宛名

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あれれっ、宛名のラベルが無い…(..)?DMを打とうと思いきゃ→宛先の用意が無いんじゃぁね(¬з¬)。特注で頼んだ封筒が出来てくるのを待って、さぁDMを出そうとした矢先に、宛名シールが無いことに気づいた始末で←ピティナの本部に電話して「宛名シールを送って下さい」だって。せっかくお手伝いをしようと集まってくれた友人達は、いったい何をしに来たんだか(?_?)。お昼ご飯を食べて帰っていきました~(^。^;)。ゴメン×ゴメン。あれからシールが届いたのでDMは出しました。ご心配なくね~( ~っ~)/。写真はDMに同封した【ちば音楽コンクール課題曲楽曲解説講座】のチラシです。こんな感じに仕上がりましたよ~。写真は相当オスマシしてます\(`∇´ゞ。「口をきかない方が良い。」そう言われます。最近は写真から受ける「イメージが本人と違う」などといったクレームを、友人知人からちょくちょく頂いてます。どーも…( ̄・・ ̄)。そうこうしている内に、ピティナのピアノ・コンペティションの参加要項が届きました。日曜日に築地市場にある浜離宮ホールにて開催される楽曲説明会に参加するに当たり、この2日間は課題曲の楽譜を揃える準備に追われてましたよぉ。夜中まで掛かって楽譜を揃え、付箋で印を付けて、コピーをかけて、部門ごと&ジャンルごとに分類して、ファイルに入れました(◎o◎)~。そこに後輩から「説明会に楽譜を持って行く?」といったメールがタイムリーに入ったものだから、頼まれもしないのに後輩の分までついでにコピーしたりして。明日、会場で会ったら、コピーの代わりに 「コーヒーでもおごってもらおう」と、勝手に企んだりしてる( ̄∀ ̄)。うほほっ(^O^)。この二、三日は実に目まぐるしい状態でしたね。課題曲を揃えるだけではなく、様々な準備に走り回ってました。その合間を縫って、娘の「修学旅行説明会」に「修学旅行に向けての買い物」にと、何だかんだと落ち着かない日々でした。学校の説明会で耳にした「過保護な親御さん」の発言には笑えましたよぉ~。明日は、差し支えない笑い話程度の発言をお送りします。他人の振り見て、わが振りを省みたいと思いましたからね(≧ε≦)。
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季節もの

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娘が作ったティッシュ・ケース。ハロウィンの季節にはほど遠いけれども、上手く出来ていて感心~( ~っ~)/。人には、それぞれ得意とすること、夢中になることがあるのね。さて、昨日は税務署に申告に行ってきました。こちらも季節もの。面倒だなぁーと思いつつも、税務処理の手伝いをしてくれている妹と、朝一番で税務署に出掛けました。その後、千葉市内に繰り出して、【ボンボニエール】のゴルゴンゾーラ・チーズケーキと、【おか村】の天もり三種蕎麦をご馳走しましたよぉ(^з^)-!!お手伝い、ありがとうね~。妹とは小さな頃は寄ると触るとケンカしていましたが、今となっては仲良し~♪な感じになってます。お下がり上げたり、ご馳走したり、遊びに連れていったりの代わりに、妹はお教室経営の仕事の裏方を手伝ってくれます。あっ、逆か~(^_^;)。「手伝ってくれたお礼にプレゼントしました」って言うべきね。お下がりか…。まっ、それはとにかく千葉市内お近くにお住まいの方へ。この二店舗は、ホテル京成ミラマーレ近くの「きぼーる」というプラネタリウムが入っているビルのはす向かいにあります。たまに出掛ける千葉の隠れ家的存在です。是非お試しあれ♪~θ(^0^ )。

バイキング

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何に対してもではありませんが、興味を持ったことには熱狂型なもんで…。普段は料理をしないのに、作るとなれば→とことん作りますっ。来客をもてなそうと「張り切りエネルギー」がむくむくと湧いた途端に、必殺料理人になったりします(^o^)/。今回は、人参のポタージュスープ、茄子とベーコンのラタトゥイエ、スモークサーモンにクリームチーズのオードブル、ゆで卵とブロッコリーのマヨネーズあえ、コールスロー、人参と柚子のサラダ、サツマイモとクランベリーのマッシュド・ポテト、チキンと胡瓜の中華風サラダ、アンチョビときのこのマリネ、牛肉のラー油炒め、雑穀米と胡麻塩、チーズケーキと赤ワインで煮たドライフルーツのソース、それに小豆ぜんざいは個人的に(^_^;)。和洋折衷どころか、国境の無いことといったら。「どうだっ、スゴイだろうっ(`ヘ´)!」たまに爆発的に料理したりするから威張る×威張る。味見してもらおうと、娘のために料理を少しづつ取り分けてお皿に並べて、「さぁ、食べてみてっ(-^〇^-)!」ところが、娘は一瞥して「白いご飯と湯豆腐でいいやっ」だと…m(_ _)m。おばあちゃんっ子の娘は、おばあちゃんの味で育てられたので、醤油・味噌・砂糖味が彼女の基本。一年に味噌汁を数えられるほどしか頂かない私とは、嗜好が異なる。イタリアン・パセリ、オレガノ、バジル、アンチョビ、ピクルス、オリーブ、ケッパー、八角やら、柚子、クランベリーなどのスパイスを、味付けのアクセントに使おうものなら、嫌がる。匂いの強い物は受けつけない…。「変な料理(¬з¬)。」開けた鍋の蓋を味見もしないで閉じる。うっ…(┳◇┳)。花嫁修業など何もせずに新婚をアメリカで始めたので、見よう見真似で覚えた「マイ料理」はちと変わっているのは認めるけれど…。美味しいのになぁ~(^_^;)。日曜日の新聞に差し込まれていた【料理欄】を愛読しては、試しに作っていたんですよ。友人宅でいただいたお料理は、片っ端から作り方を聞いて回ったりして。「これは美味しい(o^~^o)」っていうレシピは、カードに書き留めては箱にしまっていきました。カードはきちんと、オードブル、野菜、肉、魚、豆腐、鍋、スープ、パスタ、米、パン、デザートなどと分類してある。興味のあることに関しては万事この調子。猪突猛進タイプ。この分類アイデアが気に入っていたものだから、他に【ピアノ曲のレシピ箱】と【ピアノ音楽史レシピ箱】も作っていました。曲名ごとに解説を書いたカード、作曲家ごとに作品と作風を要約したカード。今も手元にとってあります。今となっては料理の際にレシピをわざわざ取り出すことはなく、記憶をたどりながら適当に味見しながら作るのと同じように、ピアノのレシピ箱も当分開けていないな~。

お便り

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【コンサートへのお誘い】と題した手紙を、DMを発送する際に同封しますと、昨日のコラムにてお伝えしました。この「お誘い」とは、4月&5月の千葉県は東金&美浜に於けるソロ・リサイタルに向けての「お誘い」です。「何が書いてあるの~」と気になる方へ。以下は原文そのままです。こうして再び打ち込んでみると、「ああ言えば良かった。こう書けば良かった…。」と、キリのないことに悶々としてしまいましたよぉ~(^_^;)。では、以下お読み下さい。『暖冬と言われ、インフルエンザや風邪が猛威を振るったこの冬。皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか?春先に自主公演を始めて今年で10回目となります。10年ひと昔とは言いますが、毎年リサイタルの度に慌てながらもなんとかこれまで続けてこられたことは、ひとえに皆様方の応援があってこそと感謝しております。この10年間で感じたことは、クラシック音楽を継承していくことの難しさと、だからこそのやり甲斐でした。たった数人で始めたピアノ教室も10年経ち、たくさんの子供達に関わってきました。一方的にピアノを教えるだけでなく、ともに育ってきた感もあります。小さなピアノ教室を飛び出して、全国各地を指導者として、また演奏家として駆け回るようになった今、どんな小さな街にもピアノを習う子供とその子供達を熱心に教える先生方がいらっしゃることにも驚きます。きっと昨今の殺伐とした世風に抗い、ピアノを弾くことで、また聴くことで得られるエネルギーが、心に夢やゆとりをもたらしてくれる瞬間があるからなんでしょうね。今回のプログラムは、しっとりとした大人の感傷と思い出の曲で構成してみました。軽快なトークと共に味わって頂ければと思います。例年の東金文化会館での共催公演(4月26日・日曜日)に引き続き、ヤマハミュージック東京・千葉店の協力を得て5月10日(日曜日)にも美浜文化ホールでも連続開催されます。皆様お誘い合わせの上、聴きにいらして下さい…。』←ってな感じです(^o^)/。これを書きながら、今日は練習とレッスンの合間を縫って、お料理をしまくってました~。エネルギーが爆発してました。ハイテンションになると、こうなるんです。猛烈に動く!あはぁ~。明日は、DM発送の手伝いに友人が来るので、お昼ご飯でも一緒にと張り切ってみましたよ~(-^〇^-)。何を作ったかは明日ね。

特注

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「お便り~」を出します(^o^)/。DMを打たなくっちゃ…。←マメなようでいて、面倒くさがりなところがあるもので、昨日お伝えした【ちば音楽コンクール課題曲楽曲解説講座】に、4月&5月に開催される【鈴木直美ピアノリサイタル】チラシに、5月30&31日の土日の二日間に渡って予定されている【東金ステップ】のお知らせと…。郵送しなくてはならないはずのDMが、いくつも手元に溜まってしまいました(^_^;)。いざ出そうと思いきゃ、封筒がない…(..)。慌ててロゴ入り封筒を注文しました。いつものごとく「急ぎなの…」と無茶なリクエスト。注文してから週末をはさんで、今日の午後に特注の横長洋封筒×1000枚入りの段ボール箱が届きましたよぉ~。ストライプの入った白地封筒に、渋めの青紫色の印字が、なかなかお洒落に仕上がってます。楽譜出版で知られるヘンレー社の表紙カラー、「ブルーグレー」で印字して欲しいと、印刷会社の営業さんに頼んだところ→葬式カラー、つまり「喪」のイメージになってしまうから駄目と却下されました…。そこで、本来のイメージよりちょい濃いめの紫ブルーに変更。今までのデザインにホームページのURLを入れて、良い感じ~。この封筒は作成するのに、一枚当たり約20円掛かっています。切手代も含めると、一通送るのに100円掛かります。チラシを送り付けるだけでは素っ気ないかと思い、【コンサートへのお誘い】と題したお手紙も入ってます。どうぞ「ぽいっ」とごみ箱に捨てないで。せめて開封して中を見てくださいね(-^〇^-)。【コンサートへのお誘い】の内容は、明日改めてお伝えします~。

課題曲説明会

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課題曲説明会の講師を務めます\(^ー^)/。【第18回ちば音楽コンクール】に向けての【課題曲楽曲解説講座】が開かれます。日程は、4月16日の木曜日。時間は、午前10:30~12:30。場所は千葉文化会館の大練習室にて。この講座は(株)ヤマハミュージック東京.千葉店が主催となりますので、お申し込みはTEL.043-247-6611、またはFAX.043-248-0263にて、ヤマハ千葉店まで直接に事前予約をお願いします。尚、担当は吉田さんとおっしゃる方ですので、講座に関しての質問がありましたら吉田さんまで尋ねて下さい。今回の講座は、A級からD級までを対象としています。つまり小学生の低学年部門から中学の部門までの課題曲を解説&演奏しちゃうという企画です。何故に年齢の低い部門が対象なのかと言うと、小学生・中学生部門は予選・本選と課題曲がありますが、高校生以上は予選で平均律と練習曲、本選曲は自由曲になりますから、たった2時間で解説のしようがないんですよ。それに、このレベルになりますと、CDなども出回っていますから情報は収集しやすいかと思います。6月に公開(非公開)レッスンが、同じくヤマハ千葉店主催で企画されていますから、「鈴木直美の意見が聞いてみたい」とおっしゃる奇特な方は、なんでしたらレッスンの方にお申し込み下さい。←と、お誘いしながら告白するのもナンですが…。実は、今年の【ちば音楽コンクール】の課題曲が何になるのか、まだ知らされていないんですよ(・_・;)。説明会を開きますとか言いながら、課題曲をいまだに知らない。仕事が先に入って、内容が後から追っかけてくるんですよ。この世界では、こんなことはちょくちょくあるから、ひるんだりはしませんが…。まっ、そんなものよね…みたいな(^。^;)。話しは飛びますが、他のピアノ・コンクールなどの審査の場合もそうですが、派遣先は決まっているのに課題曲はこれから知らされるんです。私が課題曲を知るのは、一般公示の日と同じ。審査するからといって、一日も早く教えてはくれません(*_*)。(正直「ケチッ」っと心の中では叫んでいる。)自由曲のコンクールなどは、審査当日に演目を知ることもあります。審査員だからといって特権なんて何もないです。今回、課題曲説明をするに至っては、課題曲公示からわずか一月ほどで、楽曲を把握した上に人前で演奏をしなくてはならないので、恐ろしいスピードで情報処理をしなくてはならないハメに陥ります。仕事の内容を考えると、年々要求がキツクなっている気がします。おかげで鍛えられますね(◎o◎)。「期待されてるからよ。」友達は、気楽に笑顔で言います。「人生、濃くて良いわね~っ。」←まったく人事だと思ってぇ(`ヘ´)。誰か濃い人生を薄めて下さいョ(∋_∈)。「先生、説明会なんかして手の内を見せちゃうのはやめて~」と、生徒は泣きつきます。「あのね…、あなたに何回言っても理解できないことを、たった一回聞いただけですんなり理解できるかしら?」…。「先生!見栄えの良い選曲をしたいんです。」「じゃぁ、自分で譜読みくらいしたらどう?」…。そんなこんなで、そんな発言は師への「期待」ではなく、「他力本願」だと嫌味を言われる。課題曲発表前からこの調子で、薮蛇(ヤブヘビ)を突く者もε=ε=(ノ><)ノ。うひょっ。もう少しで課題曲発表。この時期は腰がそわそわと落ち着かない。それはとにかく、【課題曲楽曲解説講座】では、ベストを尽くして解説いたしますので是非ご来場を(^o^)/。

よ~い、ドン

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インフォメーションのページが更新されました。今後の「公開できる予定」が入っています。お正月から二月は、割とヒマだったのになぁ…。ピアノを教える合間を縫って、病気になってみたり、ぐちぐち×だらだら~とコラムを書いたり、ピアノの練習をしたり、買い物したり、ドライブ行ったり、美容院で雑誌読んだり、ランチに誘われたりと、普通な感じに過ごせて良かったのに~(-^〇^-)。そろそろ三月…の声を聞いた途端に、今後の予定がワサッと入ってきました(^。^;)。途端に青ざめる\(;o;)/。これって、全部こなせるんだろうか?荷が重過ぎない?←こんな感じで年に数回青くなります。ここから9月まで、息もつかずに走り抜けることになります。「よ~い、ドン(°□°;)(」゜□゜;)」!」好もうと好まざると、スタートの合図と共に走り出してしまうのは何故だろう?常に息を切らしてダッシュ状態で走る。これって習慣?それとも習性?写メは東京タワーのお土産、【ペットボトル】。中身はお水。あっ「ミネラル・ウォーター」って、洒落て言うべきでした…(^。^;)。なかなか、お洒落じゃないの(^∀^)ノ。観光地のお土産にもセンスが要求される時代になったのねぇ。ホームページ更新のお手伝いをしてくださる「ミキティーさん」、毎回助かります。ありがとうございました(-^〇^-)!

狭い世界・終章

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先日、私の高校時代のクラスメートを知っていると、大人の生徒さんから告げられて「世の中は狭いな~」と、びっくり(ノ><)ノ!…と、報告しました。考えてみれば、そもそも音高に通っていたのだから、ほとんどのクラスメートが関東近辺の音大に進学した。私のところに通ってくれているピアノ教師と、どこぞの音大でクラスメートだったとしても、それほど偶然っていうことにはならないのだろうけれど…。驚いた!この世界の狭さに唖然としましたよ。驚きついでに、当時にまで思いを馳せ、記憶をぐるりと一周させて【狭い世界】というタイトルで連載を書いてみました。時間の流れが高校時代⇔大学時代⇔就職時代⇔留学時代と、行きつ戻りつしましたので、分かりにくいところがあったかと思いますが…。記憶がたどればたどるほどに、フツフツと湧き出てくるものですから、話しが前後してしまいました。クラシック音楽の、しかもピアノという狭い世界に棲む私が、ハイティーンの頃にポピュラー音楽に触れたこと。そして、その頃の戯れが今となっては様々な点において糧になっていることなどをテーマに、思い出話しを書き連ねてみました。クラシックの世界に棲む人=【堅物人間】でなくてはならないような誤解を受けやすいのですが、【遊び心】は大切なんじゃないかって常々思います(^з^)-!! まっ、実際のところは【堅物さん】より【偏屈さん】は多い気がしますけれどね…。おっと、その点を深く掘り下げるのは止めといて(^。^;)、本題に戻りましょ。若い頃は、「躊躇」という言葉の意味を知らなかったから、大胆な行動もとれたなぁ。思いつきから行動を起こし、なんでもチャレンジ出来た。あの頃のように、再び閉塞感に喘いだら、飛び出しちゃおうかなっ=ε=ε=┏( ~へ~)/┛。そりゃ、出来ない相談だっ!無理だ…m(_ _)m。今となっては、捨てるものが多すぎて動きが取れない。「飛び出す」なんて悠長なこと出来るわけがない…(..)。閉塞感なんてもんじゃない。拘束されている気がする。しかし、ここから「逃げる」には責任が重過ぎる。「どっか行っちゃおうかなぁ」って、ひたすら妄想にふけるだけ。旅行のパンフレットでもペラペラ~とページをめくり、ため息まじりに眺めることがせいぜいの抵抗。妄想の世界で浮遊する。これが現実。トホホ…(ρ_;)。あれこれと悩んでいる若いあなたへ。興味のアンテナが振れたら、チャレンジしてみましょ~。いつか何かの役に立つかも知れません。息詰まったら、大きく息を吸って周りを見回しましょ。何か見えてくるかも知れないです。その場に、いたたまれなくなったら、飛び出せるものなら、飛び出せる内に飛び出しちゃいましょう(^o^)/。←まったく無責任…な発言よね(^_^;)。むほほ。

狭い世界・あらら

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マカロン。ハートの型にアレンジして、見た目もお味もスウィート。バレンタイン風。さて、今回は "alla " から話しを始めましょう。楽語の「ア・ラ・~」を辞書で引けば、「イタリア語で、~風なという意味」と書いてあると思います。今日は、ここから連載【狭い世界】の大詰めを書きますよ\(^ー^)/。大学卒業してからは、家業のピアノ教室とビクターの音楽教室を掛け持ちして教えていたものの、「こんなはずじゃなかった」とブ~タレ(┳◇┳)ながらの生活。そんな狭い世界から飛び出したい一心でアメリカ留学に踏み切ったは良いものの、渡米当初は己の力不足を痛感させられただけでした。世の中、そう甘くはないです(..)。アメリカに留学して驚いたことのひとつに、学生達の知識が豊富であったこと。普段の会話にクラシック音楽のことをすら~りと盛り込んだりしちゃうんですよ。日本では、そんなことを話題にすることはむしろ敬遠されていた。大学の友達と、「シューベルトの後期のソナタの魅力はハイミサに通ずるところがあるね」とか、「ハイドンの作品の真価が見直されていく将来像」だの、「ショーエンベルグの12音階が何故にいき詰まったのか?」、「戦争を経験しなかったとしたらシュトックハウゼンはどんな音楽を造っただろうか」などと、熱く語り合うことなんてなかったな…m(_ _)m。もし、そんな会話に持っていこうものなら、「ドン引き」な空気が流れることは避けられない。どこそこの門下の悪口に、こ洒落たレストランやお洒落の話し、テニス同好会や合コンの話しばかりで…。会話は、常に狭い世界の中をぐるぐる回っていたっけなぁ…。脳天気な日本での大学生活に比べ、アメリカに渡ってからは学友達の会話についていけない。拙い英語力のせいばかりではない。彼等の知識の嵐に翻弄され、知識の乏しさから話しについていけないのだった。とほほ…。己のノータリン状態がとてもミジメでしたよぉ(;_;)。ある日、友人達と車に乗っているところに、カーラジオからクラシック音楽が流れたんです。誰かのオケ作品。「これ、誰の作品かを当ててみよう」と、一人が言い出したんですね。口々に意見を言うんです。「間違ったらどうしよう」と恥ずかしがったり、自分の考えを口にすることに躊躇したりなんかしやしない。「この連続する6度とヘミオラのリズムは、間違いなくブラームスね。」「いや、待てよ。執拗に繰り返されるテーマと休息感の乏しさからしてシューマンかな?」…ここでも、会話についていけない\(+×+)/。「ナオミはどう思う?」あへっ(≧ヘ≦)、分からない。私に聞かないでぇ。振らないでっ(>Σ<)!!日本人はこのような窮地に立たされると、何故だか曖昧な薄ら笑いを浮かべる(>_<)。へらへら~ってね(゜∀゜;ノ)ノ。パーティーで友人達が集まれば、余興に【編曲ごっこ】で盛り上がることも。ショパンの【別れの曲】や【幻想即興曲】の中間部などの聞き知った旋律を使って、ベートーヴェン・チックに、リスト風に、プロコフィエフならこんな感じで、チック・コリアなら「きっとこんな風に書いただろう」と、次々にアレンジしてみせる輩もいたりする。これにも目が点…(◎o◎)。各々の作曲家の特徴を実に良くふまえていて、その知識を上手くアレンジにちりばめる。底力が違う。文化が違う。体力も違う。こりゃ、敵わない。ダメだっ…(ノ△T)。渡米当初は、しばらく打ちひしがれてましたよ。そのうちに、こっそりと練習室で自分も「ア・ラ・ナンチャラ~」とか言って、編曲して遊んだりしてましたね。出来は、そこそこ。「あらら~?」でも、作曲家の様式を嗅ぎ取る作業は「物真似的な楽しみ」がありましたね(`∇´ゞ。そんなこんなの「遊び心」と「サービス精神」は、アメリカに住んで影響を少なからずとも受けています。その頃に培った(?)編曲の腕前は、今は舞台の上でちょこちょこ小出しすることもあります。トークコンサートなどで時折「アララ~編曲」を披露しては、ピアノを弾く楽しみの幅が広がれば良いなと伝えたりしてますよ。

狭い世界・更迭(番外編)

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【幼稚園みきちゃん】は、タカラが出している着せ替え人形。永遠のアイドル、リカちゃんの妹分なんだと、小学校二年生の生徒が教えてくれました~θ(^0^ )。お誕生日に、年の離れた高校生のお兄ちゃんが買ってくれたとかで、レッスンに持ってきて嬉しそうに見せてくれました(-^〇^-)。感心~♪。お兄ちゃん、妹思いで優しいね、えらいねぇ~♡。さて、ここで感心できない話し…。中川財務大臣の外遊での恥ずかしい失態に触れて、一言いわせてもらいますっ(->_<-)。酔っ払って酩酊状態のままG7という世界舞台の場で会見し、もうろう。。。しろどもどろ…のところをメディアで世界中に流されちゃった。どうにもならないね…。幼稚園児だって、もう少しマシな言い訳ができますよっ。子供だって悪いことをしたら「ごめんなさい」と素直に謝れますからっ(;`皿´)。【狭い世界】に棲む人達は、常識が欠けているように思われることは、どの世界においても多々あります。しかし「職業意識の低さ」と「常識」は違うものですから(`ε´)。彼には職業意識と緊張感が足りなかったんですよ。我々、ピアニストは、仕事の前に飲まないですからね。移動中の車内でも、自由時間であっても、例えお付き合いの乾杯だとしても、ピアニストは弾く前にお酒は絶対に飲まないです。少なくとも知り合いに、そんな図太い神経の持ち主はいないです…。アルコールや刺激物は、全ての神経を鈍らせます。集中しなくてはならない場で、呑んだりしたら良いことは何ひとつ無いです。時間があれば譜面を見たり、ピアノがあれば練習し、演奏中に空腹にならぬようエネルギー補給したり、仮眠をとったり、精神を集中させたりと、準備することは山積。全ての時間とエネルギーは、これから始まる演奏に向けて使う。お酒なんてもっての外。コーヒーなどカフェイン類は興奮したりするので摂らないし、風邪薬もぼうっとしてしまうのでなるべく飲まない。そういった物は演奏会が終了してからで良い。もし、ピアノ・コンペの審査の時に飲んだりしたら、二度とお呼びは掛からないです。「更迭」されます。人前でスピーチをすることだって同じゃないのと、中川大臣に言いたい。親戚の結婚式でのスピーチじゃあるまいし、ベロンベロンでのスピーチは考えられない!国の顔としての緊張感が足りないんだか、自覚が足りないんだか?あんな愚行を全世界に流して、なお「任務を果たしたい」とインタビューに答える中川大臣に呆れた。数時間したら、「予算案通過後に辞める」に変わった。翌日になると「雰囲気から察するに、国家のために辞めた方が良いと思った」と、一転して辞任を表明。またまた呆れた( ̄○ ̄;)。「雰囲気」は呑む前から察するべきでは?「酒気帯び」で職務を回顧された電車やバスの運転手達がいましたけれど、酒気帯びどころか、あんなデロデロ~の泥酔状態で「職務続行」はないんじゃないの?普通なら辞めさせられる「首」の立場が、「辞任」かぁ~。それって特権?←かなり怒りを覚えたのは、私だけではないですよね( ̄・・ ̄)?おいっ、しっかり仕事しろぉ。それにしても、周りのお付きが、誰一人として彼が会見前に大量に呑むことも、酔って会見の舞台に上がることを止めなかったのも、不思議と言えば不可思議。【狭い世界】では、周りは友人でなく敵ばかりってことかしら?ふぅ~む…。まっ、どの世界もそんなものかも?「禁煙パイポ」の宣伝で、「これで会社を辞めました」って宣伝があって、その昔受けていましたけれど、覚えていらっしゃいますか?「これ」とは、お酒とお金と女だったんですよね。

狭い世界・アンテナ

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コレクションっていうほどのことはないんですけれど…、見るとつい買っちゃうんです。「雛人形」は好きで、こまごまとした「お雛さまグッズ」は集めてます(‘o‘)ノ。「お雛様好き」というより、憧れに近いものがありますね。私と妹、女の子二人姉妹だったのにも関わらず、実家には雛人形が無かったんです(∋_∈)。隣の早苗ちゃんは一人っ子で、お家には七段飾りが日本間にデーンと飾ってあったのに。家には無かった。早苗ちゃんのを指を加えて「いいな~っ」て、見ていましたよぉ…。(このことを書くのは二度目。よほど根に持っている(゜∇゜)?)お雛様を見上げながら、早苗ちゃんのおばあちゃんがくれた金平糖をしゃぶっていた記憶があります。胡麻粒みたいに、うんと小さくなるまで舌の上で転がして、最後は奥歯でガリッと勢いよく噛んだ。すると金物っぽい匂いと、濃い砂糖の甘さが一気に口の中に広がったなぁ~。「ねぇ、どうして?ねぇねぇ、なんで家にお雛様を買わなかったの?」と、しつこく母に聞いた。「クリスチャンだったから…。」だって。はぁ(?_?)。これは苦しい言い訳だった…(¬з¬)。よくよく考えてみれば、父方か母方の実家がああいった物を揃えるのが慣わしだったろう。しかし、父方には祖母しか残っておらず、私が生まれて間もなく祖母は脳溢血で倒れ、それ以来臥せっていた。父は五人兄弟の末っ子。父の実家は広島で、遠方に入り婿状態で結婚した父に、「お雛様」を揃える気配りが兄弟達に無かったのは仕方ないな~。両親は新婚当初から横浜郊外の実家で、母方の父と兄弟姉妹がまだ同居していて総勢八人の大家族だった。家の中は常にガサガサと落ち着きなく、お雛様どころではなかったしね…(ノ△T)。さて【狭い世界】では、高校の頃からバンドを経験し、シンセサイザーと戯れ、エレクトーンと総称される電子オルガンを触り、ポピュラー音楽に触れていった話しをしてきました。そうしながらも、「ポピュラーはお楽しみ」で「クラシックピアノは本業」と、どこか割り切っていたのかも知れませんね。まっ、その割りには真面目にピアノの練習はしていませんでしたが…(^。^;)。あの頃は、本業がお留守がちだったなぁ~。えへへっ。結婚式のプレイヤー養成講座に参加したりと、弾き語りのバイトをしてみたりと、講師資格を取得してみたりなど、様々なチャレンジはしたものの、どれもこれも一過性の興味の対象でしかなかったです。幅広く浅く。器用に何となくこなせても、これといって熱くなれるものはなかった。狭い世界でふらふらと暮らしていても、見えてくる将来像がはっきりしないことには「生き甲斐」は見い出せない。そのことに気付き始めたのは、大学卒業して一年ほど働き始めてから。「この生活を自分は求めていたのではなかった。」←自分に力がないくせに良く言うよっ…f^_^;)。力が無いなら、力を付けなきゃ。←単純な性格(-.-;)。このままではいかん!よし、環境を変えるぞっ。←行動力があるのは凄いバイタリティーと言えるけれど、計画性はまるでナシ。短絡的。単に変わってただけかも(・◇・)?そこで次なる興味をアメリカ留学に向けたって次第です。思い立ったら早い!アンテナは海を越え、海外へと向いた。親しい周りの人は「なおちゃんらしい」と思っただろう。「留学したいから推薦文お願いします」と言われた大学の当時の学長、海老澤敏先生が「在学中にこの成績で留学?」と嫌味をおっしゃった。海老澤先生の言葉が代表するように、「どうせまた興味のアンテナを違う方向に向けただけだろう」と、思われた方も多かったはず。師事した先生達は「物見遊山留学」と本気で相手にはしていなかった。「四十代までどう生きてきたかで、その後が変わる。」これは友人の言葉をそっくりそのまま借りたもの。「うん、確かに。」妙に納得~(^o^)/。ハイティーン時代から卒業まで、よ~く遊んでいた。ポピュラー音楽と戯れたり、スキーに夢中になってみたり、テニス習ってみたり、スキューバ・ダイビングの免許も取った、バイトをしてみたり、ディスコに探検しに行ったり…。無駄な時間を随分と費やしました(^_^;)。あの頃、もっと真面目にピアノの練習をしていたら、今頃はもう少しマシに演奏できただろうに…。いやいや。過去の全ては、今に繋がる(^◇^)┛。それにしても、やりたいことをし放題させてくれた親に、「お雛様買ってくれなかった」などと、愚痴を言える立場じゃないですね(≧ε≦;))。すみません…。

狭い世界・後天

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誰しもが、負の思い出を抱えて生きているものなんです。…と、昨日のコラム【狭い世界・ギャルバンド】で書いたところ→「実は小学校の頃にね…」と早速話し出したのは、主人でした。やはり、「皆、同じ。辛い経験を乗り越えて生きていく」と言ったのは、当たってるかな~(^。^;)。写真は、季節限定の「よそ行きの服」~(^o^)/。チョコレート色の地にハートの絵柄が効いたワンピース。一年を通して、このバレンタイン時期にしか着ない。「よそ行き」と言っても、仕事があって「よそ」には行かないので、家の中で着ている(^_^;)。バレンタイン・デーにレッスンがあった男の子の生徒さんが、「僕、今日が誕生日なんです」と言う。へえ~っ、素敵な偶然ね( ~っ~)/。そりゃぁ、正月やクリスマスに生まれる子供だっているんだから、バレンタイン・デーが誕生日だってありえるよね。「はい、おめでとう(*^▽^)/!」チョコレートをあげたら、高校生にもなるのに嬉しいそうにしていたのが素直で可愛かったですよ~。さて、連載している【狭い世界】では、学生時代にポピュラー音楽に触れたことが、今になってアレンジを加えた演奏をする上で便利だったことを伝えてきました。クラシック音楽においても、特に近現代の作品を演奏する時に、ポピュラー音楽を経験したことが役立っているかな~と感じることはあります。今までにちょこちょこ弾いたことのある近現代の作曲家、ドビュッシー、ラヴェル、フォーレ、プーランク、モンポウ、バルトーク、ヒンデミット、プロコフィエフ、(ラフマはあえて近現代というカテゴリーから抜いて)、カバレフスキー、スクリャビン、アルベニス、グラナドス、ヒナステラ、ガーシュウィン(彼がクラシックかどうか議論はここでは避けるとして)、コープランド、サミュエル・バーバー、ジョン・ケイジ、チャールズ・アイブスなどのピアノ曲を思い浮かべると、彼等が当時のポピュラー音楽に触れ、その影響を受けていたことは想像できます。複雑なリズム、耳慣れない和声、スピード感、ストレートな表現、自由なイマジネーション、意外性、瞬間的に沸くインスピレーション、暗示的なメッセージ性、et cetera…。近現代音楽にはこれらの特徴があって、そのことを考えると、ポピュラー音楽に触れないで彼等の作品を演奏することは難しいかも知れないです。ところで、これまでに触れてきた作曲家の名前を書き連ねていたら、ウェーベルン、シェーンベルグ、ベルグなどのドイツ系作曲家が、「もろ抜け状態」なことに気づきましたよん~(゜∇゜)。ついでにメシアンも弾いていない。あまり好きじゃないってことなんだなぁ(┳◇┳)。アメリカンな作品は結構触れていたり、邦人の作品はノンだったり…。振り返ってみると新たな発見に繋がる。まぁ【嗜好】っていうのは、【偏り】っていう言葉と同義語なんだよね。そう思い込んでいる節はあります…f^_^;)。この【嗜好=偏った好み】は、きっと渡米した経験に起因しているんですね。ドイツやオーストリア辺りに留学していたら、嗜好は変わっていたでしょうし、きっと考え方も変わっていただろうなぁ。環境が人を創るし、人を変える。あ~、恐ろしや(°□°;)。

狭い世界・ギャルバンド

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今時の子供達の付き合い方は「浅い」のだそう。自分が傷つくのが嫌だから。保身から友達付き合いが希薄になってきていると、教育者は口を揃えて言うけれど…。「イジメ」は昔からあったし、「ハブカレル=省かれる」なんてことだって日常的にあった。ただ今ほど簡単に、不登校や引きこもり、ひいては自殺に、そう簡単には考えが及ばなかったのは幸いだった。もちろんそういった不幸が無かったわけではないし、子供達が今の子供達に比べ俄然逞しかったわけでも、我慢強かったわけでもない。個人的な日々の揉め事や悩み事は、たいてい【時間】という流れの中で自然に淘汰されていったのだと思うんですよ。「仕方ないさ…」ってね。ただし、受けた傷は時と共に癒されても、消えることはないですよ。まっ、そんなことの一つや二つは誰にでもあります。北鎌倉に通っていた高校時代のこと。音楽科のクラスはたったひとつ。中学から入学すれば六年間、高校から参入すれば三年間は同じクラスになる。女の子ばかりで同じ音楽専攻。当然、様々な衝突やら喧騒はありましたよ。私は、そういった揉め事には関わらずに、ただ眺めていることが多かった。保身からではなく、単に興味が湧かなかっただけ(・_・)..。イジメがあっても、止めもしなければ参加もしない「傍観型」の私は、ある日を境に「ハブカレル人間」になったんですね。ポピュラー音楽に親しんだ頃の思い出話しのついでに、もうひとつのメッセージです。クラスメートに「女の子バンドを組もう」と誘われて、それなら弾いことのない楽器を触ろうと、ベースギターを選んだことがありました。理由は音の動きが緩やかだから初心者にも出来るかなって、甘~い考え(^。^;)。ベースギターの弦をピシッと押さえるのは案外力が要ったし、チョッパーなど掛けようとムキになったりすれば指先が傷んだ。(これはピアノ弾きには良くない。)安定したテンポを刻み続け、しかもリズムを乗らせることは予想外に難しいものでした。ベースギターを甘く見ていましたね(-_-)/~~~~。…まぁ、それがわかっただけでも、何かしら学習したとは言えますかね?!「文化祭で何かやろう!」盛り上がりを機に「ドラムセットを割り勘で買おう」と、リーダー格のクラスメートが言い出したんです。確か一人あたり三千円くらいだったか…。家に帰ってピアノを弾いていたら、疑問がムクムクと湧いてきて~。割り勘で買ったとして、所有者は誰になるのかな?使い終わった後、ドラムは誰が管理するのだろうか?何故に割り勘なんだろうか?皆、自前で楽器を揃えているのに。ドラム担当の子が買えば良いのじゃないだろうか?翌日学校に行って、リーダーに疑問を率直に伝えたら→仲間ハズレに。つまりハブカレ始めたんです。その突然の態度の変化には驚きましたよ。よそよそしい態度に、徹底した無視(-"-;)。「水を差した」ことが気に入らなかったのだろうけれど、「そりゃ、ないよね(;_;)」とは思いましたね。相手の感情に納得は出来なかったけれど、彼女の憤慨はおおよそ想像できました。楽器庫に呼び出されて「バンドから脱退するように」と詰め寄られた時は、怒りで身体が凍り付く思いをしたけれど、反論はしなかった。その冷え冷えとした感覚は記憶の中に刻まれました…m(_ _)m。バンドを止めること自体は構わなかった。けれども、呼び出された場所にリーダー格の子だけでなく、他のメンバー全員も揃っていたことは心に刺さりましたね(∋_∈)。あちゃっ。そりゃ~、辛かったよね。「水を差した相手」に「疎外感」でやり返す。価値観の違う他人通しが集まる難しさを知ったわけです。やはり自分にはソロの方が向いている。でなければ自分がリーダーだっ(`ヘ´)!漠然と自分という人間の位置付けを始めた第一歩だったのかも知れません。ベースギターはそれっきりでしたが、人嫌いではなく、むしろ人と関わるのは好きな方だったので、その後もバンドはちょこちょこやってました。大学に入ってからは、女の子だけのキーボード・グループを編成して楽しんだりしていましたし。もちろん、リーダーは私(^_^)v。あはっ、懲りたね。ハブカレタ後、バンドメンバーだったクラスメート達とは自然と話すようにはなってはいったものの、心の底では「それって、どうなんだろうか(¬з¬)?」と、常に構えてましたよ。嫌な思い出に縛られる感情って、誰しも持っています。だからといって、いつまでもこだわっていてはつまらない。ただ時折「そんなこともあったよな~」と振り返ると、他人の痛みも分かるようになる…彡(-_-;)彡。たいていのことは、【時間】が高ぶった一時の感情を、【曖昧な感覚】にまで癒してくれるのです。全ては「ままよ…」と風化していく。娘の「友チョコ」を大量に包みながら、ふと思い出した昔話し。そんなこんながあってこそ、人は強くなる\(^ー^)/。

真夜中の大作戦

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連載【狭い世界】をちょいとお休みして、バレンタインに因んでの話しをしますね。「えっ、チョコレートを手作りしろって?」この忙しいのに…(*´ο`*)=3。例年はバレンタインの時期になると、生協のチラシを娘に渡して「好きなのに○丸しなさ~い。注文しておいてあげるから~」で済んだのに…m(_ _)m。今年は「手作り」を強要された。「だってぇ、友達はみんなお母さんと一緒に作ってくるんだよぉ(`ヘ´)。」「友達」って言葉に親は弱い。世間では「友チョコ」って言う風習が生まれているらしく、それほど親しいわけではない「友達」にまで不公平にならないように配るそう。彼女の「友チョコリスト」は、部活の先輩にまで及ぶ。よって膨大な数の手作りお菓子を用意しなければならない。今時の子供らしい。気配りの裏返しは「自分も省かれたくないっ」ていう伏線かぁ…。「はい、はい…(..)。」かくて、夜遅くレッスンが終わってからキッチンに立つはめに…(∋_∈)。ブラウニーに、カップケーキと、トリュフを大量に作って→ラッピングして→配る準備という作業に翻弄されました。相当な時間を費やしましたよぉ(>_<)。就寝2時過ぎ、起床5時。早朝から再びケーキを焼いて、ラッピングして…(◎o◎)。言い出しっぺの当人は、まだ小学生の分際で出来ることもあまりなく、結局は親ががり…。まっ、そんなもんですよね。【ドルチア】という洋菓子店の工場が近所にあります。小売り販売もしているので、時折買いに行きます。昭和45年に創業した【ドルチア】は、栗のペーストを「そば状に絞り出したのモンブラン」ではなく、薄く伸ばしたマロンペーストで山形に盛られたクリームを包み込む「ハイカラなモンブラン」がイチ押し。このモンブランで一躍有名になったのだとか。京成八幡駅近くのたった四坪で始まった本店(電話:047-326-9429)が、今や千葉県下に幾つか支店を持つ洋菓子店に伸びたんですって。そこのチョコレートは、国際線のファーストクラスにてサービスされるそう。ファーストクラスには乗れないけれど、せめてチョコレートくらいなら自分で買える(^。^;)。ちなみにお値段はというと、10個入りが1600円ちょい。一粒350~500円の考えられない値段の高級チョコレートがもてはやされる中、案外お手頃じゃないのぉ~(*^o^*)。ドルチアのチョコレートを味わっただでファーストクラスに乗ったかのごとく「セレブな気分に浸る」ことは出来ません。が、セレビーな世界に思いを馳せることは出来ます。もし宝くじが当たったら~みたいな(゜∀゜;ノ)ノ。…で、明日は【狭い世界】に戻って、「ハブカレタ=省かれた」話しをしましょう。

狭い世界・でしゃばりな姉

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「うそでしょ?」…( ̄・・ ̄)。「約束したからには行かなくっちゃダメよ。」妹は友達との約束を反古すると言う。「だってこんなの弾けないもんっ(`ε´)。」どれどれ…。細かい音符が並ぶ。確かに面倒くさそう。でも、約束の練習をすっぽかしたりするのはどうかと思うけど?「じゃぁ、お姉ちゃんが代わりに行ってよ。」は、はぁ~っ?私学の女子高校に通う私に比べ、共学の公立校に籍を置く妹は、なにかにつけて姉の私よりリベラルな行動をとった。男の子から電話が掛かってこようものなら即座に切られるような厳しい家庭だったが、妹は自由だったし、たいていのワガママは許された。(よくある長女のグチ…。)学校の友達にバンドに誘われ、「うん」とは言ったものの…。「この楽譜、弾けないもんっ(¬з¬)。」人に頼まれると、後先考えずに快諾しちゃうもんだからこの始末…。ごねる×ごねる。妹は、『ごね』が通ると思っている(≧ω≦)。周りが妹を大事にし過ぎていたからかな(._.)。妹は小さい頃、病弱だった。小皿に注いだ醤油を舐める癖が災いして、腎臓病になり入院した。チョコレートを食べては鼻血を出し、車に乗れば酔って吐いた。小学校に上がり、ひとつ年下の妹がイジメられたりしようものなら、姉の私は過保護に転じた。彼女のクラスまでいじめっ子に文句を言い行ったくらい、私は『でしゃばりな姉』だった(^-^;。「仕方ないなぁ。じゃ~、貸してみなさいよ。」何度かさらってから、約束の横浜駅西口にあるヤマハのスタジオまで、妹の代わりにのこのこと出掛けていった。もちろん妹はついても来ない。その譜面は、後から知ったのですがフュージョングループ【カシオペア】のコピー譜でしたね。友達のお姉さんというシチュエーションに相手が引いたかどうだかは定かではない。そんなことは気にするタイプでもなかったので、スタジオにあったシンセサイザーを叩いて平然と帰ってきまたよ(゜∀゜;ノ)ノ。そのあたりも今思い返せば笑える。初対面はきっと無愛想だったろうけれども、キーボードを弾ける人間がよほど欲しかったのか、「メンバーになって欲しい」と言われ、その後もしばらくシンセサイザーと戯れていましたっけ。フュージョン系のサウンドは嫌いじゃなかったし、借りてきた録音テープを繰り返し聴いては、キーボードの部分だけ抜き出して弾いてみたり、電子オルガン用にアレンジしてみたり。そんなことも楽しい作業でしたね~。コツコツ×モクモクは性にあっていたのかも(^。^;)。結局、自前のシンセサイザーやスタンドにアンプなども買い込んで、部屋に篭っては「キュンキュンキュルル~♪」と大爆音を出していじっていました。今で言うところのオタクだったかな(`∇´ゞ?妹は早くから洋楽に興味を示して、【ビリー・ジョエル】のソフト系から【キッス】などのヘビメタまで、幅広いジャンルを聴いていました。妹の聴いていた音楽が、洋楽に触れる窓口だったかなぁ。壁に化け物みたいな化粧をして舌をペロリとだした【キッス】のポスターを見る度に「これのどこが良いのだか分からん…(..)」と思っていましたよ。こうして『でしゃばりな姉』は高校の頃から、それまでのクラシック音楽の世界から足を踏み外して…じゃなかった、違うジャンルの音楽にも親しみだした次第です(^_^)v。オフの夜に【20世紀少年第二章】を見に行こうと張り切って映画館に行ったら、上映時間に間に合わなかった。「うそでしょう…?」って誰に向かって言ったら良いんだか(*_*)。人気の無いフードコートでコーヒー飲んで帰ってきました。しょんぼり…。

狭い世界・講師養成

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音大卒業後に、ビクター(株)会社に講師として働いていた時期が一年ほどありました。ビクターと契約した私は、まず「適性テスト」と呼ばれる筆記試験を他の同僚達に混じって受けたんですね。後になって叔父から、「なおちゃんは講師としての資質が最低の適性だったらしいよ~」との報告を受けて、少々凹みました。あらっ、そう…(・◇・)?「個人プレーには長けているが、グループの中での協調性は低い。」←これ当たってるし(・_・;)。それでも、クビにならずに済んだのは、ビクター系列の楽器店を順調に経営していた叔父のお陰だったのかも知れないです…m(_ _)m。しばらくして新規採用の講師対象にお泊り合宿なんかもあったりしましたが、同僚に友人が出来るということはなかったです。それどころか、誰ひとりとして名前も顔も覚えていないのですから、会社に所属しているという意識が低かったのでしょう。当時、ビクター社が生産していた電子楽器の【ビクトロン】の講師資格を取得するように、上から言われました。資格を取って級が上がれば上がるほど、レッスン料支払いのパーセンテージも上がるからとのこと。講師がこぞって楽器を購入し、資格取得に熱心にならざるを得ない、という仕組みになっていました。会社の思惑通りに「将来ビクター音楽教室の幹部になれれば良いなぁ~」などとという野心が燃え上がることは残念ながら無かったですね。それどころか、派遣された幼稚園や電気店の二階にある教室で教えることが、しっくりとはこなかったんです。生来、自分の土俵で戦うことを得意としていたのでしょう。借りた場所で、そこのオーナーに遠慮しながらの指導は、窮屈だったし生き甲斐を感じることは出来なかった。講師としての資質ゼロ…( ̄・・ ̄)。適性テストは当たってましたね。大学卒業後も友達とキーボードグループを組んでみたりと、しょぼしょぼ演奏活動は続けていましたが、社会人になって集まってくれる友人も、次第に「お付き合いモード」に変わっていきました。皆、結婚適齢期に差し掛かっているのですから当然ですよね(^_^;)。女友達とつるんでいる場合じゃないみたいな…。だいたい学生じゃあるまいし、収入にもならない「友達バンド」なんてノリはバカバカしくてやっていられなかったのでしょう。レッスンに行く道すがら、電車に乗っていて目がいくのは英会話教室の吊り広告。当時は英会話といったら【ノバ】ではなく、リボンのマークの【バイリンガル】が派手な広告を打っていました。覚えていらっしゃいます?閉塞感…。窒息しそうな生活から飛び出したい(ノ△T)。広告を目にしては、ムクムク~と留学を考え始めたって次第です。明日は話しを高校時代に戻して、バンドを始めた話しを辿ってみますね。今年の春に小学校に上がる男の子が、「音符クリップ」をプレゼントしてくれました~♪。「先生のイメージカラーはピンクだ」と言って選んでくれたのだとか。まだ彼は世間に揉まれる前ですから…f^_^;。

狭い世界・ビクトロン

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【ビクトロン】って聞いたことありますか?ビクター(株)が出していた電子楽器に付けた商標です。一般的に【エレクトーン】と呼ばれる「足ペダル付き電子オルガン」は、ヤマハが自社製品に付けた商品名。それが、そのまま代名詞となり世間に知れ渡った名称なんです。カワイ楽器は【ドリマトーン】、テクニクス社は【テクノトーン】、カシオ社からは【カシオトーン】などと、各社によって商品名が違っていました。…が、世間的には【エレクトーン】で通じちゃうあたりが「ヤマハの強さ」を、当時から物語っていたような…(*^o^*)? 坂本龍一率いる芸大卒のミュージシャンで構成されたキーボードグループ【YMO=イエローマジックオーケストラ】が流行ったことも、世間が電子音が作り出す「魔法チックな世界」に夢中になることに拍車をかけた一因だったかも知れないです。だいたいクラシック界のエリート君達が、お茶の間にやってきた感もあったしな~o(`▽´)o。一世を風靡したかのように、大はやりした電子楽器。その後、熱に浮かれたような現象は次第に冷めていきました。人々が電子オルガンに冷めていった原因は、市場史上主義的な現実に目が醒めたからかも知れない。一つ、電子楽器の無限なようでいて、その表現力には限界がありました。アコースティックの楽器が描き出すような心の機敏を表現する力は無かったですから、繰り返し鑑賞して尚愛される深遠さに欠けたのかも。ウ゛ァイオリンというスイッチひとつ押して出てくる音は、本物の音色と比べるとほど遠いものですよ。二つ、キリのない新型機種との追いかけっこにユーザーが疲れたから。最新の電子楽器を買っても、新機種が出れば旧モデルとなり、旧型はお払い箱になってしまう。旧モデルは二束三文で下取りされるという現実はやりきれなかった(-.-;)。最盛期は、車のモデルチェンジより回転が速かったような印象さえありました。私の見解はこんなところですが、当時のこの事情を知る人はどう考えますかしら?…とは言いながらも、決してアンチ電子楽器派ではありません。自分自身も相当のめり込んでいた時期がありました。叔父が楽器店を経営していて、それがビクター関連の店舗であったために、高校時代からビクトロンを見よう見真似で弾き始めていました。独学ではあったけれど、相当のめり込んだ時期もありました。大学を卒業する頃にはかなりな腕前に。両足で2オクターヴをタカタカ~♪。楽々と操っては得意になっていましたね(^◇^)┛。あの頃には腹筋もあったしなぁ…(・_・;)。流行りのポピュラー音楽は新譜で出版されても、パソコンのソフトなど出回ってはいない時代だったので、手書きの譜面がそのままで出版されたりしていました。印刷は雑で汚かったですよ。しかも手に入れた楽譜を弾いてみると、アレンジの上手い人と、そうでない人にはっきりと分かれてましたね。ポピュラー出版業界のモラルは低かったかも。(また、無責任にキツイこと書いてるし…(*_*)。)そんな見にくい上に弾きにくい楽譜にお金を出すくらいなら、いっそのこと「自分で楽譜書いちゃった方がましじゃん!」と、録音テープから楽譜を起こしていました。(余談ですが、じゃん…は、横浜の方言ですf^_^;。)鉛筆書きの下書きを、綺麗にペンで書き直しては、「おっ、見事…」なんて悦に入っていましたよ(*^o^*)。家業が音楽教室でしたから、大学生の頃からピアノと電子楽器の両方を教えていました。生徒はピアノ半分電子楽器半分という比率だったかな。発表会などすると、地味な音色でアコースティックなピアノに比べて、リズムボックスや様々な音色をスピーカーを通して拡声する電子楽器の方が「ドンチャカ、ドンチャン~♪」と派手でした。比較してしまえば舞台の上で、電子楽器の方がうんと聞き映えしていたことは確かでした。母の経営する音楽教室は人も使っていましたから、その発表会たるやマラソン状態。丸二日間会場を借り切り、参加者は朝から晩まで弾きつづけるほどに盛況でした。当時、生徒はわんさかといたのに、次から次へと新型のビクトロンを買い替えていくために、相当な資力を費やしていたことと思います。何故ならビクトロンのコンクールがあって、講師も生徒も会場に出る機種を使いこなせないことには話しにならなかったという事情がありましたし…。まだ大学生であった私にコンクール審査の依頼がきていたことからして、人材不足が伺われますよね。楽器の開発に各社こぞって力を注ぐものの、指導の現場はその開発スピードについていけてはいないという現状だったのかも…。写メは冬限定のチロルチョコ。抹茶にきなこ味。お高いチョコレートも良いけれど、チロルや不二家のハートチョコレートなど、チープも好き。高級チョコレートは頂いたら子供に隠れてこそこそ食べる。チープなチョコレートは大人買いして皆に配る(`∇´ゞ。あはは。チロルチョコレートの新製品が出れば必ず試しますね。この小さな四角形の世界に、いったいどれだけの変化を付けられるんだろうか…。包みを開ける瞬間ワクワクして、味わえばやはり所詮はチロルチョコレート。所詮は、…という点では電子音に似ているかも知れないな…。

狭い世界・畑違い

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昨日のコラムで紹介したブタのランプは、廊下に置いたコンソールテーブルの片隅に乗せてあります。今時の家にしては無駄に長い廊下は、レッスン室からトイレへと、家の真ん中を横切るように繋ぐ配置になっています。廊下はそれでなくても日当たりが悪くどんより~と暗いのに、母は「節電」と言っては家中の電気を消して回るのですよ。「お手洗いを借りたい生徒さん」には怖い道のりになってしまう…m(_ _)m。「これは点けておいてね。」ブタのランプだけは見逃してくれるので、日が落ちてから、あたりをぼんやりと照らして活躍しています(^_^;)。さて、ポピュラー音楽をコンサートで弾く時は勝手にアレンジしちゃってますと、昨日お話ししました。特にポピュラー音楽を勉強した訳ではないので、全くの我流で亜流。私のアレンジはジャズとかポップスではなく、ジャズっぽい感じとか、ポップス風というだけのことです。…とは言え、クラシック音楽一辺倒に育ったとしたら、そう簡単に編曲すること自体が難しかったかも知れません…。三歳で始めたクラシックピアノ。その後もクラシック音楽で教育された私が、どのようにクラシック音楽以外のジャンルに興味を示していったか。そのあたりを何回かに分けてお話ししましょう。新たなシリーズ物の始まりです( ~っ~)/。まっ、人間「人生において一見無駄に思える事も、後々糧になるかも知れない」ってメッセージです。私が幼少の頃は、母方の兄弟姉妹が、まだ同居していたので大家族の中、賑やかに暮らしていましたね。祖父に両親と私と妹の五人に、母の妹が二人と弟一人の総勢八人の大家族でした。食卓はそれはそれは大騒ぎでした~\(^ー^)/。よく味噌汁をテーブルの上にこぼしては周りの誰かしらが「あ~っ、またやった!」と雑巾で掃除していた記憶があるのですから、落ち着きのない食事風景だったのでしょう。その頃、まだ大学生であった叔父がレコードで聴いていた井上陽水やカーペンターズが、ポピュラー音楽に触れた始まりでした。特別興味があったわけではなかったけれど、井上陽水の声には惚れ惚れとしたし、訳の分からないまま「こはるおばさん~」なんて歌詞を口ずさんだりしていましたね。そうこうするうちに、叔母の一人が当時婚約者だった叔父を家に連れてきたんです。彼はバンドマンという仕事をしているとかで、それが異文化の匂いに触れたのが始まりだったかな~。横浜にあった【クリフサイド】という高級レストランの専属バンドで、サキソホンを吹いているという触れ込みだったんです。大学で事務員を勤めていた叔母と、バンドマンで年下だった叔父の馴れ初めはどうだったのかはいつか尋ねることとして、この突飛な組み合わせに家族がどう話しをしたら良いのかちょっと困ったような雰囲気があったことは、子供ながらにも感じていました。突然の異邦人の来訪~。叔父は人当たりの良い温厚な人柄で、手先の器用な働き者。子供の相手やら、家のこまごまとしたことも手伝いを買って出てくれたので、すぐに打ち解けていましたっけ。あの時代には、アメリカでヒットしていたビッグバンドを真似た音楽が日本でも流行っていたんです。叔父は職場である【クリフサイド】に、一度明るい時間帯だったと思いますが、連れて行ってくれました。多分、お子さまの見学は営業時間外にって感じだったのかな~。ふかふかの絨毯が敷き詰められた床に、昼間だというのに締め切った窓に架けられた深紅のカーテンはたっぷりとドレープがとってあり、ダンスホールの天井からミラーボールが吊り下がっている。幅広い階段の手摺りには白い掘りが施されて…。そりゃぁ、全てが目新しかったので、記憶は鮮明に残っていますよ。こんな世界もあるんだな~ってね(*^o^*)。ちょっぴり触れた大人の世界。祖父はサラリーマンで父は公務員、母はピアノ教師という、普通な構図の家庭に育った私に、ショウビジネスの世界の人は不思議な空気と魅力を持っている印象がありました。「姪っ子はピアノが達者なのよ。」そう紹介された私が叔父に弾いたのは、ランゲの「花の歌」だったことも今だに覚えていますね。「小さいのに中々弾くじゃない」と言った叔父の言葉が 子供ながらにも「どういう意味よっ?」と訝っていた。素直に受け止められず、へそ曲がり的なリアクションがあったのは、クラシック以外の分野で生きている人に対しての「狭い了見」があったのかも知れない。その後、叔父は楽器店を開き、音楽教室も経営するようになっていった。その影響もあってかどうかは知らないけれど、母は自分のピアノ教室にも電子オルガンを導入した。(電子オルガンはエレクトーンが代名詞となり、一世を風靡したもんです。)かくて、私は家に運び込まれた電子楽器をいじり始めた次第。当時は、市井のピアノ教師は電子楽器をいじれないと仕事にならない、…なんていった風潮さえありましたからね。電子楽器に夢中になって、「ボサノバ」だの「チャチャチャ」だの「ロック」だのといったリズムに触れました。ポピュラー音楽を弾いているところに現れた叔父が一言。「なおちゃんのはクラシック弾きだね。ビートの取り方が逆さまだよ。」えっ…(◎o◎)?「ダウンビートじゃなくて、アップビートで取ってごらん。だいたい一言でポピュラー音楽とくくってしまってもジャンルがあるから、弾き分けが出来ないとね。」リズム感が悪いってか。ムキッ( ̄○ ̄;)!他人に意見されると「憤慨するタイプ」なのは昔っから。鼻息が荒いと思われても仕方ない…。ただ、そこでムカついて終わってしまうのではなく、その負の感情がエネルギーになるのも昔っからで、負けん気だけはあったなぁ~o(`▽´)o。

狭い世界・ト書き

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狭い世界なんです。この業界は狭い…。悪いことなどできやしないm(_ _)m。「真由美さん、綾子さん。ご存知ですよね?」はぁ~?誰だっけ(?_?)、聞き覚えがあるけれど…。一瞬、思い出せなかった。「先生、高校の同級生だったんじゃありませんか?」あっ、そうだった(゜∀゜)ノ!うわ~っ。懐かしい。電車とバスを乗り継いで、はるばるとレッスンにと訪ねてきてくれる生徒さんは、今流行りの「学び続ける指導者」です。千葉県内で熱心にピアノ指導にあたる彼女は、確か一つ年下だったはず。何故に私の高校時代の同級生を二人も知っているのだろうか?高校は神奈川県の北鎌倉にあって、今現在千葉県に住む身としては、北鎌倉時代は遠く離れた場所の遥かなる記憶。それが今、高校の同級生の名前を生徒さんの口から聞くとはね…。話しを聞けば、どうやら浪人した同級生達と彼女は、同じ大学でしかも同じクラスだったそう。しかも大学卒業後、しばらく彼女がヤマハに講師として勤めていた時も、私の同級生のうちの一人とは同僚だったとか。うっ…狭い(*_*)。つい懐かしくて、当時の話しを知る由もない生徒さん相手に「べらべら~」と、しゃべってしまいました。高校時代の私は「一番ピアノが上手い生徒じゃなかった」だの、「どちらかと言えばピアノより成績の方がましだった」だの、「可もなく不可もない生徒だったかなぁ~」、「こうして前向きに教えたり弾いたりしていることを同級生が知ったら驚くだろう」、などなど…。聞かれもしないのに、ぺらぺらと…(-.-)。まるで昔の悪戯が見付かってしまった悪ガキみたいに、言い訳がましく当時の自分を語っていました(-.-;)。そういえば「なお」という愛称で呼ばれていたっけ。思い返せば、それまでクラシック音楽一辺倒が、あの頃からポピュラーに親しみ始めていたんだっけなぁ…。高校生の頃から、バンドをやったり、電子オルガンを触ってみたり、キーボードにはまってみたりしてました。熱心にコピーをしては、楽譜を書いてましたよ。ピアノの練習より、よほど熱心に夜中まで時間を使ってました~。カセットテープを「キュルキュルル…」と何度も巻きもどしては、譜面に直したりしてね。その頃あたりから始まったポピュラー音楽の経験が、今となって役に立つとは思いもしなかったですよ~(^-^;。トークコンサートなど、お客様が親子連れだったりすると、クラシックばかりではつまらなかろうと、時折ポピュラー音楽をアレンジして弾きます。これまでに、ディズニーやジブリなどのメドレー物はもとより、あれこれ弾いてきました。【いとしのエリー】【戦場のメリークリスマス】【もしもピアノが弾けたなら】【ゲゲゲの鬼太郎】【エンターティナー】などなど。【茶色の小ビン】に至っては、プロコ風やらショパン風にアレンジを変えて「こんなことも出来るんだよ」って、舞台の上で遊んで見せたりしましたね。その昔、ポピュラーに親しんだことも決して無駄じゃなかったってわけです。まぁ、当時、親は夜遅くスタジオに友達と繰り出す娘に良い顔ばかりしていなかったですけれどね(*^o^*)。ココナッツの実の殻で作ったランプは、昨年タイへの旅行先で見付けた掘り出し物。ブタの形に作られている。これもアレンジの妙。暗くて長い廊下を、愛らしい光でぼんやりと照らしてくれます。

塩昆布

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すさまじい偏食なんです(^。^;)。以前にも偏食だとは言いましたが、「はまる」と飽きるまで、毎食そればかりを食べたりします。それだけで構わないんです(^_^;)。只今、【リゾット】、【小倉ぜんざい】、【ドライフルーツ】に凝っています。【リゾット】はトマト味のスープにお米を加えて煮込み、柚子胡椒のスパイスを利かせる。【ぜんざい】は、小豆をコトコトと煮て味を付ける。ザラメに白砂糖を半々に入れ、塩を多めに利かせた塩っぽい甘さ加減が良いんです。塩昆布は箸休めとして欠かせない。瓶に入れて食卓に常備してあります(^∀^)ノ。【ドライフルーツ】は赤ワインと砂糖で煮詰め、冷ましてからヨーグルトのソースにすると美味しいデス。…で、これを毎食のように食べているので、家族には呆れ返られています~)^o^(。全部見た目が『ぐちゃぐちゃ』っぽいので「犬のごはんみたい」と、悪口も言われてます(⌒~⌒)。…で、消化の良い食事をしながら、アンコールの選曲など消化不良を招くようなことを考えとります(=_=;)。4月・5月のコンサートの時に弾くアンコール曲のことです。選曲している時は「あれ弾きたい。これ弾きたい…」と、夢が広がるんですね→それで、後から練習が大変なことになるんですよ。今回は、ショパンのノクターンのOp.9-3、ロ長調に、ベートーヴェンの「悲愴ソナタ」の第二と第三楽章なんかはどうかしら?その後にしっとり系の曲で閉めようかな?おいおい、何曲弾くつもり?いったいアンコールだけで何分掛かると思っているの!その昔、アンコールにモーツァルトのソナタ全楽章を弾いたピアニストがいて、「おいおい、それはいくらなんでも弾き過ぎでしょう」と思ったのに…この始末。舞台に引き際は肝心。もう少し聴いていたいと惜しまれるくらいが丁度良い。ところが「キーシンのコンサートにいったら、アンコールに七曲も弾いてくれたんですよぉ…」とか耳にすると、止せば良いのに「めらめら~(°□°;)」と闘志が燃える。「よっしゃ!私も弾くよ~っ」てね。まぁ、あれこれ考えるのが楽しみなんですよ。食が偏食なら、選曲も大分と偏ってます。

舞台裏

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ピティナの会報誌【OUR MUSIC】に掲載された記事の話しは昨日しました。今日は、ちょいとした裏話を…。載っている写真はNHKのニュース番組の映像から撮った物のようです。昨年、10月に岐阜市黒野小学校で開催された学校クラスコンサートの模様が、当日のNHKの昼のニュースは全国に、夜のニュースは岐阜県あたりの地方局にて流れたことは以前にお話ししました。会報誌では、その時の映像を録画したものを使っています。それが証拠に、よ~く見ると写真の右上に、ぼよ~んとぼやけた文字=テロップが映っていますから~。お手元に会報誌のある方は目を凝らして「なぁるほど…」っと、納得してみてくださいV(^-^)V。本人も「そうかな~?」と想像するくらい、事前には知らされないもんなんですよ。自分のことでも、後で知って「あっ、そうなんだっ」…みたいな発見をちょくちょくします。記事の内容も照れる×照れる(〃д〃)。ジブリ・メドレーを「とても頭を悩ませながら編曲した」と、苦労話しになっているけれども、実のところは適当に知ってる曲を繋げただけなんです…。キーマン先生の記事に載っている文章もそうですが、他人の言葉を介すと「えっ、そんなこと言ったかな~?」とか、「それって格好良すぎない?」などと、 多いに照れる記述もあります。また、文章を読んで「あら、そう受けとられたのかな?」と思うこともあります。インタビューに答えてべらべら~っとしゃべっただけなのに【監修:鈴木直美】とあるのには赤面…(*^o^*)。「凄腕教師」の下りには苦笑。だいたい紹介文って大袈裟なんですよ(=_=;)。穴掘って隠れたい…。

OUR MUSIC

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2009年1月31日発行(冬期・276号)のピティナ会報誌【OUR MUSIC】が、ピティナ本部から送られてきました。あらかじめ付箋の付けられていたページを開けてみると、【学校がコンサートホール】のコーナーに「岐阜県岐阜市黒野小学校」での学校クラスコンサートのレポートが、【みー子さんのピアノ・アレ・コレ】では「かくれキーマン先生」として、おまけに【会員コンサート情報】の欄には4月・5月のコンサートが掲載されてます。鈴木直美の記事が満載だぁ~(-^〇^-)。こういう記事って、載っている本人が印刷物が刷り上がった後に目にしたりするもんなんですよ~。だから他人事のように「お~っ、載ってる、載ってる」と、嬉しいような恥ずかしいような驚きと共にページをめくるわけです。浮かれたのも、つかの間。あれれっ?4月のコンサートが千葉のはずが→東京となっている(°□°;)。この情報記事はチェックのためのファックスが入ったにもかかわらず、校正段階で気付かずに見逃してしまいました。【東金文化会館】のはずが→【東京文化会館】になってしまっています(>Σ<)。すみません…。どうか誰も間違えて東京に行ってしまわないように。心配です…。会報誌の後ろを見れば、去年の暮の時点で、ピティナ会員数が12477名とある。その会員にこの冊子は配られます。関東周辺に住んでいる会員はそのうち三分の一として、この会報誌を読んでコンサートに来ようかと思う人は、果たしてどのくらいいるのかしら?もし、居たとしても…偶然に、このコラムを読んで「な~んだ東金かぁ」と、気付いてくれるかどうか…m(_ _)m。うっ、ごめんなさいε=ε=┏( ・_・)┛。尚、まだ会員になっていない門下生は、お教室にて閲覧できます。

タイムアウト

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返事がない…。返信がない…。これは拒否されているというサインに他ならないから、話しかけた側にとって一番厳しく切ないリアクションかも知れないデス…彡(-_-;)彡。レッスン中に返事がない時には「返事は?」と催促しちゃいます。面と向かって相手と対峙している場合はまだしも、最近のメール事情は困りもの。返信のない相手に「返信は?」などと、催促メールは送れませんからね…(≧ω≦)。アメリカで少しばかり触れた【行動療法】にあった一番の罰は「無視」だとのこと。暴れたり、騒いだり、壊したり、社会的に容認出来ない行動を起こした子供に効く対処は、「声高に叱ること」でも「体罰」でもなく、「無視する」ことだそうです。「タイムアウト」と呼んで、子供を何もない白い壁に面して座らせじっとさせます。泣きわめく、暴れる、大声で騒ぐ、文句を言う…。これら一連の感情の嵐が収まるまで座らせます。もちろん子供は座らされることに抵抗しますが、相手にせず「タイムアウトよ」と穏やかに繰り返しながら、ひたすら座らせることにエネルギーを注ぐのです。押さえつけてでも座らせるんですよ。「そんな温いことで怪獣相手に効くのか?」ですって?…まぁ、そうは思いますよね。実際のところ講義を受けながら、暴君と化した相手を無視すること自体が指導側にとって大変なストレスになるな~とは感じました(-.-;)。実践は更に大騒ぎになりましたしね…( ̄○ ̄;)。泣きわめく子供を渾身の力を使い椅子に押さえ付けながら、笑顔で「タイムアウトよ」と繰り返すことに費やすエネルギーといったら凄いもの。「おだまりっ(`o´)!」平手打ちのひとつでも体罰を与えたら、どうなんだろう?さらに泣きじゃくり、そのうち泣くことに疲れて止めるでしょうね。その場では効果があるように思えてしまいます。「タイムアウト」の場合も同じ効果は得られます。座らされることに猛烈に抵抗するのですが、無視され続けると、そのうちに諦めて静かに落ち着いていきます。落ち着いてしばらくしたら「いい子ね」と声をかけ、壁に向かって椅子に座ることから解放します。で、再び暴れたら「タイムアウト」で座らせる。「怒られたから止める」から→「聞いてもらえないから暴れても仕方ない」と変換するのだそう。行動療法的には「無視」されることの方が、長期に渡り効果があるのだという信念があります。「泣く→打たれる」は悪循環の連鎖となる。一方、「泣く→無視される」を繰り返しているうちに→「相手に受け入れられない行動」は次第に収まるそうです。それにしても辛抱のいる作業です。そう考えると…、話しを始めに戻して、メールの返信が無いってことはは、「受け入れられていない」というメッセージなのかも知れないデス。コミュニケーションの連鎖を断ち切りたい、という意志にとられても仕方ないですよね。だからといっていつまでもメールでのやり取りが続くのも困りものですが…(^。^;)。はなっから無視は止めましょ。「了解」程度のレスポンスはお願いします(^o^)/。あつ、このメッセージは息子宛てです。「返信くらいしなさい。」「…。」「返事くらいしなさい。」「…。」ムカッ…!高校生にもなって、今更「タイムアウト」も効きはしないだろうし…。己の子供のためにと思ってアンテナを伸ばして得た知識も、徒労に終わってしまった。小さな生徒相手に小出しに使っていますよ~。オレンジ色のコサージュ。昨年の夏、コンペの審査に出向く途中で衝動買いした代物。その日は黒いワンピースを着ていたので、ちょいと明るい花を胸元に挿したくなったんです。こういう物は、しまい込むと埃をかぶったまま忘れがちに。部屋に飾ってあるアレンジメントフラワーに挿してみたら悪くない。さりげなく飾れて、さりげなく仕舞える。やった~!

風車

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山形県の「山寺」を訪ねた折に、参道脇に挿してあった幾つもの風車を色鮮やかに思い出しました。それは水子を供養した風車なのですが、風車が回る風景は「供養」とは別に、「人との出会いの不思議」を思わせる力があるように感じます。昨日のこと。福井県からメールが届いたんですね。何でも去年の夏に息子さんのコンペ審査をしたという出会いがあったらしいのです。「…らしいとは何事かっ(`ε´)。こちらは真剣にコンペを受けているのにっ!」そぅ、怒らないで下さいよ。どのコンペでも、参加者一個人の名前は、審査側には伝えられないものです。コンクールに際しての基本的なルールですから。こちらが知るのは級や学年や曲目等。クラシック音楽コンクールに到っては曲目さえ事前に知らされず、参加者が弾く直前の土壇場になって、会場に流れるアナウンスで何を弾くのかを知るんですからね。しかも、ひと夏で書く審査の紙は物凄い枚数に及びますm(_ _)m。その瞬間は、真剣に聞いて感想や助言を出来るだけ率直に、しかも分かりやすく伝えることに集中します。しかし、後日になって、その一枚一枚に何を書いたやらまでは…。正直なところ、さっぱり覚えてはいません(^。^;)。覚えていないからこそ、返礼があると「ビクリ( ̄○ ̄;)」とします。「私ったら一体何を書いちゃったんだかね?」夏の終わりに参加者の方々からお手紙を頂きますが、手紙にある私が書いたはずの細部を思い出せない。しかも、たいていの場合は参加者当人からではなく、お母さまからの手紙になっているので「どうしようか、何て書こうかな…(-.-;)」と悩んでいるうちに、時間が流れてしまい、返事を書くチャンスを損ねてしまうんです。突然に「無責任」な立場に追われた気分がします。これって毎年繰り返しています。悪気はないんです。返事を出さずに、ごめんなさい!頂いたお手紙は、全て繰り返し読んで取ってあります。さて、今回頂いたメールの内容を要約しますと→私の書いたアドバイスで勇気付けられ、その後も前向きにピアノを弾き続けることができたとのこと。全国決勝大会で同席したのが私の門下生だったこと。お喋りした時点では分からなかったが、後からそれを知って偶然の出会いに喜んだとのこと。わざわざメールをありがとうございました(^o^)/。こちらにしても、半年も以前のことを印象深く覚えていて下さり有り難いです。これからも一言の重みを自覚しつつ、瞬間に生きながら審査をします。今年になってレッスンをぼちぼちと受け始めた幼稚園の年長さんが書いてくれた「鈴木先生。」人の周りで風車は回る♪~(^0^ )。

手焼き

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【第22回千葉県吹奏楽個人コンクール・東葛飾地区大会・小学生木管部門】千葉県吹奏楽連盟、東葛飾区吹奏楽連盟、朝日新聞社等の主催で開かれたブラバンのソロ・コンテストに、フルートを始めてわずか一年足らずの娘が参加しました。娘の伴奏のために、遠く野田市まではるばるお供するのだから←親バカって言えば親バカです(≧ヘ≦)。伴奏自体は簡単でブンチャブンチャッ~♪程度ですから、何も母親を引っ張り出すこともないのに…。ここで「親子の難しさ」とやらを実感してきました。コンクールを受けた時に、ご自身のお子さんや生徒さんが思った程弾けなかったことってあると思いますが、そんな時にはどんなリアクションを取ってしまいますか?責める?黙る?明るく振る舞う?「ワァワァ~」と叱られるのも、「ムッツリ…」と無視されるのも、同様に気まずい空気が漂います(≧へ≦)。明らかにマズイ演奏に対し、ムキになったかのように「良かったよぅ」なんて誉めるのもギクシャク…(=_=;)。子供ながらに「マズイ演奏」は自覚しているのですからね。やたらに誉め上げても、結果がついてこなければ空気は「しら~っ(-.-;)」となるってもんです。こんな場合、指導者としては冷静に助言できるのですよ。親御さんには普段からエラソーな助言をしていますよっ。「舞台は修羅場よ。子供がやり遂げた努力に感謝するわ。」「頑張っている子供を持てて貴女は幸せね。」「今日出なかった結果は、いつか必ずどこかで出るわ。それが、いつ、どんな形で現れるか分からないけれども、楽しみにしましょうね。」ところが、指導者から親の立場になると一転。「感情のコントロール」や、「長期に渡る視野」などの信条は、一体どこへ行ったのやら…(-.-;)?本番での緊張感から、フルートのチューニングに手間取り、舞台の上でオロオロと目線で助けを求めようとした娘に腹を立てる(;`皿´)。「経験不足だから仕方ないじゃない」と、かんがんであげる優しい気持ちを持つゆとりさえ失せる。演奏が思ったように出来なかったというだけで、ワカランチンのケッタイな親に変貌してしまうんですよ。【感情】という名の動物は暴走する(」゜□゜)」。「自分でチューニングぐらいしなさい。舞台の上では誰も頼れないのよっ!」「ピッチが低いまま吹き出すなんて、どうかしてるんじゃない?」…「だってぇ、お母さんが良いよって合図くれないんだもん。うっ、うっ、うわぁ~ん(>Σ<)b。」道端でワァワァと泣き出す娘に、さらにキレる(-"-;)。「泣くのは止しなさいっ。みっともない!」みっともないのは親の私だ!あ~ららっ。こんな光景はコンペ会場ではしょっちゅう見かけますし、その度に苦笑いしていたのに…。今回は、苦笑いされていたに違いない。その後「お煎餅の手焼き体験」で、すっかりご機嫌の直った娘を目の前に、まだくすぶり続ける感情から立ち直り切れない自分もいたりして。うっ、引きずる…。皆さんのお気持ち、よ~く分かりました。

暖簾

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会社の名前は顔。入口に掲げる暖簾(のれん)や看板みたいなものですから、「印象」や「覚えやすさ」が大切なんでしょうねぇ…V(^-^)V。昨日の工場見学の余談ですが、【キッコーマン】と銘々した理由は、漢字で書くとおおよそ見当がつくんです。【亀甲萬】。正しく発音するなら「キッコウマン」になる。めでたく末永く栄えて欲しいという希望が社名に現れているようです…(^_^;)。外人が発音しているのを聞くと、勢いよく弾みを付けた感じで【キッコマン】と聞こえます…(^。^;)。世界に羽ばたく日本企業の名前には、創業者の苗字をそのまま使っているものが多い中、日本っぽい響きが無く「なるほど~」と思わず感心させられる社名があります。それは、タイヤの【ブリジストン】。石橋さん【ブリッジ&ストーン】が訛った感じ。これが【ストーン&ブリッジ】となると、こうスラリとは発音できない。「なるほどなぁ~」。商標が社名になることも。【シャープ】は創業者、早川徳次氏がシャープペンシル(早川式繰り出し鉛筆)を大正4年、1915年に発明し、欧米にも販売を始め一世を風靡。「エバー・レディー・シャープペンシル」と名付けて売り出したそうです。直訳すると「いつでも削れてる鉛筆」となる。この商品名が、後に社名となっているのだそう。「ふぅ~ん、なるほどねっ」V(^-^)V。こうなると好奇心がムクムク~っと沸いて来て、様々な社名が気になるってもんです(-^〇^-)。因みに【スズキ・ピアノ・スクール】と、自分のピアノ教室に名前を付けた理由は「鈴木直美流」ってことです。「スクール」という英語を訳すと、「学校」となりますが、「流派」って意味もあります。ピアノを弾くからには、どこか「素敵」を感じて、気持ち良く「表現」したいじゃない~(b^ー°)。個性は大事。…などと、ひそやかなる信条を掲げとる訳です。そうは言えども、全ては思い通りにはならないって話しは、明日にしましょう。

工場見学

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【キッコーマンのしょうゆ工場】を見学してきました\(^ー^)/。これまた何故に?娘が参加した千葉県吹奏楽連盟主催のソロ・コンテストの伴奏をするために、千葉県は北部、埼玉に程近い野田市まで早起きして行って来ました。千葉県は案外広い。野田まで来たからには観光しなくちゃ…V(^-^)V。自宅のある大網から野田市までは約90キロ、高速を使い狭山インターで降りれば、車を走らせること一時間半余りで着きました。地図を見れば、野田市は醤油(しょうゆ)で知られる街と分かる。醤油工場のマークだらけ。お昼過ぎにはコンテストが終了したので、早速街に繰り出して観光!野田市の顔、【キッコーマンのしょうゆ工場】を見学してきました。野田市では、四百年ほど前、江戸幕府の初期に醤油造りが本格的に始まったそうです。原材料は関東平野で採れる大豆や小麦を使用し、塩は船で江戸川を上って運び込めるという地の利が醬油製造には適していたとか。さらに消費地であった江戸にも近いとあって、醤油醸造は栄えたそうです。その後、野田の醸造家たちが合併して【野田醤油株式会社】を設立し、昭和に入ってから【キッコーマン】という会社名に変更するようになったのだそう。キッコーマンの工場を訪ねた日は日曜日だったので、工場自体は生憎とお休み。機械の停止した静かな工場内を、ビデオの案内で見学するだけでした~。それでも体験コーナーで、【お煎餅】を焼いて醤油を塗ってみたり、【しょうゆ味のソフトクリーム】を食べたり、三種類の醤油を豆腐につけて味わう【利き醤油】を試してみたりと、色々楽しめました。ルイジアナでタバスコの工場を見学しに行った時も同じように感じたことなのですが、誰かが偶然に物を腐らせるところから調味料やスパイスって出来るんですよね。腐った臭う液体を口にした勇気たるや凄いです。1970年代にアメリカで流行った【テリヤキ味】。醤油ベースの甘いタレに淡泊なチキンの肉をつけて香ばしく焼くテリヤキ味が、健康を意識し「赤身の肉」から「白身のチキン」へと嗜好を代えるトレンドと相俟ってブームに。【テリヤキ・ブーム】をきっかけに、世界へと醤油の味が広がっていったのだそうです。買い込んだお土産は【醤油】や【お煎餅】の他に、レアモノの【醤油羊羹】、【醤油カステラ】、【醤油チップス】に、【醤油飴】。←「それって、どうなのよ?」って感じですが…。どれも世界に羽ばたきそうにはないけれど、ちょいと試してみたくなる好奇心をそそる商品です。帰り道にはあれだけ何だかんだとつまみ食いしたのに、小腹が空いて【お寿司】と【おそば】で遅いお昼。醤油三昧の一日で、当然その後からは「喉が渇いて仕方ない」という羽目に陥りましたょぉ…(^。^;)。まっ、何事もほどほどにね~。
プロフィール

鈴木直美

Author:鈴木直美
ピアニスト、指導者として活動中。
Suzuki Piano School主催

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