで時間延長するとの看板に、思わずパチリ!一杯400円。替え玉100円。ほとんどのお客さんは「替え玉」を平気で平らげるには驚くましたね。お腹を満たしてから田川市にある弓削田保育所にお邪魔しました。山間の道路を走って1時間余り。ゆったりと時間の流れる片田舎に、弓削田保育所はパキンっとした強い日差しに照らされ、ほっこりと建っていました。車から降りれば日差しはさらに強い。やはり九州は気候が違うなぁ。。出迎えてくれたのは千恵先生。にこにこと入口に立たれていた千恵先生とは2年ぶりの再会になりました。

筑豊添田地区ステップに以前お邪魔した時に、グランミューズ部門で参加していた保育士の千恵先生と、ひょんなことから「福岡に行くから千恵先生の保育所で弾かせて」とお願いしたんです。前向きな主任元子先生の支えもあって「トークコンサートの計画」はとんとん拍子に実現に向けて動いたんですね。その様子は次回に。。

続きを読む

全国配信



先月にお邪魔した滋賀県は彦根ステップでのトークコンサートアップされちゃいました。きゃ~、現実になってもうた!【YOUTUBE 彦根ステップ】でも検索できますが、URLはこちら→http://www.youtube.com/watch?v=WwmCYrQtAqA カットするって言っていたのに、ノーカットじゃないのぉ。お喋りも、そのまんま入ってるし^^;。穴掘って隠れたくなってきました。


注文ドレス



子供ドレス新作アップしました~。ワンピースが3つに、赤いドレスがひとつ。ワンピはシンプルで上品可愛いと相当気に入っています。そうそう左手に「コンタクト」のとれるバナーも貼りました。けっこう「色」「サイズ」などを筆頭に、さまざまな質問が多いので、気軽に質問して頂けるようにしました。http://item.rakuten.co.jp/verygene/c/0000000100/

明日から旅にでます。出掛ける前に色々終わらせないとね。今朝は大人ドレスが到着したので、梱包していましたよ~。これが結構な大仕事なんです。写メのドレスはセージグリーンとライラックの色違い。大人ドレスのマジカルスリムってなドレスです。実際はもっときれいな色味。なかなかカメラでは捉えられないのが残念。お二人の先生が連弾なさるんですって。きっと鮮やかな舞台に生徒さん方は大喜びのことでしょう。素敵~!

掲載



今日の千葉日報8面に載りました~(^∀^)ノ。以下、全文です→【コンサートの収益12万円を東金市に】ピアニストの鈴木直美さん。ピアニストでピティナ千葉外房ステーション鈴木直美代表がこのほど、東日本大震災の被災者支援へ、5日に東金文化会館で開催したコンサートの収益金の全額12万5950円を東金市社会福祉協議会に寄付した。鈴木代表は「東北の被災者は全国的に知られているが、県内の被災状況はあまり知られていないので、県内の被災地のために役立ててほしい」と話した。

これは8日の水曜日に寄付に行った時の取材ですから、記事になるまで2週間以上も掛かりました^^。差の際に撮影した写真はどこにも見当たらないなぁ~(^w^)。「県内の被災者へ」と記事にはありますが、本当はどちらに寄付しても構わなかったんです。そのことに関しては、何も考えていませんでした。困っている方々に届けてくださいって申し出たら、3択あったんですね。ボランティア活動募金・東北被災者への義援金・千葉県内の被災者への募金。寄付の受け渡し場所は東金市社会福祉協議会、お供下さった東金文化会館の館長を横に、千葉日報社の記者さん。空気の流れで「もちろん千葉県内の被災者の方々へ」なんて選択しておりました。こうして活字で見れば、エライ前向きなボランティア精神あふれる人材かのようですが…。そんなに良い人ではありません。周りには流されます^^。とりあえず一件落着。良かった。良かった。



魔力



枇杷。ビワは南房総の特産品なんです。ぼけーっとした甘さが美味しい。大きな種の周りにたっぷりとした果肉がみずみずしい。。子供の頃、無花果(イチジク)や枇杷(ビワ)は庭になっていて、誰も見向きもしないような果物だったのに…。今や高級品~(^_^;)。そういえば、あの時代に「感情を込めてピアノを演奏する」なんて指導する先生はいなかったなぁ‥。今じゃ、猫も杓子も「歌うように弾け」って口にする。楽器が歌う?この比喩がピンとこない子供達に「どうしたものか」と悩みも出てくる(∋_∈)。

「歌うって言っても通じないのよ…p(´⌒`q)。」先生方からのお悩み、次々と寄せられています。「歌うように弾いて」と指導しても、一向に理解出来ない生徒さんに手を焼いていると嘆く先生。うんうん。いるいる。今時、たいていの子供は器用なので「歌うように弾く」って意味は分からなくとも「見よう見まね」でそれらしく弾けちゃうんです。ところが、いつまでたっても真似ようとさえしない子供もいるんですね。抑揚を付けないものだから「ぶっきらぼう」に聴こえる。「大きくしたり小さくしたり抑揚をつけてごらん。」・・・・。一向に変化が見えない。。「こいつ反抗しとるのかっ!」とさえ思える。むん!「ちょっと先生の弾き方を真似してみようか?」ピアノに座って弾いてみせる。それでも分からないとみえる。相変わらずどころか「ピアノを弾くなんて不愉快だ」ってな具合に叩き始める。むむっむん(////;)。

表現することを「良し」としない子供もいます。それは「ダメ」と決めつけてかかると、お互いのストレスになるんですよ。フラットに弾くのが好みなら、それはその子供の個性なんです。でも音を出すからには、それを耳にする他人がいるので「不愉快に鳴らないように演奏する責任」てのはあります。全てを指導するのが困難なら、ピンポイントでいきましょう~。先ず扱いやすいのはフレーズの最終音。これを丁寧に少し小さめに扱えれば、それだけで演奏への好感度はアップします。長く伸ばす音符の処理。打鍵した直後に、ゆっくりとした動作で力を上へと逃がします。これだけで音質は和らぎます。その違いが分かるところからが「初めの一歩」なんですね。「歌うように弾いて。」こんな漠然とした指導で、こちらの意図が伝われば苦労はないんですが、それが出来ないから習いに来てるんです。「この音をめがけてクレッシェンド!」一見ぼけーっとしている生徒には、ピンポイント指示でいきましょう。いつか高級品演奏になります。なるかも^^。

余談ですが「ラフマニノフ・プレイズ・ラフマニノフ」って聞いたことあります?CDで聴くことができます。ラフマが自作のピアノ協奏曲第2番を演奏している録音ですが「あれまぁ~」ってなくらい「早くてあっさり」なんですよ。なんだか「棒弾き」みたい@@!…してみるとロマン派っていう解釈は現代のロマン派の捉え方ってことなんだな。こってこてに味付けするのは、時代の流れ。昭和の後期からぐんぐんこてこてと弾くようになってきました。カラオケ現象。歌っている本人は熱唱する自分に酔いしれ気持ちよくても、周りは「勘弁してよ」となります。そのうちに反動で、あっさりと内向的に弾くのが良しとされる時代が来るのかもね。いずれにせよ自然に受け入れられる演奏ってのが理想だったりするわけです。うんうん。







前進



「推進力のある演奏を」とか「音楽が前に進むとよろしいかと…」など、意味不明なアドバイスを最近特に良く見かけます。実際に、私自身初めてこれらのフレーズに触れた時には「どういうこっちゃ◎◎?」と思いましたよ。音楽に足が生えて行進したりしないものね‥(^_^;)。それが今や自分自身でも結構使ってます。「音楽が停滞してしまわないように。フレーズには先へと流れるエネルギーが必要なのよ。」これってちんぷんかんぷん。この一文を眺めるだけで「なんのこっちゃ?」となります。ただ「音楽の推進力」って言葉は巷では乱用されているので、言わんとすることは「たぶん伝わるだろう」って、書き手も甘えるわけです。言葉って慣れとか流行ってありますからねぇ。。

話は逸れますが、以前生徒が「貴女のピアノはやかましい」と講評用紙に書かれてきたことがあります。「随分な言い方だわ」と気の毒に思ったものです。ところが、その後のレッスンで自ら「やかましい」を連発するようになったのですから、慣れとは恐ろしいものです。「もう少し静かに弾いてね」では通じない。「叩かないで」でも変化がない。「うるさいわ」に言葉の強度をアップしても効き目がない。そこで「やかましい!」と言ってみたら効果テキメン。しめしめ^^。…で、しばらく「やかましい」を連呼していたら、次第に効き目が無くなりました。「やかましい」と初めて生徒に向かって口にした時の「罪の意識」も、度重なるとすっかり無くなりましたね。あはは。

もっと話は逸れます。「アゴーギグのトリートメントにケアして、ダイナミクスのスケールはイクストリームに、アーティキュレーションをクリアにね。」こんな講評も目にしますね。日本語で書け!日本語で(--;)!そう唸りたくもなります。音楽ってのは、文章と同じで分かりやすく相手に伝えるってことが大切なんだと思います。そういった意味では、演奏するメロディーには「ここまでが一文メッセージ」みたいなくくりや、まとまりってのが必要です。話の筋が明確な方が、相手に興味を持って聞いてもらえますからね。その一文、ワンフレーズは、息切れしないように一息で語ります。途切れ途切れでは聞いてもらえない。訳が分からなくなります。「ここからここまでが言いたいことなのよぉ。」それが「音楽の推進力」ってやつを醸し出すかな~。




本質



毎週末イベントに湧いていましたが、そろそろ世間ではコンペの結果に一喜一憂が始まっていますね。「う~ん、あの子が落ちるなんて…。」「えっ、あんたが通過したの?」こんなドラマは、日常茶飯事にどこでも繰り広げられていることでしょう。本人の当日の出来もありますし、会場などの環境も影響します。審査員との相性だってあろうし、運もあります。まぁ、本音を言わせてもらえば、上位で通過する子供は「有無を言わせずに上手い」ってな事実もありますがね^^。過去に「昨年全国に出たのに、今年は予選であらら…。」ってな結果は山ほどありました。だいたい「自分の秤」でものを言ってしまう先生は「この子が評価されないはずはない」と信じていますからね。結果が出せないと立場がない感じで嫌~な空気に包まれます。冷静に考えれば、審査員は「節穴」ではなく、自分の指導に見抜けなかった「落ち度」があるんですね。悔しいけど、それは事実。だって良いものは良いんですからね。う…っ、自分の力が及ばなかった?そんな時は「審査員が節穴だった」とか他人のせいにすることも多々あるので、きっと私も「鈴木直美は何もわかっちゃいない」などと言われていることでしょう。あはは。

この頃思うことは「嫌な思いをした奴ほど伸びる」ってことです。落ちたら「上手くなるチャンス」くらいに言っています。事実ですからね。それくらいでダメになるのは「もともとダメ」なんですよ。また嫌な思いを重ねた指導者ほど力が付くってもんです。怖いものがなくなってきます。私は、人の顔色をうかがいながら生きているので、まだまだ嫌な経験を重ねることでしょう。しかし、それは伸びしろがあるってことです。受けて立つよぉ!

でもねピアノって「勝った負けた」の世界ではないんです。子供も、そのうちにコンペには参加できなくなっていきます。正直、誰もが「夜のガスパール」を弾けるようにはならないんですよ。生涯ピアノを楽しんでほしい。そういった願いが根底にないと、コンペ結果に振り回されてしまいます。不幸になります。コンペ参加を通して上達すれば、それで良いんです。父親が亡くなった時に心から語りかけられたのはピアノだけでしたね。癒されました。今も癒されています。子供たちの人生において、いつか何かの役に立てば良いと思ってます。


らしさ




「バロックらしく弾いてください。」これってよく聞く台詞ですよね。「時代によって弾き分けてください。」こちらも良く耳にします。もともと音楽を文字で音楽を表わそうってことに無理があるんですよ。文字で表しきれない表現の豊かさに、音楽の魅力があるのですからねぇ。言葉で伝えるのは難しい。う~ん。。。卵が先か、鶏が先か?だいたい我々音楽の専門家ってやつは「正しい答え」なんか無いって承知の上で、ものを言っているんですよ。詐欺か?いやいや^^。。かつ「自分は誰よりも正しい」って信じていますから専門家ってのはやっかいです。意見のすり合わせは無理。あはは。いやいや、それでも「最低限のお約束」ってのはあります。

バロックに限って話を絞れば「ロマンティックすぎる演奏はちょいと時代遅れ」ってな傾向は現場にはあります。アンドレ・シフが、バッハのパルティ―タ全曲を無茶苦茶ロマンティックに弾いたときは「惹かれた」もんです。特にサラバンドはやばかった。透明感のある音で歌うもんだから心に沁みる。うわぁ、素敵ってね。バッハが突然身近になった。でも、それって30年近くも前のこと。「なんでもかんでもロマンティックに」っていう傾向は、昭和チックになってしまうんです。だから未だにロマンテイストだと「まだそんな弾き方?」って反感を買うことはあるんじゃないかな~。

スカートの丈と同じです。行き過ぎると逆の風潮が吹き始める。細かい強弱<>をつけ過ぎたり、テンポの操作が気ままだったり、メロディー重視に偏ったりのロマンテイストは、バロックでは「お約束違反」になります。だいたい、こういったことを繰り返してしまうと音楽にうねりが発生してしまいます。バッハがうねっては困ります。うねって良いのは彼のカツラだけです^^。さらに装飾音の処理。こちらには割かし明確なルールがあります。また音質の問題もあります。明るく芯のしっかりある固めの音はすっきり聞こえます。バロックにおいて「なよなよした感性」って必要ないのでしょうね。じゃあ、抑揚もつけないで弾くのかってな極端な意見も出ましょうが、それも違います。私の場合、生徒には「まっすぐにはっきりと歌え~!」そう申し渡しております^^;。それが、どう通じているのかは分かりません。それで「どいて」と生徒からピアノを取り上げて弾いて見せます。上手く弾けなかったら「雰囲気は捉えて、貴女は正しい音で弾きなさい」と無茶を言います。音楽において不自然はいけません。何事も「心地良く」がよろしいかと。

アンティパスト




アンティパスト。グラスの中には前菜が盛り付けられて「流石!代官山のレストラン!千葉とは違うわ」と感心することしきり。昼に同窓会でイタリアンランチした後は、特急に飛び乗って帰宅。急いでシャワーを浴びてから、成東に車に乗って出掛けました。家で暇を持て余していた娘を引っ張っていき、受付に座らせ準備に走っていました。調律さん、アナウンス、写真担当と、早口で打ち合わせ。届いたお弁当に差し入れを皆さんに配り、再び受付で「わぁわぁ~」言っていたら、開演時間^^;。自分の演奏より慌ただしいなぁ。

大きな門下生による「スプラウトコンサート」は無事終了しました。7人の若者たちが、それぞれに熱演を繰り広げていました。夕方6時に開演して9時前にはすべて終了。予定より20分以上も早く終わったのは、皆さん、めちゃくちゃ急いで弾いてましたからねぇ。お陰で進行がスムーズでした。あはは。3時間にも及ぶ演奏会でしたが、色とりどりの華やかな衣装のせいか、入れ代わり立ち代わりだったからか、飽きずに聴かせていました。大したものです。

舞台ってのは「人生の縮図」なんですよ。なにが起ころうと自力で乗り越えねばならない。身を削がれるような立場に立てる人間は立派です。終わってみて様々な想いがあるだろうけれど、まずは前向きに立ち向かった自分に誇りを持つことです。そして「人のために演奏する」醍醐味を味わってもらえたらと、これからの君達の活躍を応援しています。



リユニオン



ミスドの新作「焼きドーナツ」を頂いちゃいました~(-^〇^-)!テレビの宣伝観ていて食べてみたかったんだぁ。ごちそうさまです。ピンクのラズベリー味のを食べて、都内に出掛けました。ニューヨーク駐在員していた頃のママ友達との同窓会。代官山のこじゃれたレストラン・アガペにてランチ。懐かしい顔ぶれに2時間でしたが、楽しい一時を過ごして来ましたよ。12時から始まった会ですが2時にタクシーを呼んで、一足先に帰ってきました。

かれこれ15年も前のことになるかしらね~。バブル時代にニューヨークで駐在員していた頃は良かったなぁ。お家でケーキ焼いたり、パーティー開いたり、洋食器を買い集め、五番街に買い物に出掛け、リンカーンセンターでコンサート。ブロードウェイだって直ぐ行けた。足しげく通ったブロンクス動物園は庭みたいなもんだった。フェラガモのバーゲンでは両手に抱えきれないほどの靴箱を抱えていたっけなぁ。休みの度にあちこち足を伸ばしてバケーションと洒落込んだ。今や毎日働いて、たまに都内に出掛けるのも「遠いな‥」って、億劫になってるし(^_^;)。バブリーな時代を振り返ってみれば、あれは何だったんだかと思いますね。ミスドのドーナツに一喜一憂している今の生活が現実なんですよ。

同窓会からの帰りのこと。特急わかしお号に乗って帰宅途中、隣に座ったご婦人方のグループは東北は宮城県からの被災者だったんです。大声で会話するので、否応無しに話は聞こえてくる。今朝、避難所でもらった草餅。津波後に真っ黒になった海。みんな入りたがらない仮設住宅。仮設は要らない。永久に住める家を。雪深い冬。そんな会話に耳ダンボになってました。おもむろに日本酒の瓶を出して、周りにこれまた配給されたという日本酒を振る舞い始めたのにはびっくり(^ー^;)。逞しいな…。これも現実。


新作アップ



やはり自分の気に入ったドレスだけを紹介したいんですね~。お待たせしました。ようやく新作アップしました。こだわりの塊なもので、新作紹介に時間が掛かってしまいました。子供ドレスに4つ新作アップしてありますので【ベリージェネ】のホームページをご覧くださいませ。中でも写真のドレスは特に気に入っています。大人テイストなのが好き。http://www.rakuten.co.jp/verygene/

お気に入りと言えば、今朝は娘がぷんぷんと怒っていました。どうしたの?「だって、おばあちゃんたら、お気に入りのハンカチにまで、マジックで名前を書いちゃうんだよ(`ヘ´)!!」まぁまぁ…。「しかもカタカナ!」お気に入りのハンカチをなくしたら可哀想にって思うんでしょ。「パンツにまで書くのは勘弁してよ(`ε´)。」まぁ…、そりゃあそうだ‥。中学生だものねぇ。苦笑(^。^;)。


わんこ



今日は、明日の【スプラウト・コンサート】のリハーサルに付き合っていました。門下生が大分と育ってきたので演奏会のチャンスを作ろうって企画です。一人20分から30分の舞台を努めなければなりません。今日のリハで感じたことは「自分の世界を描こうとしている」ということ。そして「よくもここまで育てたなぁ~」と自画自賛していました^^。写メは、チビ生徒のアヤちゃんが得意げにつけてきた「クリスタルわんこ」ネックレスです。女の子はキラキラに憧れます。明日は先輩生徒たちは「キラキラ」と舞台で輝くことでしょう。そしてその姿を見守るチビ達は、先輩方に憧れることでしょう。

明日は5時半に成東のぎくプラザにて開場。6時に開演です。参加者はぎりぎりまで練習したいだろうけれど、5時半には集合のこと。仲間の演奏は聴くことよ。


速達



届きましたよぉ~。福岡からの速達です。福岡県田川市の弓削田保育所の先生が作ってくれました。プログラム。きゃわいい❤ 保育所の三歳児から五歳児までの子供たちにトークコンサートを、来週金曜日に体験してもらおうって企画です…。実現に向けて骨を折ってくださった先生方のためにも、せっかくの演奏会ですのでドレス持っていきますね。夢を子供たちに~(^w^)。

永遠の課題




「今日は大切な試験があるんです。」「塾のテストだったんです。」「他のお稽古事がありまして。」「修学旅行だったんですよね。」こういった当日の連絡には、「分かっていたことを当日にまで連絡を伸ばし伸ばしにするのはだらしない」と、以前より怒っておりました。ひとしきり怒ると、周りも自粛して、お教室運営がスムーズになります。落ち着いたかと思っていましたが、サイクルのようにこの現象がやってきています。当日キャンセル。

「家の子、今日試験で早帰りだったんで今から行けます。先生お時間は?」先生はお時間があろうとなかろうと「どうぞ、いらっしゃい」と言うべき立場にはいません。自宅で仕事をしていると「いつでもいる」ってな理解をなさるでしょうが「貴女の忙しい娘さん以上に忙しい」のですよ。それじゃぁ「だめ!」っていえば良いではないかって?そうです。その通り。しかし演奏会やら、コンペがあれば放っても置けない心境になります。「それなら、これからいらっしゃい。」そう先生に言わせてしまってるお母さん方。それは確信犯にちかいものがあります。鈴木先生は性格がきついから…。そう思っているなら振り返って考え直してくださいな。貴女の先生は優しいから怒らないでしょうが、きっと困っていらっしゃいますよ。私は「代弁」しているだけなんですよ。これだけ言ったらすっきりした~。あはは。レッスンはまともに通ってこそ上手くなる。人生は計画してこそ上手く回る!ほほ~い^^。

スプラウトコンサート




コンサートのプログラムが届きました。明後日の19日(日曜日)「山武市成東文化会館」にて夕方6時から開催される「スプラウトコンサート」のプログラムです。訳して「若い芽のコンサート」です。大きく育ってきた門下生の演奏の場を作って、鍛え上げようってな意図があります。若者たちは「ひいこら」言いながら、それぞれ20~30分の舞台を務めまることでしょう。どうぞ温かい目で見守ってやってくださいませ。

無料で公開演奏会です。予約なども要りません。夕方6時に開演して、9時まで3時間。弾き続けていると思います。お立ち寄りください。

誉め戦術




壊れたノートパソコンのデータは幸いにも破損していなかったようなので、今日はモニターに繋げて仕事しています。こんな時に限ってドレスが次々に入荷してくるんですよ。今やパソコンがないと情報管理ができないんですね。こちらはヴィンヤードドレス。仕立て屋さんによって色味やリボンの幅などが多少ちがって出来上がってきます。どれもそれはそれで綺麗にできあがっていて良いのですが、商品の品質の統一という面では難しい…。ピアノと同じね。ひとつ課題をクリアすれな、次なる課題が見えてきます。

「めちゃくちゃ嬉しい!」そんなメールを、ドレスが届いたお客様から頂きました。やはり「誉め」ですよ!やる気が出ますもの。この仕事大変だなぁ~って思っていた矢先に「今までで一番のドレスでした」なんて言われたら、俄然「おっしゃぁ~!」って、やる気が出ました。ピアノに向かうお子さんの横で「うだうだ」と、ついつい言ってしまうお母様へ。お気持ちは分かります。よ~く分かります。でも3回に1回は少なくとも誉めましょう。それも「めちゃ誉め」しましょう。効果はテキメンに出ます。しかし「誉め戦術」は持続性がありませんので、こまめに誉めることです。あはは。。


破損




そんなぁ…。4月に買ったばかりのバイオを壊してしまいました;;。車の運転座席の後ろにノートパソコンを入れたカバンを置いて、座席を後ろに下げたんですね。ミシミシ、バキバキ!「へっ?」と、思った時はすでに遅し。。。画面が破損して、まるで墨でも撒いたかのように液晶が見えなくなってしまったんです。「あぁ…。」やり場のない怒りに、昨夜はふて寝しました。でも、起きても直っていなかった…。そりゃそうだけどね。。
プロフィール

鈴木直美

Author:鈴木直美
ピアニスト、指導者として活動中。
Suzuki Piano School主催。
VERY GENE ドレスショップオーナーを務める。

最近の記事
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク
ブログ内検索
RSSフィード
ブログカウンター