舞台裏

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【みー子取材】を受けました(‘o‘)ノ。ピティナのホームページに連載されている読み物【みー子さんのピアノ・アレ・コレ】の執筆にあたり、ピアノ教師からの意見を聞きたいとのことで、今回のインタビューに至ったという経緯です。キーマン先生のアドバイスを貰って、「みー子のピアノに対するお悩み」を解決していきましょうというコーナーです。「ピアニストのCDみたいにうまく弾きたい!マネはいいこと?悪いこと?」果たしてCDを聴いて、真似ても良いのだろうか?この質問について、一介のピアノ教師はどう考えるか?⇒これが私に課せられた質問です。私なりの答えは、コラム【キーマン】(10月21日付)に掲載してあります。そのインタビューを受けた様子をお伝えしますね。後日、担当のライター飯田さんの手によって、私の意見がどのようなストーリー展開になるのか、楽しみにしましょう\(^ー^)/。間もなく、会報誌とウェブでご覧頂ける予定です。公開されましたら、お知らせいたしますね。都内から特急に乗って小一時間。千葉の片田舎、大網まで、特急【わかしお号】に乗って来られた飯田さん。閑散とした駅前に降り立つた時には「東京の隣の県なのに、この田舎振りはなに?」と、さぞ驚かれたことでしょうね(^。^;)。駅前から、稲刈りを終えた【田んぼ】に挟まれた道を走り、紅葉で色付き始めた山道を辿った頂上に広がる団地に我が家はあります。自宅でお話しをしました。内容は、【キーマン】でお話しした筋に乗っ取っています。CDは聴いた方が良いけれど、先生が弾いてあげれば話しは早い!なんて発言もしちゃいました。←こんなこと言ったら、また物議を醸し出すのにね(>_<)。でも、バイエルやブルグミュラー、ソナチネなど簡単な教則本的な曲のCDって中々無い…。固定された教材ばかりを使用するなんざ、大昔の話し。この本から、あの楽譜からと選曲する度にCDを求めるのは大変~。ましてや教材的な録音は「可も無く不可も無い」感じに演奏していますからね~(`o´)。繰り返し聴きたくなるほどに魅力的な録音を探すとなると、とても難しいです。インタビューにあたり、他の先生方にも事前に意見を伺ってみた。「CDを聴かせますか?」とね。「いくつか聴いて、その中から好みを育てるのが良い。最低5枚ね!」と、進言された先生がいらした。けれど、CD5枚揃えるのに、いくら掛かるんだろう?たとえ借りて回ったとしても、膨大な時間とエネルギーが要る。そんなことに投資する親なんて→実際のところ、滅多にいないから…(^。^;)。今やファストフードの時代。ピアノも「早く・安く・旨く、じゃなかった速く・無駄なく・上手く」なりたいってのが、親御さんの本音なのかも知れません。ピアノ教師も、相手に迎合しなさいと言っているわけではありませんが、ニーズに目線を合わせないとね…。
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気弱な教師

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昨日のコラムの中で、己の毒舌を「気弱なピアノ教師の代弁よ」などと、うそぶいていました(>_<)。あはは…。毒舌ついでに、「気弱教師さん」へのメッセージを送ります~( ̄∀ ̄)。←言い過ぎたと、ちっとも反省もしていないし、懲りてもいない(^。^;)。以前「コンペの謝礼について」という記事を載せました。沢山の先生方から、「その辺、もっと詳しく話して」とのお便りを頂きました。「謝礼を請求しにくい」というのが悩みとか。自分は指導者として時間もお金も使ってコンクールに参加させているのに、コンクール終了後に挨拶があればまだ良い方。落ちたりすれば、それこそ「受けなきゃ良かった」くらいの不満をぶつけられる(*_*)。あ~っ、ストレスとジレンマで潰れそう(>_<)。でも、…そこんところが上手く伝えられないんです。←要約すると、こんな感じの「お悩み」。ピアノの先生達には、自分の努力を評価してもらいたい意識が根底にあります。もちろん、そりゃぁ~、そうですよね。その感情は理解できます。コンペに出すのは大変な労力が要ります。でもね、コンペに出せる生徒を育てたいっていう、教師としての欲もあるでしょう。←これまた、はっきり言ってるし。あはは…。「師弟関係のいろは」を叩き込まれて育ったピアノ教師は、「師弟」の意味すら分からない今時の保護者さんの態度とのギャップを感じて悩むんですね~!こちらの立場を分かって欲しい。あなたのお子さんの為に奉仕してるのに、それに対して感謝の表明がないってどういうこと?気弱なくせにプライドは高いピアノ教師。こちらの【常識】を相手に押し付けるのは難しいです。「お世話になったのだから、コンペの合否に関わらず謝礼するのは当然よっ。」そんな風に高飛車には言えませんしね。→ではこうしてはいかがでしょうか?コンクールの課題曲が発表された辺りで参加希望者を集め、やんわりと「ピアノ教師もこれで案外大変なんだ」と、泣き落とし作戦で伝えましょう(^。^;)。「感謝の意を表して頂ければ、お宅のお子さんに対しての日々の努力も救われます」と低姿勢で伝えるのも手かな~。もっとはっきり言わないと分からん手合いには、「お知らせ」を出すのも一つ。「コンクール参加者は、指導に時間とエネルギーが特別に掛かりますのでエクストラチャージを頂きます。」とでも?ご父兄のうち、どなたかが「謝礼」を提唱してくださると助かります。「先生も大変そうだから、お礼をしないとね~」とでも、言いだしっぺが居れば助かる。しかし、これでさえもクレームは来ます。「謝礼なんだから、それぞれの考えで良いんじゃないか。」、「各家庭で考え方が違うのに統一はおかしい」ってね。コンクール参加者に対して期間中、お月謝を少し上げる↑のも、ひとつの策。そうすれば、予選で終わってしまった生徒さんと本選まで残っている生徒とでは、支払う期間が変わるので、手が掛かる期間の違いによる不公平感が拭えます。コンペレッスン料金を提示すれば、いちいち「無償の努力に感謝がない」などと、先生も憤らないで済みますからね~。「謝礼を請求するなら、どのくらいの金額が妥当か」との質問もありましたが、それについてお答えするのは難しいです。レッスン代金も、教師としてのキャリアも、土地柄も、皆さんお仕事なさっている環境はそれぞれ違いますからね。一概には言えません。しかし出費がかさみ過ぎて、「こんなに大変なら、来年からコンクール受けるのは止めたわ」と保護者側が思ってしまうようでは、先生として「謝礼の話しは持ち出さなければ良かった…」に、なってしまいます。先生自身の「ピアノ教師としての実績」だって、こつこつと積まないことには大きなことは言えた義理じゃありません。気持ちを包むって、貴女ならいくらを想像しますか?それが答えです。

毒舌

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二台ピアノでの【トークコンサート】の模様を、出来たら近々「音源」としてアップしますね。ただ今準備中、今しばらくお待ちください。ピティナにも「音源」を提出したので、そちらからアクセスして【トークコンサート】の模様を聴けるようになるかも知れません。「楽しかったよ~o(^-^)o」って、文字情報だけ伝えられても、中々伝わらないでしょうからね…(^_^;)。恥を忍んで公開しちゃいます~(≧∇≦)。トークの部分も、もれなく聞けるので面白いかと…(*^o^*)。「あ~、これが鈴木直美節なのかぁ」ってね。コンサートの長さは、予定通りのピッタリ15分。凄い凄いと自画自賛。かなり誇ってます\(^ー^)/。どのようなイベントにも、アクシデントは付きものです。今回は、緊張の余り泣き出しちゃった女の子、余計なことを言い過ぎちゃったアドバイザー、仮装のお面で鍵盤が見えなかった参加者、時間に遅れちゃった方、受付での「先生から聞いてない」の一言で騒動になり叱られた門下生、接待でお連れしたイタリアンレストランで、何故かハワイアンのライブをやっていてやかましくてまいったこと、などなど。どれもこれも、たいしたことではないけれど、「次への糧」にしていかないとね。「次への糧」と言えば、今回ステップ終了後に気付いたことがあります。レッスンに来ても「先生、先日はお疲れ様でした。」「ご指導ありがとうございました。」挨拶できる人はほとんどいないんですね。「そんなことは過去のこと」とでも、何も言わずに無視したまま…。ステップに限らず、どんなイベントでも、事を成し遂げる為に、教師として生徒に向けてのエクストラ時間とエネルギーを相当使います。「ありがとうございました、って言いましょう。」そんな言葉掛けも、催促しなきゃできないのでは困りますよ。けれど、実際のところできていない…。アンサンブルの場合「合わせが少ない」とか、「リハーサルの回数を増やせ」など、クレー厶を付けていた人がいましたけれど、少ない時間の中でだって集中したリハーサルできますよ。後は各々練習することですよ。その安易なクレームが、どれだけピアノ教師にとってプレッシャーになるか想像してみてください。私に限らず、熱心なピアノ教師なら、時間の許す限りはやっています。要求されたからって、リハーサルできる時間はありません。実際、今回我々の【トークコンサート】も、事前にさらりと4回合わせたのみ。それを「ど~たらこうたら」と言い訳になんか、みっともなくてしませんよ。レッスン枠外で、先生が時間を無償で使うのは当たり前だなどと思ってはいませんように(-"-;)。…で、終われば「ありがとう」の一言もない貧しい環境…。感謝の一言は【タダ】ですしね(⌒~⌒)。そんなことに気付かないのは、あなたの意識の問題です。マクドナルドにだって【笑顔は無料】=Smile is free.って書いてありますよ。普段から「ピアノが弾ければ良いってもんじゃない( ̄・・ ̄)」と、きつく言っている割には、まだまだ門下に対して指導が行き届かないな~と、反省する次第です。毒舌ですって?いいえ、こういったことで悩みを抱えているのに言い出せない「気弱な全国のピアノ教師」の代弁をしているだけですから(∋_∈)。←やっぱり毒舌かな~。

二台ピアノ

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あ~、楽しかった( ~っ~)/。成東ステップで開催した【二台ピアノによるトークコンサート】。この頃ようやく「あ~楽しかった」と、トークコンサートを開催しながら思えるようになりました~(-^〇^-)。そんな「弾きながら楽しめる余裕」は、慣れがないと中々持てないってもんです。いつも一人ぼっちの舞台も、二人となれば心強いし、楽しみも倍増となります。相方の白石照男先生が【音源】を撮っていたのを聴きました~(^w^)。実は夕べ初めて聴いた時には、「こんなにズレまくっている演奏を公開するのはマズイでしょう(-"-;)」という印象を受けたんです。二回目に聴くと、少し落ちてきたせいか「まぁ~、こんなものかな~」と、考えが変わってきました。翌朝に再び聴いてみれば「あれは楽しかったな~」なんて、思い出に浸ったりしてね(*^o^*)。あちらこちら「おっとっとっ」と、傷だらけ。満身創痍な演奏ですが、惜しみ無く、近々公開しちゃいます~( ~っ~)/。それにしても、トークコンサート直前に頂いた講評には苦笑しちゃいましたね(ToT)。「皆さん、若いんだから2台ピアノだって連弾だって暗譜なさいっ。40歳までは暗譜よ。若い子なら、どんな曲だって20分あれば覚えられるわよ。2台ピアノの時、ピアノを向かい合わせにして暗譜して弾くのよっ」と、(¬з¬)おっしゃられた講評を聞いて⇒苦笑い…( ̄・・ ̄)。以前にニュースで聞いた、ハマコウが川島直美に向かって吐いた暴言を思い出しましたね。「女は子供を三人産まにゃぁ、日本国民として役立たずなんだよ。」川島直美は大したもんだった。笑顔で「あら~、では、わたくし子供を産む時は三つ子にいたしますわ。」そう返した川島直美には「失楽園のイメージの割に、大人だなぁ…」なんて感心していたっけね。ハマコウは、「お前さん、それには遅いだろう」と更なるダメ出しをしいてたっけ。講評に続いて始まったトークコンサートは、のっけから毒舌炸裂でしたね(┳◇┳)。←すぐ切り返すあたりが、子供なんですよね。「白石さんっ、私達って30歳はとうに越えてるわよね?」面喰った白石先生が。「あぁ~、そうですね~。」困った人だな~と、やんわりと返す。「そうですね~と相槌しか打たないんじゃ、マイク要らないわよね。それでは、譜面を見て弾くとしますかっ(`ヘ´)。」こんな調子で「ルパン三世のテーマ」を弾き始めたものだから、走ること走ること(^_^;)。舞台で大きく見える鈴木直美は、実際会ってみると「華奢」だと良く言われる。華奢というより、ちょっと貧弱。スタイルはグラマーから程遠いけれども、気質は【不二子】そのもの。勝ち気ってところがね~(^_^)v。おほほ。

開催記録・成東2008

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成東ステップの開催記録です(-^〇^-)。25&26日の土・日の二日間に渡り開催された「成東ステップ」、無事終了しました。まぁ、もろもろのアクシデントはありましたが、乗り越えて、いや踏み倒してつつがなく…(`ε´)。今年も成東ステップでは去年に引き続き、グランドピアノを二台舞台に並べて、アンサンブルにも対応出来るようにしました。ソロに加えて、連弾や二台ピアノでの演奏、フルートなど他の楽器の伴奏。ピアノ協奏曲まで飛び出し、演奏形態は4手から6手、8手まで、演奏形態も様々。ピアノという楽器の可能性を提示してくれたかなって思いますね。ピティナのホームページ、【最新のニュース】にて当日のレポートがご覧頂けます~\(^ー^)/。【ハロウィン・ステップ】という副題が浸透して、仮装する参加者も増えました。お姫さまにスパイダーマン、メイドや魔女、ミッキー、剣士も登場。黒いドレスにオレンジ色の飾りを付けたオシャレさんや、飾りのついたカチューシャで気分を盛り上げたオシャマさんも。皆さん、思い思いの格好で舞台を楽しんでいました。ただね~、緊張からか強張った顔が多かったかな(^。^;)。来年は笑顔も添えてね~(o^∀^o)ゞ。今回は新しい試みとして、白石照男先生との二台ピアノでの【トークコンサート】をプログラムの合間に挟んでみました。実直で温厚なお人柄が音に現れる白石先生と、性格そのままピアノの上でもワイルド~に弾ける鈴木直美。一見ミスマッチな感じ。音楽の世界では、この個性の違いが炸裂してかえって面白かったかも知れません。「あんな風にピアノが弾けたら楽しそう。」そのような感想をいただいた時には「よっしゃ~(^◇^)┛」と、心の中でガッツポーズ!「弾けたら良いな~」と、思っていただくことが我々の目的ですからね。どうぞ次回は、あなたがチャレンジしてみて下さい(-^〇^-)。

クレーマー

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「ブーブー」文句をたれるのが【クレーマー】と言うなら、あの日の私はクレーマーだった(^。^;)。これは世に出回らなかったチラシの写真。来年で10年目を迎える東金でのリサイタル。マイルストーン的リサイタルってことで、今回は奮発して2色刷りにしてみました。10年前に始めて以来、毎年春先に東金でリサイタルを開催するのが年中行事の一つとなっています。初回は東京の業者さんに委託したものの、二年目からは、チラシを茂原にある豊文堂という印刷会社に作成を依頼しています。以来、9年の間チラシ作成をお願いしていることになります。当初はスーパーの広告などを扱うこの会社のデザイナーさんに、こちらの意向、つまりクラシックな感じが伝わらず、【駄目だし】を繰り返してました。仕事依頼も毎年のこととなり、ここ数年は満足のいくデザインを 提示してくれていました。…ところが(`ε´)。「何よこれ?」今年は、チラシの出来を見た途端、クレーマーに豹変。「何だこのデザインっ(°□°;)。世の中に一万枚まかれるっていうのに、冗談じゃないわよっ(┳◇┳)!」出来てきたチラシ原案は、無残にもこき下ろされた。「華やいだイメージ」でと伝えたせいか、バックにはバラだのグランド・ピアノだのがぐちょぐちょと刷り込んである。占い師の広告みたいな、怪しげ~な雰囲気(?_?)。花の模様が刺青のモンモンみたい。文字にキラリと白く輝く星は、いくらなんでもダサい彡(-_-;)彡。字体は少女漫画チック。色彩は、黒ベースにオレンジ色が効いている。ハロウィンじゃあるまいし、黒にオレンジはないでしょう。だいたい品がない。営業さん相手に、延々と「どれだけキライか」を並べ立てる。聞けば、新人デザイナーの仕事とのこと。「基本から、やり直し」を約束させられて、憤慨を押し殺して(あれだけ言われれば、相当腹が立つだろうね…)引き揚げた営業さん。三日後に、新しいバージョンが提示されました。今度は、同じデザインを青、橙、ピンクと三色に刷り分けて持ってきた。花模様こそ削除されていたものの、バックに刷り込まれたグランドピアノは健在だった。「これ田舎くさいっ。鍵盤だけで良いわ。」肌の色が黒ずんで見えるだの、髪の切り抜き方が不自然で水死体のモンタージュ写真みたいだのと、写真の処理にまで「ブーブー」文句をつけ⇒今回のチラシは3回の校正の末、ようやく出来た次第です。

急遽

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まったく…m(_ _)m。計画性があるようで、無いんだからね…。前々から来春のリサイタルに向けて、チラシ&ポスターを作成しなくてはと思いつつ。つい、伸び伸び~に。「何弾くかな~」、「曲がきまらないな~」、「写真撮らないとね~」、「それじゃ、美容院に行くかぁ~」とか、もろもろを考えると面倒だったから(^。^;)。ぐずぐずしている割に、思い立ったら猛然と事が成立するまで動くのも性(゜∀゜;ノ)ノ。周りを振り回して、10日ほどで作成しましたよ!振り回された皆さん、お疲れ様でした(>Σ<)。写真家のシンタクさん、「美人に撮れ」だの、「ほっぺのホクロ取ってくれだの」あれこれと注文付けて、すみませんでした。レッスンにきた生徒さん、「どれにする?」写真を並べて、レッスンそっちのけで選択を迫ってたよね。印刷会社の豊文堂の営業、太田さん、何度も校正掛けて大変でしたね。「とんでもない客だっ(⌒~⌒)!」…と、自社に戻って同僚に愚痴っていたことと思います。時間が無いから「急ぎの仕事」と言いながら、口は出す出す~。どう、「とんでもない」かは、明日のコラムでね(≧ヘ≦)。お陰で、明日成東ステップ開催という前日に無事納品。成東ステップに参加された方々に、チラシを配布しようとしたタイミングにギリギリ間に合いました。仕上がったポスターを目にした生徒が一言。「イメージと本人と掛け離れてますよね。」どういう意味じゃい(`ε´)。

レポート・黒野小学校

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岐阜市立黒野小学校へとお邪魔して【学校クラスコンサート】開催させて頂いた模様をお伝えしますね。このレポートを書き終えて、今週末、土日開催の成東ステップへと、モードを切り替えることにしましょう(^o^)/。岐阜市立黒野小学校は、全校で700余り在籍する、少子化と言われる今時、大きな規模の小学校です。校長先生にご挨拶して、会場となる体育館へと案内していただく。普段【学校クラスコンサート】は、音楽室などの小さめのスペースで身近にピアノを聴いてもらおうという主旨ですが、今回はピアノのコンディションの都合上、舞台での開催となりました。朝9時半に体育館に集まった4年生3クラス全体の合奏を聞かせてもらい、この日は始まりました。それから一クラスづつに分かれてのコンサート。子供達にも舞台に上ってもらい、ピアノを囲むように「体操座り」をして聴いてもらいました♪~θ(^0^ )。ひとクラス40人。舞台の上は子供達の熱気で熱くなりましたよ。「もっと近くにいらっしゃいな~。」そう声をかけると、たちまちピアノに触れんばかりの勢いで集まってくる子供達。中にはピアノのベンチに腕を掛けてもたれかかる子もいて、人なつっこくて可愛らしいこと!「小犬のワルツ」で始めれば、「わぁ、すげ~早いなぁ」と、素直に声にする。「エンターティナー」なんか弾こうものなら「俺、この曲知ってる、知ってる。」ジブリメドレーでは、「あっ、これはゲド戦記なんだよ」、「千と千尋だ~」など、子供達の反応は素早いこと×素早いこと!流行りの「崖の上のポニョ」は、「ポニョ、ポニョ~♪」と、歌いだす子もいて、なごやかムードに包まれてプログラムは進みました。弾いているこちらも楽しい一時でしたね~。学校クラスコンサートでは、何らかの形で、子供達と共演をすることにしています。子供達にとって、小一時間もピアノを一方的に聴かされるだけでは、つまらないですからね。興味をもって音楽に耳を傾ければ、自分も何か音を出したくなるってもんです。今回は「即席共演」に、小森昭宏氏による「カメさんのブギ」を使ってみました。この曲での即席共演は初めてのこと。上手くいくかな~(・◇・)?ぶっつけ本番には、いつも「不安~」はありますよ。子供達には、タンバリンだのカスタネットだの鈴だの、ちょっとした音楽室にある打楽器を持ってもらい→「リズム遊び」を楽しんでもらいました。同じプログラムを一クラスごとに3回、今回は全3クラスに弾いていきますから、こちら側のプレゼンテーションも次第に上達するってもんです。3クラス目の共演は、曲の終わりもビシッと決まり、一番上手くいったかな~。子供達に弾くことで、こちらも色々と学ぶことがありますね。もちろん反省もあります(⌒~⌒)。今回の反省点は、プログラム内容を同一にしなかったこと。一クラス目は、撮影や取材も入り、予定していたより時間が押してしまい「英雄ポロネーズ」を「トルコ行進曲」に急遽変更。2回目のクラスからは進行がスムースになり、「英雄ポロネーズ」の「例の左手大回転」が見たいだろうと、中間部からドドドド~っと演奏し、その後に1組で聴いた「トルコ行進曲」も入れないと不公平だよねって思い直して、「英雄ポロネーズ」と「トルコ行進曲」の2曲を弾いた。そうしたら、1組の先生から「うちのクラスだけ英雄ポロネーズがなかった」となり、ビデオに撮ってもらって後から見てもらうことになりました…^_^;)。そうだよね…、学校ってところでは、全てのクラスに同じ情報をあたえなくてはね!こちらも…学びます。黒野小学校の4年の皆さん、良~く耳を傾けて聴いてくれてありがとう!岐阜県では初めての試みであった「学校クラスコンサート」。これが普及すると嬉しいな~って思いながら、種まきのお手伝いでした。ピアニストって、地道~な仕事なんだな~。

感心

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昨日の火曜日は、クラコンの審査に都内まで行って来ました。そう、岐阜から帰って来て一晩明け⇒朝にはレッスンをして、午後から都内に向かいクラコンの審査p(´⌒`q)。さすがに⇒へこたれてくる!コンペの会場となる最寄りの駅前に降り立つと「焼きたて北海道メロンパン」と登りを立てたバンが止まっていて、人が集まっている。良~い匂いだぁ…(⌒~⌒)。「焼きたて」に「北海道」。二つもキャッチフレーズがあるんだ~。何で、メロンパンが北海道なんだ?そうか、夕張メロンのイメージだからか…。今じゃ、おいしいメロンが、各地で作られているのになぁ。ぽけら~っと、見とれながら歩いていた。突然、鋭く鳴り響く「キキ~ッ」と自転車のブレーキ音にびっくり驚く!はっとする(」゜□゜)」!「ごめんなさいっ!」自転車にぶつかりそうになり、驚いた勢いで、ほとんど叫ぶようにして謝る。そこを、衣装ケースを抱えた母娘に通り越された。きっとクラコンの参加者に違いない。そのような「同じ世界」の匂いは嗅ぎとれるからね。「しまった( ̄○ ̄;)、見られたっ。」メロンパンに見とれて自転車に突っ込む審査員だなんて。あ~ぁm(_ _)m。通りすがりに店を構えていた薬局に飛び込む。ショコラBBを二本飲んで、気を取り直し。一日一本とラベルに書いてあるのは無視(^_^;)。白衣を着た薬剤師さんに「ねぇ、こんなもんで効くと思います?」と、もはや八つ当たり気味に話しかける。薬剤師さんは、たじろぎもせず「えぇ、私も時折飲みますよ。疲れたらやってられないですものね~」と、やんわり受け止めてくれました。流石~(-^〇^-)。お陰で「しゃん」としました。今回のクラコンは、中学生の部門の審査でした。皆さん良く弾けていましたよ~。リストやシューマン、ブラームス、プロコやラフマによる難曲を堂々とこなす。私が中学生の頃、こんなに弾いてなかったな~。凄いな~。これからどれだけ伸びるんだろうか?良いな~。などと、感心して聴いてました(^∀^)ノ。参加者の熱意にも感銘を受けましたが、もっと感心したのはクラコンの会場を仕切っていたスタッフ。たった二人っきりで、全てを回していたんですよ。会場の準備に始まり、参加者の受付、アナウンス、生徒の送り出し、審査員の食事などの接待、開始ベルに場内の照明調節、審査の集計、結果発表と表彰、審査員への謝礼計算、及び支払い。これを、たったの二人で滞りなくやり遂げるんだからね。私など、行事となれば大勢の助けを借りて開催するというのに(-o-;)。彼らの動きには無駄がない。凄いな~。感心。「メロンパンどうですか?駅前で焼きたて売ってたのを買ってきました。」スタッフの女の子がいつの間に手に入れたのか、休憩時間に”ほかほか~”と湯気を立てるメロンパンを差し入れてくれました。これまた気が利くな~。感心の続いた一日でした(^o^)/。写真はタイ王宮を警備する兵隊さん。拳銃を抱え笑顔を向けてくれた。笑顔になると、その若さにドキッとする。ねぇ、そんなイカツイ武器持って危ないじゃない。それって本物でしょう?嗜めたくなるほどの子供でしたからね…。

キーマン

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「ピアニストのCDみたいにうまく弾きたい!マネは良いこと?悪いこと?」これが私に与えられた課題。このことについて、どう考えるかを、子供読者対象に答えを述べなくてはならない。または子供目線で大人、この場合は保護者または指導者に対して示さなくてはならない。ピティナの会報とウェブサイトに【みー子さんのピアノ・アレ・コレ】という連載記事がある。その連載を作成するにあたり、力を貸してくれないかとの依頼がきたんですよ\(^ー^)/。第一回を金子勝子先生に、第二回を根津栄子先生。なんで、この私が第三回目の連載の監修に?とは思いながらも、早速頭はくるくると考え始めました。「ごく普通のピアノ好きな小学生が」、主人公に設定されているこの連載はピティナのホームページ、または直接⇒https://www.piano.or.jp/report/mi-ko/にてご覧頂けます。さて、この「果たしてCDを聴いてピアニストの真似をして良いんだろうか?」という疑問について考えてみましょう。いきなり結論を言ってしまえば→「CDでも何でも聴いて、マネしようとして良いんじゃない。」無からは何も生まれない。言葉だって歌だって笑顔だって、人真似をして覚えていくってもんですよ。ピアノに関して思い返せば、気に入った曲のCDは良く聴いてましたね。もちろん、好きな曲って、その時々で変わっていくものです。私は好きな曲、ハマった曲が現れると、その都度プロの演奏を、何度も繰り返し×繰り返し聴きましたよ。聴けば聴くほど、自分の中の「憧れ」が膨らむ感覚が好きだから~( ~っ~)/。う~っ、燃える!この曲が弾いてみたいとか、こんな風に弾きたいとか、夢が膨らみましたね~(o^∀^o)。エネルギーがチャージされる気分がします。そういえば、さらっている曲の「プロの録音を聴いてはいけない」なんて言う先生が、その昔いましたっけね。「真似しちゃうから」とか、「曲のイメージが固まる」とか、「読譜の力が付かない」とかなんとか言って、忌み嫌っていたけれど。今だにそんな干からびたことを言っている人っているんだろうかしら?←こういうこと、すら~っと言っちゃうから、敵を作るんだよね~(・_・;)。あはっ。曲の進み方を知っていると、うんと早く仕上がりますよ。聴いたこともない曲を「こんな感じかな~」って作り上げる作業は楽しいけれど、それも経験を積まないと出来ない。この場合、普通のできが良い方ではない「みー子さん」には、荷が重い。出来上がったものを聴いて、その真似から入った方が楽ちん。だいたいプロの演奏を真似しようといったって、そう真似できるってもんじゃないですよ。時折、エラいスピードで「革命エチュード」や「月光」ソナタの第三楽章を、ぐちゃぐちゃ~っと弾きまくっている演奏を耳にすると、「う~ん、頭の中じゃアルゲリッチが鳴っているんだろうな~。でも、指がおぼつかないですよぉ」って、笑えちゃいます(≧∇≦)。ほほえましくもあるけれど…。まぁ、できれば一通りの演奏ばかり聴いていないで、何通りか聴いてみることですね。そうすると、自分の好みって出てきますから。CDは沢山聴きましょう。憧れましょ!夢を持ちましょう。真似しようとしましょう。その中から自分らしさを見つけるように、イメージを膨らませましょう(-^〇^-)。

NHK

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「NHKの取材が来てます~。」へっ( ̄○ ̄;)?聞いていない。それなら事前に言ってくれたらなぁ。しかし、ごねる立場にはいない(-.-;)。明るく「はい」と笑顔で応える。「こんなことなら、マシなドレスにすれば良かったな」だの、「鏡も見ずに髪を束ねてしまったけど~」だの、「化粧直す時間無かったしな~」だのと、いまさらどうにもならないことを「あ~だこ~だ」と、心の中でぐずぐず愚痴る。クラスコンサートの半ばから、新聞社の記者さん達が来て、写真を撮られインタビューを受ける。平然を装いピアノを弾き続けていたけれど、それはそれは「集中しなくては」と、己と闘っていましたよ。9時半から始まったクラスコンサート、全ての演奏が終わったのは12時半過ぎ。黒野小学校が用意してくださったお給食をいただき「それでは失礼します!」と挨拶すると、「テレビで放映されてましたよ」と先生に声を掛けられた。へっ!!だって、さっきまで取材していたじゃないっ。ニュースって、実に迅速に作られるんですね~。感心×感心。ビデオを見せていただくと、なんだかホームビデオでも見ているような不思議~な感じ(;∇;)/~~。午前中のクラスコンサートの様子が、すでに【お昼のニュース】になるとはね。夕方6時からのニュースにはもう少し長いバージョンが取り上げられる予定だとか。学校の先生がビデオで録画しておいてくれた「お昼のニュース」を見せていただきました。帰りの新幹線の中でメールを受け取る。「先生!!ニュースで見ました。もうびっくりで椅子からころげ落ちました。」偶然につけていたテレビ・ニュースを見た親御さんからのメール。それを受けて「全国放送された」ことを、当の本人が知ったという次第。夕方6時過ぎのNHKニュースでも「黒野小学校でのクラスコンサートの様子が放映されます」と言われたので、友人知人に「見てみて」とメールを送ったら、こちらは岐阜のみでの放映だったとか。な~んだ。期待させてごめんね。NHKのホームページにも、すでに情報はアップされています。「NHK→鈴木直美」で検索すると文字情報だけですがヒットしますよ。

労働環境

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タイはバンコックの遺跡、暁の寺で撮った写真。塔に登る階段は、足を真っすぐに置けない程幅が狭い上に急勾配。うっかり足でも滑らせれば、下まで真っ逆さま。そんな光景を思い浮かべてしまうと「ぞ~っ」とする。決して登りながら後ろを振り返ってはいけません!!高所恐怖症でなくとも、この急勾配には足がすくむこと間違いなしです(>Σ<)。さて、19日の土曜日から岐阜に行っていました。翌日20日の日曜日に、岐阜の羽島という町で開催されるピティナ・ピアノステップのアドバイザーとしてやって来ました。土曜日は朝からレッスンをぎゅうぎゅう積めて、夜の新幹線に飛び乗るギリギリまで教え、こちらのホテルにチェック・インしたのは⇒11時を周ってました。くったり~。。。駅からホテルを目指し、暗い道を地図片手に「良いのかな~」と不安な気持ちを抱えながらトボトボ歩くことしばし。スーツケースをひく「ガラガラ~」という賑やかな音を闇夜に響かせながら、ようやく到着。新幹線の中では爆睡していましたので夕食はまだでしたが、この時間からレストランを探す気にもならずに、近くのコンビニでお菓子を買い込み「飢え」凌ぎました(ρ_;)。←大げさなんだな~。ジャンクフードを喜んで平らげていたくせに。ステップの当日、朝の打ち合わせに始まり、夜は8時半まで講評書きに追いまくられていました~。翌日、月曜日は朝7時半出発。ホテルに日響楽器の木村さんが迎えに来てくれて、岐阜市立黒野小学校までは車で小一時間ほど。到着して、校長先生にご挨拶もそこそこにピアノを触らせてもらう。練習不足で心配なんですよ。ふえ~ん(ノ△T)。いったい何日振りにピアノに触るんだろ~か?昨日のステップでは講評の時に「では、皆さんに一曲弾きますね」なんて調子の良いことを言いながら、ちゃっかり練習してたっけ。あ~情けないっ(ρ_;)。今回の黒野小学校でのクラスコンサートは×3時限。四年生の全三組に対し、それぞれ一組づつ続けて三回、同じプログラムを弾きます。たいてい一回目はそう上手く弾けない。ウォーミングアップ。二回目からノリが良くなる。三回目は疲れを自覚し始める自分と闘いながら頑張る!弾いていると、「NHKの取材です。よろしいですか?」へっ?振り向けば、カメラを抱えたクルーが待機している。よろしいも、よろしくないもないじゃない。後から、新聞社二社、読売と中日からも記者が来て、写真撮られたっ。うっ、横顔撮らないで~っ。下向いたアングルもダメよぉ。たるんじゃう~!叫びたいのを抑えながらも、平然を装いピアノを弾き続ける。←これってプロ魂?演奏と取材が終れば、学校が用意してくれた給食を頂き、黒野小学校を後に。日響楽器の木村さんに再びお世話になり岐阜駅へ。そこから名古屋で新幹線に乗り換え帰宅。休む間もなく、帰宅後は自宅で夜中までレッスン(∋_∈)。こんな生活で良いのだろうか?今回、岐阜羽島ステップでご一緒した大先輩の江崎光代先生の一言が思い出される。「このままで良いのかしらって思うのよ~。」精力的に活動なさっている江崎先生は、あちらこちらと飛び回るのに観光する間が無いと嘆く。「忙しいよぉ」っと、文句言ってる私は観光してるしな~。「まだまだ青い」と、先輩から喝を入れて頂きました(^_^;)。

プロフィール10・初仕事

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初仕事のアドバイザーは今から五年前。場所は横須賀だった。「概要」と書かれたファックスが入り、場所と拘束時間は分かったけれど、仕事の内容はハッキリとは分からないままに出かけた。「何をすればよろしいでしょうか?」こんなことは聞けない。まぁ、行ったら分かるだろう。横須賀は学生の頃、一度や二度は足を延ばしたことがあるけれど…。千葉の大網から横須賀駅へって、どうやって行くのです?JR東日本にお勤めの保護者さんがいらしたので、捉まえて訪ねたところ、親切に教えてくださった。手渡された紙には「三通りの行き方」が事細かに書かれていて、かえって面喰ってしまったっけ(笑)。「○○駅に着いたら、4番線から07:03発の特急に乗り換える。ただし、乗り換え時間が短いので、乗り遅れた場合には2番線に戻り、とりあえず次の各停07:11発に乗車してふた駅進み、反対側のホームに乗り入れる快速に乗り換え…。」ってな具合。これが三通りも提示されている。低料金バージョン、短時間バージョン、乗り換えの少ないバージョンとある。あまりに細かく親切に書き込まれたインストラクションに目が点状態。「果たして支持された通りに乗り換えられるのか」が、課題になったのには笑えた。電車番オリエンテーリングみたいな感じになってましたね。それにしても、いつも必要な時に必要な人が周りにいてくれるんですよ。「人生って不公平なものなのよ。」なんて、これくらいのことで大見栄を切ったりしてる。あはは(^_^;)。何を着て行ったら良いんだか?これもプレッシャーになった。暗い色味のスーツを買って、書類の入る大ぶりの鞄も揃え、ヒールを履いて、さぁいざ出発!朝早く横須賀駅に到着してみれば、休日とあって閑散とした駅。改札ですでに迷子になった気分…(;∇;)。駅員さんに「あのぉ、芸術劇場ってどこです?」っと情けない声で尋ねれば、後ろから来た「気丈なおばさん」が、手をひいて「こっちよ」と、駅前にそびえ立つ会場に連れて行ってくれた。ここでも助けられた。会場に着いてみたものの、どうしていいのやら/~~”(ノ><)ノ。ぼけ~っと佇んでいると、声が飛んだ。「あぁ~、そこに積んだパイプ椅子、片っぱしから並べて行って。そのピアノを囲むようにね。」あっ…、はい。スーツのジャケットを脱いで、せっせとパイプ椅子を出していた。汗がじっとりと噴き出てくる感覚。「鈴木先生がまだ来ないんだけれど、誰か知らない…?」ここに居ます…。どうやら、お手伝いに間違われていたらしい。せっかくの出で立ちも、どうやら貫禄が足りなかった( ̄・・ ̄)。まぁ、いまだに「ご父兄」に間違われますけれどね。「あっ、そこは関係者以外立ち入り禁止です。」なんて、袖を掴まれることはしょっちゅうありますよ。打ち合わせもそこそこに、間もなく始まったステップ、「初めてだから教えてください」とは言えず、見よう見まねで講評用紙を書いていましたね。もう、いっぱい×いっぱい。「手首の力を抜けるように努力なさったらよろしいかと存じます。」な~んて、丁寧語を並べまくって必死に書いていたら、一時間もしないうちに、鉛筆を持つ手が震えてきましたね。これじゃぁ、言ってる本人が「脱力」しなくちゃ、最後までもたない。最終電車で大網駅に降り立った時には、「家に帰れたことがとても嬉しい」と思えましたよ。初の外でのお仕事は…そんな長い一日でしたね。

プロフィール9・正会員

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「…貴女を推薦しますから、必要な書類を揃えて下さい。」は~っ、なんのことです(?_?)?。ある日、ピアノ指導者協会の千葉支部長であられる由良先生から、一本の電話が入った。話しの筋が見えなかった。よく分らないのだけれども、どうやら「正会員」に推薦してくださるという。「正会員に推薦するには、現在正会員である推薦人が二人必要なんですよ。僕が推薦するとして、もう一人の方は、頼んでおきますからね。」はぁ…?まだ状況をのみ込めていない…。正会員ってなに?正会員になってメリットってあるんだろうか?由良先生は、何故に親切にして下さるのだろうか?…腑に落ちない。こちらが返事に困って黙っていると、由良先生はさらに続ける。「推薦人がいたところで、この頃はねぇ…、なかなか認めてもらえないんですよ。却下されることもありますからねぇ。」それなのに、何故に私を推すのだろうか…?何がどうなっているのかも分からずに、電話を切った。とりあえず、言われたままに履歴とともに、近年開催した演奏会のチラシやプログラムなどを「資料」として一まとめにし、由良先生宛てに送った。しばらくして、由良先生から「正会員になれましたよ」と、連絡が入った。「あぁ、どうも…。」今思えば「菓子折り」の一つでも携えてお礼に伺うべきだったのでしょうが、「どうも…」の一言でお終いにしてしまいました。すみませんでしたっ!無知とは恐ろしい恐ろしい。指導者会員から正会員になっても、しばらくは何~も変わらないように思えた。年会費が高くなった以外はね…。←あぁ~、この低い意識レベル。ある日の夕方いつものようにレッスンをしていると、ファックスが入った。たった一枚の、ぺラリ~としたファックス用紙。文面には「アドバイザー依頼」とある。アドバイザー?この私がアドバイザー?アドバイザーって、あのピアノステップとかいうもので、演奏に評価を書く仕事?そんな話しは聞いていないけれど?いつ決まったんだか?場所は神奈川県・横須賀の芸術劇場とある。中高と北鎌倉に通っていた身としては、「横須賀」は、懐かしい響きがある。行ってみようかな?「了承」の欄に○を付けて返信したところから、このクラシック・ピアノという狭い世界でのステップアップが始まったのだと思う。

プロフィール8・蝿と凍り

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バンコックから車に揺られること約一時間半、古都アユタヤの遺跡を訪ねました。現在、タイの首都はバンコックですが、アユタヤは、その昔タイの国の首都であったところ。日本で例えれば「京都」ってところかな…?栄華を極めたアユタヤ王朝は、ビルマ(現在のミャンマー)に滅ぼされた。破壊された遺跡が今に残る。アユタヤ王朝に庇護された仏像の頭部はことごとく落とされ、積み上げられた煉瓦には黒々とした焼け跡が見て取れる。風化の進む仏塔を見上げて思うこと。破壊されても、積み上げられた煉瓦は歴史、つまりそこに人々がいたことを後世に伝えるんだなぁ…。煉瓦に比べ、ピアノって弾いてしまえば、後に何も残らない。一介のピアノ弾きが、弾き続けたところで辞めてしまったところで、誰も構いやしないし、何も変わりやしない。それが「空しい」と長いこと思ってきたけれど、ひとつひとつの積み重ねで次の場を与えられるようになってくるものだと、今は信じている。エネルギーは蓄積されるってこと。ちょんぼりとした演奏活動だけれども、仕事を依頼される立場になって、それがどれだけ有り難く稀有なことなのかは知っている。「才能じゃない、積み重ねだ」と言い切れる。振り返れば、自主公演に始まった演奏会が発端となって、次第に様々な仕事が舞い込んでくるようになったのだと思う。今でこそ弾く舞台を与えられるようになってきた。けれど、10年前には誰も知る人のいない土地で演奏活動を求めても、何も動かなかった。ならばと開催した自主公演も、集客にまで気が回り切れずに、ここ千葉、東金での第一回目の演奏会では、客席がポチポチと埋まる程度だった。それでも達成感を味わって→「よしっ!10回は続けるぞ!」と、奮起するだけのエネルギー源にはなった。2年目からは、演奏会の事前に、リハーサル&宣伝を兼ねて、コミュニティーセンターやライブハウスを借りては、小さな演奏会を開いた。集客を確保するために、招待券も配った。新聞に広告も載せた。チラシやポスターは、置いてくれるようにお願いして回った。それを売名行為ととらえる人はいたかもしれない…。でもね、ピアノはその場に足を運んでもらって聴いてもらわないことには始まらないんですよ。人を動かすことってこんなに大変なんだって思い知りました。聴いてもらいたい一心だったんですね。何故に聴いてもらいたいかなんて、疑問も持ってはいなかったですね。少しづつ、自治体から、教育委員会から、小学校から、et cetera、要請が入ってきはじめました。「弾いて下さい」という要望があれば、どこにでも弾きに行きましたね~。ピアノはボロボロだろうが、白塗りだろうが、カーテンの陰に置かれていようが、構ってはいられない。調律してもらうのが困難な時は、自腹を切ってでも調律師にお願いしたりもしましたよ。場所はどこであろうと、弾かせてもらえれば良かった。それが、体育館だろうが、事務所の片隅だろうが、ゴルフ場のゲストハウスだろうが…、ドレスを身につけ弾きに行った。ピアノの置かれている場所や環境も、劣悪なケースが多かったから、様々な苦労はありましたね。鍵盤にたかる蝿を、手で払いながら弾くなんてこともあったし。真冬に暖房設備の整わない中、凍てつく鍵盤に苦労したこともあった。すぐ背後に壁が迫り、肘を壁にぶつけながら弾いたことも。椅子が無くて、パイプ椅子に座布団を積んでしのいだことも…。全て懐かしい思い出です。そうこうしていく内に、協賛や後援してくれる団体も増えてきて、自分で宣伝のために足を運ばずとも、ポスターを貼ってくれるようになったのには助かっています。あまりクラシック音楽に親しみの無い方が多かったこともあって、トークコンサートの形をとったのもリピーターが増えることに繋がっていったのかも知れない。こうして、ようやく、教えることと弾くことの「二足の草鞋」を履き始めたんですね。ある日、一本の電話が入り、それが全国で仕事をするようになるきっかけとなったことは、また明日お話ししますね。

ポーズ

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来春のコンサートに向けて、ポスター&チラシを作り始めました。まずは写真を撮りました~V(^-^)V。昨年と同じ写真では面白くないし、ここ千葉で10回目のリサイタルってことで、気の利いた構成でポスター作りたいしね!今回も昨年写真を撮ってくださった、大網で三代続く写真館シンタクさんで撮影をお願いしました。相変わらず写真撮られることに慣れていないので、顔が強張ること×強張ること(゜∇゜)。かっちーん!リラックスさせようと、シンタクさんは色々話し掛けてくださるのでした。全部で150枚くらいは撮りましたね。シンタクさん、お疲れ様でした!その中から「あ~だ、こ~だ」と、7枚を選び、それを焼いて貰って持ち帰る。レッスンにきた生徒に並べて見せては「ねぇ、どれが良い?」と、攻め寄って、やっとのことで、「この一枚」を選びました。「この一枚」選ぶ作業って、なかなかどうして難しいです。早速、印刷屋さんと打ち合わせて、来週にはポスター原案が出来るように催促。それを校正した後、再来週には印刷完了の予定です。早い~!「あら~っ、これなんか葬式に良いんじゃない。」写真を並べて見入っていると、横から母の一言( ̄○ ̄;)。「先に逝く気はないからっ(¬з¬)。」あぁ、恐ろしや、母と娘(^_^;)。

不利有利

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クラコンの本選審査に行ってきました。クラコン=日本クラシック音楽コンクール。このコンクールはピアノ部門のみならず、ウ゛ァイオリン、声楽、管楽器、打楽器の分野もカバーすることは、以前にもお話ししました。課題曲が無く、自由曲で参加できるとあって便利=人気があります。全国大会へ進出することを考えると、レベル感としては、それほどに難しいといった印象は数年前までは無かったのですが。ここ近年、参加者がめきめきと力を伸ばしているようです。…と言うより、力のある音楽家が、このコンペに興味を持ち、参加し始めたってことですかね~(^_^)v?!そのお陰で?、なかなか勝てなくなってきました(⌒~⌒)b。まっ、どのコンクールも入賞するのが、目に見えて難しくなってきましたからね。それはさておき、今年からクラコンの審査をしています。一昨年に審査依頼が来たのですが、「京都での審査になら行きます!」なんて、物見遊山を兼ねて審査に赴こうかと企んだところ⇒見事に却下されました…(^_^;)。去年は【審査の依頼書】に返信しなくては、と思いつつ、書類が見当たらなかったので放置…f^_^;。今年こそはと、近場で開催されるコンクールの審査を希望したところ⇒依頼がきました。送られてきた文章を読めば、「交通費は片道千円まで」とある。これがクラコンの審査員に対する条件のひとつだったのですね。⇒それでは、京都など行けるわけがないよね(^_^;)。あはは。「交通費」ばかりではなく、実際に審査をしてみると分かることは沢山あります。地区本選から全国大会へは「参加者の約12%」の割合で、通過を推薦したいと思う参加者には「80点以上の点」をつけるように、といった明確な指示があります。今回、審査した地区本選には、ピアノ部門の小学生30人が参加。この数字だと、この中から二人、または三人を選ぶことになります。クラコンは上下点カットですから、四人いる審査員から二人の点、最高点と最低点を削除し、残り二人の平均点を評価点とします。今回、クラコン本選の審査も初めてのことでしたので、指示されたように「全国大会へと推薦したい」二人に80点以上を、「どうかな~?」って思えた参加者に79点をつけました。79点というのは、周りの先生方の意見を仰ぎますという意志表示で臨んでみました。実際に出た結果は、全国大会へ二人が選ばれましたV(^-^)V。第一位で選ばれたお子さんは、四人の審査員全員一致で推薦\(^ー^)/。クラシックのソナタ全楽章を、よどみなく弾きこなしていました。お見事~!出された結果に、「うんうん、確かに上手かった」と、諸手をあげて賛同。練れていたし、勢いもあった。この年齢でこれだけ弾けていたら羨ましいなぁ~(^◇^)┛=と、思えた好演奏。第二位で通過した参加者に対して…、実は私だけが余り良い点をつけなかったんです。現代曲を弾いていたのですが、その曲は自分の演奏レパートリーに入って、良~く知った曲。演奏には、ここ、そこ、かしこに異義を感じたので、私として余り点は伸びなかったんです。ところが、他の三人の先生はこぞって高得点をつけられた。当然、私がつけた「低い点」はカットされ、全国への切符は手渡されたって訳です。こんな時には心の中で、「えぇ~っ?」と、感じたりしますが、多数決のシステムの中では仕方のないこと。一個人の評価が絶対ではありませんしね。評価には個人差があって良いのだと思っていますが、一個人がコンペという状況では絶対的な力を持ってはいけないことも事実。今回の場合、自分の解釈との違いに目がいってしまった私に対し、他の先生達はポジティブに「将来性」や「勢い」に賛同したのだろうと解釈していますo(^-^)o。…とか格好つけて書いていますが、自分とは違う評価を横目で見て、「この先生達がこの曲を弾いたら、どうなるのだろう?」とか、ちょいと意地悪く思ったりしましたよ。だって、誰だって自分一人が周りと違う評価を下せば、自身を正当化したくなるってもんですからね~。…正直なところ、間が悪いって感じたりもしますしね~。バイアスは掛けないようにと戒めてはいますが、審査員がその曲に精通していたりすれば、どうしても視点は細かくなりがちに。そのことによって、有利だったり、不利だったりはしますよ\(^ー^)/。

ミス

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今日はコンペでのミスをどう考えるか?…の話し。「先日の審査の結果をどう思いますか?」う~ん(・_・;)この件に関しては、審査していようといまいと、返答はできませんね。立場的に難しいです。コラム読者の方々から、メールでお便りがポロポロと寄せられます。中には、答えに窮してしまうものもありますが、できるだけお返事書いてます。「ミスがあっても入選するのか?」という質問に答えてみます。「はい、入選することもあります。」そりゃぁ、ミスは無い方が良いに決まってますがね。まぁ~、たいていの場合「落選」につながります。それは、その演奏がそれくらいの程度=レベルだからです(¬з¬)…。きつく言ってしまえば、「ちょっと良いんじゃない」程度だと、ミスは命取りになりますよ。また、「ミスがあってもなくても落選レベル」であれば、落選をミスのせいにすることもできます。ミスをかんがんでも「素晴らしい将来性」を披露でき、聴く者に、弾き手の「今後の期待感」を持たせることができれば、「救われるケース」はもちろんあります。ミスがなくてきれいに弾けていても「出来合い感のある演奏」は、前向きに買われないってもんです。端的にいえば「良~く仕込まれた印象の残る演奏」には、興味をそそられないってもんです。そこのところは、審査の先生方の考え方や、好みに左右されますが…。しかし、ここでのケースは「ミスをもってしても尚、感動した演奏」を対象にしているのですから。「間違えなかったから、受かるとか落ちる」ってもんではありません。ある日、門下生の一人が、初めてコンペを受けに行って、こんな疑問を持って帰ってきました。「間違えちゃったから、弾きなおしたんだけれど、どうせ受かんないと思ったら集中できなくなったんだ。だってミスしたら、その後は弾いたって弾かなくたって落ちるんだからさぁ。」はぁっ?もちろん、「諦めてはいけない」と、こんこんと説教しました。「弾きなおす」「集中できない」「ミスしたら」「どうせ」まったく…こんなにたくさんのタブー語を並べるんですからね…(?_?)。いづれにしても、ミスはマイナス要因になることは間違いないとは思います。コンペは、確かに自分の考えとは異なった結果が出ることはあります。結果に空しさや憤りを感じたことがないなどとは言いません。ただね、結果重視=コンペのためにピアノを弾いていくとなると、ピアノに対する興味が先細りしてしまいます。上手くなりたい、聴いてもらいたいなど、単純な考えでピアノに向かえる方が強い。考え方や視点を変えて参加したほうが、素直に楽しめますよ~。「セットアップ。」つまり、勝者は初めから決まっていたのではないか?これもよく疑問視されていますが、私の知る限りではないですね。案外、審査って事務的なもんです。「誰々さんの生徒。」「あの先生のお子さん。」「どこそこの入賞者。」こういったバイアスを事前に掛けられると、少なからず呪縛的な力を持つことは事実ですが、だからといって勝者になるとは限らないです。むしろ前評判が高い割に乏しい演奏をしたりすれば、かえって評価が厳しくなるかも…。時折、「えぇ~?」っという結果にも出会います。それは、「セットアップ」ではなく、むしろ審査員の能力や嗜好に起因するんじゃないかって思いますけれど?いずれにせよ、コンペで勝った負けたくらいで「将来」は決まりませんよ。こつこつと継続することで、勝者になれるってもんです。先日、クラコン本選の審査に行ってきました。参加者30名の内、全国へと通過できたのはわずか2名。明日は、そこで感じたこと書きますね。

プロフィール7・一枚のチラシ

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今から思えば、全ては、この一枚のチラシから始まった。アメリカにいた頃は、随時演奏の機会に恵まれていたのに、日本に帰国してからは何のチャンスも無い。無いなら自主公演してしまえば良い←短絡的な性格(^_^;)。自宅から車で20分程の東金文化会館でのソロ・リサイタルを開催しようと決めたものの、チラシを作ろうにも、千葉県に越してきて右も左も分からなかった(*_*)。仕方なしに、雑誌で見かけた東京にある業者さんに頼んで、チラシを発注した。それは幾つかある雛型から選んで、写真と文字情報をすげ替える簡単なものだった。まぁまぁ~の出来栄えだけれど、どこか出来合いの雰囲気は免れない。二年目から地元の印刷屋さんにチラシ作成を頼むようにしてみた。写真を何枚か渡して、「デザインをよろしく」と頼むと、出来上がってきたものに仰天~( ̄○ ̄;)?差し出した写真の全部が、A4紙面一杯にあちらこちに散らばるように使われている。こんな妙ちくりん~なチラシは見たことがない(・_・;)。聞けば、普段はその印刷会社が手掛けるのは、せいぜいタイヤ館やスーパーの広告チラシくらいだそう。それを聞いて納得~(^_^;)。そこの印刷会社のデザイナーさんは、クラシックコンサートのチラシを初めて手掛けるという。そこで、モデルになりそうなコンサートのチラシを数枚手渡して、デザインをし直して貰ったといういきさつがあったんですよ。そのやりとりの折、「広報が大変で…」と、こぼしたことを受けてくれたのかどうだかは分からないけれど、印刷会社の営業の人が気を利かせて、各自治帯が抱えるホールに仕事ついでにチラシを持って行ってくれた。その中の白子町にある文化会館とさんぶの森文化ホールから、数日してコンタクトがあった。なんと「ピアノを弾いてくれないか」と、依頼されたんですね。何でも、ホールの稼働率が悪くて困っているのだとか。ホールの事務所を訪ねると、なかなか立派なホールに、ろくに使っていないグランドピアノを持っているには驚いた(゜∇゜)。これまでも、演歌歌手を呼んだり、映画鑑賞会など企画するも集客できないと言う。しかも興業に莫大な費用がかかるそう。「箱もの。」つまり、地方の自治体が抱える「立派な施設を活用できていないこと」が、問題なのだという。そこで「安くピアノを弾いてくれないか」と頼まれた。願ったり叶ったり。「弾きます、弾きます(・o・)/!」人の好意が有り難かったですよ。

プロフィール6・茨の道

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カンナチャブリーは1957年に上映されヒットした映画、「戦場に架ける橋」の舞台となったクウェー鉄橋のある町。写メはその「クウェー橋」の上を歩きながら撮ったもの。現存する橋は、後から架け替えられたもの。第2次世界大戦で日本軍が捕虜を酷使して、物資輸送のために作った鉄道は、バンコクから東西130キロにも及ぶ。それだけの距離を、たった150日で作り終えたとは…!捕虜はろくに食べ物も与えられずに、昼夜となく働かされて、栄養失調、過労、疫病でバタバタと死んでいったそう。近くにある連合軍墓地に立ち寄った。青い芝の整った平地に、3000という墓碑が整然と並ぶ。その一つ一つには遺骨は収められてはいない。遺骨はとうに本国の家族のもとへと還され、そこにあるのは記念碑のみ。それにしても広大な土地に整然と並ぶ墓碑には静かな圧力がある。墓碑一つ一つに刻まれた文字を読めば、名前と役職と、年齢が刻まれ、その大抵が若者だという事実に胸が痛む。ここにある3000余りという数は、被害者のごく一部だとか。連合軍、つまり欧米人はこうやって墓碑を建ててもらえるからまだ良いという。現地の捕虜、タイ人の遺骨は、いまだジャングルに置き去りになったままだとか。今現在は観光地になっているこの橋には、時折ディーゼル起動のトロッコ車が走る。橋の所々には避難所が設けられていて、トロッコが通ると観光客は避難所に身を寄せる。鉄橋の上を歩いて向こう岸に渡ることができる。古い枕木に渡された細長い木の板が、ようやく足元を支える。合間から河の流れが見え、高所恐怖症でなくとも「ぞ~っと」しますよ。旅行の話はさておき、「プロフィール」に戻りましょう。アメリカから帰国し、千葉に家を求めたものの、演奏のチャンスがないことにジレンマを感じたあたりの事情をお話しますね。10年に及ぶアメリカ生活は、その大半が学生として過ごしたこともあり、また弾く機会は頻繁にあった。千葉で教室を開き、生徒は集まり始めたものの、弾く場がない。地元の「文化祭」みたいなイベントに参加したものの、趣味のハワイアンやコーラスに混じっての「クラシックピアノ」では、ちょいと場違い~な雰囲気…。そこで、ピアノを弾く場を求めて、東金文化会館を会場に自主公演のリサイタルを開催し始めた。しかし、日本にしばらく居なかったせいで感覚がずれていたのか、「出る杭は打たれる」状態に。周りは自力で活動しようとすることに、なかなか理解は示してくれなかった。チラシやポスターを置かせてもらうことさえ困難だった。あちらこちらで、頭を下げまくった。「うさんくさげ~」な顔は随分された。「知り合いのレストランに置いてくれる。」そう言われて、そのレストランにお昼を食べに行き、会計をする時に「紹介されたのでポスターを貼ってくれないか」と頼んだところ、あっさり断られた。そればかりか「サラダの一皿くらいはサービスできるけれど、ポスターはこの店に合わない」と返答されたには、情けなくて仕方なかった。「好意で載せてくれる」というタウン情報誌の編集者には、紹介してくれた人が居ない隙に、「タダだと思うなよ!」と脅かされた。これには心臓が痛くなるほど驚いた。地元の楽器店でさえ良い顔はしなかった。ポスターを置いてきたところで、後日、楽譜を買いに行くと、ポスターは事務所の隅に丸めたままで、貼ってもいないどころか広げてもいないことなどは普通にあった。文芸を売り物にしているはずの本屋でさえも断られた…。ピアノを弾く以前に、集客に関してこれほど閉鎖的だとは!門下生とその家族で構成された発表会みたいな演奏会など開こうとは思ってもいなっかたので、パブリシティー=広報は重要な課題だった。全国版の音楽系雑誌に広告を載せたところで何になる。この田舎で演奏会を開くなら、地元で宣伝しないことには始まらない。思わぬ壁が目の前に立ちはだかった。

プロフィール5・ふたつの顔

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ピアノ教室の運営は、懸命に生徒を育てようとしたした姿勢が、間もなく形となって現れ始めた。生徒達が次第に力を付けはじめると、様々なピアノコンクールで結果を残し始めるようになりました。ピティナを知って三年目で、「指導者賞」なるものを頂いたのが八年前。以来、八年連続で指導者賞を受賞している。【クラシック・コンクール】では、毎年全国大会に何人か通過し、指導者賞も受けた。地元の【ちば音楽コンクール】では、本選で門下生が毎年上位入賞するようになる。全国レベルのコンペでは、【ショパン・コンクール・イン・アジア】、【クラシック・コンクール】、【学生コンクール】、【ジュニア・クラシック・コンクール】、【ヤング・アーティスト】に、【ピアラ・ピアノ・コンクール】などなど…。各コンクールでも、門下生は好成績を残し始めました。すると生徒募集を掛けずとも、生徒が集まってくれるようになったんですね。次第に、ピアノの先生方も「師事したい」と、訪ねてくれるようになり始めたんです。お教室の行事には活気が溢れ、コンペなどで顕著に成果を上げるようになると、面と向かって「生意気だ」「でしゃばるな」などの文句を言われることも無くなってきましたね。これは助かった!他人に理不尽な攻撃をされると極端に落ち込むタイプなので、マイペースを貫いてきて良かったですよ(^。^;)。まぁ~陰ではどうか知らないけどね(^_^;)。教える仕事は順調に伸びる傍ら、演奏家としての活動もじわじわ~と地道にやってきました。教師と演奏家。このふたつの顔を持つことが夢であったのですが、始めから全て上手くなんて動きませんよ~。【茨の道】とまでは言いませんが、結構辛い目には会いましたね(;_;)。どう【茨】だったのか、その辺は、また明日書きますね~(^O^)。

プロフィール4・信念

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タイの旅報告で中断してしまいましたが、また「プロフィール」を書き始めます。千葉に越して10年。一介のピアノ教師が、どの過程を経て今のような多岐に渡る仕事に携わっているのかの「自分史」です。当初、ピアノを教えることに、取り立てた信念なんて無かったですね。お教室を始めた頃には、生徒が集まってくれたら嬉しいな~程度の感覚だった。仕事に対する姿勢は、プロ意識というより、市井のピアノ教師。知らぬ土地に越してきて、自分の居場所を見つけようと、日々忙しくしていたっけ。パンやケーキを焼いてご近所に配ってみたり、よそのお宅に上がりこんでお茶を頂きながらお喋りしたり、一緒に買い物に出掛けてみたり、生け花を習ってみたり、料理を習ってみたり、お食事に招待したり。ぼちぼちとピアノを教えていたある日、お昼に招いた奥様達から質問された。「ピアノって、どの程度弾けたら良いんです?」今なら「納得いくまで納得いかないもんです」なんて返して、相手を煙に巻くだろうな~(°U°;)。けれど、当時は話し相手の目線に合わせようとしていたから、「ブルグミュラーくらい弾ければ…」おずおずと相手の感情を傷つけないように答えていましたね(^_^;)。そんなこんなの日々でしたが、それでも少しずつ集まってくれた生徒たちには、すこぶる丁寧に教えていましたね。「信念など無い」とは言ったものの、「ピアノは弾いてなんぼのもの」ということは、留学中に嫌というほど叩き込まれていた。そのためには、「舞台を数こなさなければならない」ってことも体験していた。生徒達には、クリスマス会と銘打った「発表会」だけにとどまらず、年に2回「公開レッスン」と呼んで、人前で弾く機会をなるべく多く作ったりしていました。生徒が次第に弾けるようになると、コンクールに出てみるように提案したりもしていました。発表会や公開レッスンなどの行事は始めの頃、自宅で行っていたけれども、次第に生徒の数が増えて手狭になり、外のホールを借りるようになったりと、教室はみるみる膨らんでいったんです。舞台に上がる我が子を見る機会が増えると、親御さんも次第に熱心になり、生徒達は練習をするようになっていったという相乗効果はありました。でも、全ては順調ではありませんでしたし、良いことづくめでもありませんでしたね。コンクールに勝ちたい一心で、教えているこちらには何の断りもなく、他の先生に見てもらったことを後から知るなんてことは、しょっちゅうでしたよ。一言事前に断るのが常識だと正せば、「鈴木先生だけじゃ頼りない」と、面と向かって言われたり…。モラルの低さに、びっくりしたこと…(°□°;)。コンサートのポスターやチラシを置いてくださいと頼むと、楽器店からは「たかが一介のピアノ教師に特別扱いはできない」と断られたり…。熱心に教えていると評判がたてば、同業者に電話で延々と文句を言われたり、「後から越してきたくせに出しゃばるな」と自宅に乗り込まれたりと、不愉快な思いは随分としましたねm(_ _)m。今から思えば、そんなこんなの「嫌な経験」が、エネルギーになっていったのだと思います。「バカにするなよ~」ってね。あはは。なんでも前向き!


ナイトバザール

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【タイのバンコックでデモ隊が警察当局と衝突。死者二人、怪我人190名。】これは七日付けの新聞の記事。ニアミスだわ~(>Σ<)。つい先日の四日に、バンコックを経ったのですからね。危ない×危ないったらありゃしない(°□°;)!そもそも何故にタイに行ったかと言えば、「成東ステップにて配るプレゼントを買いに」といった、旅の目的があったんですよ。地元の先生仲間達と切り盛りしている【春の東金ステップ】と【秋の成東ステップ】では、参加者にちょっとしたお土産を配ってます。「そんなことしたら、準備が大変じゃないか?」と、聞かれますが、買い出しに行ったり、集まってラッピングしたりも、また楽しいってもんです(^∀^)ノ。何しろ、お土産に釣られて…、じゃなかった(*^o^*)、ちょっとしたお土産を貰って、ピアノを弾く舞台が少しでも楽しみになれば、効果抜群ですしね~!(b^ー°)。一昨年前の成東ステップで、その頃から流行りだした【ハッピードール】を、お土産として配ったところ大好評(^o^)/。そうそう、あの毛糸で作った【てるてる坊主】みたいな奴です。ハッピードールは「魔よけ」になるらしい。「身代わり人形」なんだと言う人もいます。例えば、脚を骨折したら人形の脚を折って、土中に埋めれば脚が治るとかなんとか…。本当かな~?真偽のほどはともかく、ハロウィンに因んだ成東ステップには、もってこいのプレゼントかと。日本で数を買うと高くなる⇒タイなら安いし、そのうえに値切れる。そのタイに行くための旅費なんかは考えてない。その短絡的なあたりは笑えるけどね。人生、「まぁまぁ~いいじゃない」と、持ち前のアバウトな考えに起因してます。スケジュールのタイトなパックツアーなものだから、団体行動においては、ゆっくり買い物なんてどころじゃない。「皆さ~ん。ここでは35分居ますですよぉ~。集合に遅れると、渋滞にあいますですから。遅れませんですよ。このショッピングセンターでは、割引券を配ってくださいますですからね。皆さんは、それ受け取ったら中に入る。買い物する!」…ってな調子。です+ます+ございます。無茶苦茶な語尾を振り撒くガイドさんに、朝から晩まで連れ回される。ガイドさんの言い回しに苦笑しながら、現地の観光地を駆け巡る。タイは年間を通して、常に日中の最高気温が30度位はあるの暑い国なので、昼間はうだることうだること(+×+)。日が落ちて、夕刻になると、ようやく熱気から解放されてホッとする。夕飯を終えて、団体行動からようやく解放され、この点でもホッとする。すでに九時を回っている。ホテルの前に停まっているタクシーをつかまえて、夜の街に繰り出せば、昼と違った活気が溢れる。夕方になって、あちらこちらにテントが張られ、店や屋台が立ち並ぶ。バッテリーを使い、燈された電灯が白いテントの屋根をぼうっと闇に浮かび上がらせて、その光景は正に異国。ドン・キホーテ顔負けに、うずたかく積み上げられた商品の中を、泳ぐように歩く。あった、あった(-^〇^-)ハッピードール!まるで旧知の友人に、やっとのことで出会えたような感激(^。^;)。値段交渉に大汗をかきながら、「ちょいと、あなた!二百個買うんだから、もっとまけなさいよっ」と、店先でやり合い⇒買ってまいりました。ハッピードール200個。あの「あられもない姿」は、誰にも見られたくないですね。何せ人が変わったかのように、5円10円にこだわって、大騒ぎしてましたからε=ε=┏ ”(ノ><)┛。成田空港の税関で、山のような荷物に「申告する物は?」と聞かれ、「ガラクタばかりです」と応える。係りの人はニヤリッとして、荷物の中身を見ずに通してくれました。もしスーツケースを開けられたら大変×大変。ハッピードールが溢れ出るところでしたからねf^_^;。

旅の友

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今回のタイへの旅の友は、私に娘、友人とその娘さんの4人でした(^∀^)ノ。旅の半ばのある日、年配のグループと食事の席が一緒になったときのこと。「この人の娘さんはねぇ、音大出てピアノの先生やってんのよ。家にグランドピアノがあるんだから、すごいと思わない?」この話しには、大いに困った。どうぞ、その話題をこちらに振らないで~。プライベートに仕事の匂いはいやだぁ…(ρ_;)。これまでも、「ピアノの先生と名乗るのは、何故だか妙な気分を味わう」と、違和感を唱えてきた身には、辛い会話に入ってきた。どうやら風向きは悪い方向に流れ始めた。「お嬢さん方ピアノ習ってないの?」習ってるも習ってないもない。友人の娘さんは、今年のピティナF級で地区本選にまで進んだ腕前。「余計なことは言うなっ(¬з¬)。」目で睨む。「はい、まぁ、少し…。」彼女は、年配の余りある元気に気圧されたように答える。「あらぁ~、何弾いてんの?どこまで進んだ?あなたも音大に行きたいの?」矢継ぎ早に、たたみ掛けられる。さらに、睨みをきかせる(¬з¬)。お願いっ!旅先では、名無しのごんべいさんになりたいんだよね。この業界は狭い。どこでどんな繋がりがあるか分かったもんじゃない。「あらぁ、あんたもピアノの先生?」なんて始まった日には、残りの旅の居心地が悪くなる。「テルーの唄。」はっ??「ジブリなんかを弾いてます。」ジブリ?わははは・・・・!これには笑えた。帰えりの空港での待ち時間、ツアーで一緒だった人達と、出発までの暇にまかせて何気ない会話を楽しむ。「ところで、ご職業は?」あっ、まただ、どうしよう。「専業主婦です。」にっこりと答える。横から娘が「うそだぁ、お母さん何にもしないじゃん。家ではね、おばあちゃんが家のことやってるんだよ。」おだまりっ!睨む前に、言われてしまった。「あのぅ、ピアノを教えてますので…。」嘘ついてバレたような気分にどっぷりと浸る。「隠すってことは、業界で有名なんですか?」そっ、そんなことないです。「そうなの、お母さんは全国に行くのよ。」「いえいえ、千葉レベルです。」アホか?自己嫌悪…。こんなやり取りをしながら、「自分は何から逃げようとしてるんだか?」と、再び悩んでしまいましたね。とほほ。胸張って言えばいいのに、世間から隠れたい願望で→堂々めぐり…。

帰国

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タイから、無事に帰ってまいりました~(^∀^)ノ。ピアノのことはすっかり忘れ、買い物三昧、中華三昧の日々でした。安いパック・ツァーでしたので、観光がぎゅうぎゅう詰め。4日間であの寺、この寺、その遺跡に、どうでもよい土産物屋と連れまわされ、体力の勝負みたいな旅でした。合間を縫っては、タクシーを飛ばして、夜のバザーに繰り出し、ガラクタを買いあさり、ネイルにマッサージと…。楽しく充実していましたけれど、疲れた~っ。帰国すれば、愚息がパソコンを壊し、業者さんを呼んで直してもらい、溜まっていたメールがじゃんじゃん入り、仕事に追われと…現実が待っていましたよぉ。タイはまだまだ貧富の差が激しく、衛生や治安の面ではまだまだ遅れています。「ぎゃ~、便座のない便器!!!」「きゃ~、ゴキブリが歩いてるっ!」「うわっ、これ食べれるの?」カルチャーショックに、一々大騒ぎしながらの珍道中。値段もあるんだかないんだかの交渉次第。愛想の悪い店員にキレまくる。飲み物をテーブルに置くときでさえ無愛想。チップを渡せば、やっと笑顔を見せる。「コーヒーのお代わりください。」待てど暮らせどこない。「社員教育なってないっ。」それでも、いちいち反応していてはやっていけない。「私…異文化に慣れるわ。もう怒らない。」言った側から、「なによ、あの態度っ!」。ウルトラマン以下、3分もたなかったですね。あはは。明日から写メを少しづつ公開していきますね。今日は、バンコックのエメラルド寺院で見た塔を支える人間像。遠目からはきらびやかで奇麗。近くで見ると、雑~にタイルを砕いて張り付けてある。いかにも、タイらしい!

プロフィール3・足ぶら

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足ぶらぶら~(^_^;)。背が低く、床に足の届かない小さな子供のために「足台」となるものが存在することなど、知らなかったんですね。正確に言えば、「こんなに足台が便利になっているとは!」ってこと。小さなころから「足台」は時折見てきたから、「知らなかった」訳ではないけれど…。ペダルなんて踏もうとしようものなら、どこかにズレて吹っ飛んでましたからね。初めの生徒を、足ぶらぶら~っとさせたままの状態で、コンペに参加させたのには、今思い返せば赤面しますね(>Σ<)。ごめんねぇ。親御さん達が、実にかいがいしく子供の世話をしていたのにも仰天しましたよ。「寒くない?」「トイレ行った?」「もう一度楽譜を見なさい。」「手袋はどうしたの?」「靴はどこ?靴は?」「肩もむ?」まるで母親のマネージャー状態にびっくり。床に這いつくばって、足台をセッティングする姿にも驚いた。「この人たち、どこから来たんだろう?普段からこうなんだろうか?」雑~な子育てをしている身には唖然茫然。あっけにとられ、まるで始めて遭遇した宇宙人の所作を眺めるような気分でした。もちろん翌年からは足台を揃えましたけれどね。あはは。子供のコンペが盛んに行われていることさえも知らなかった身としては、全てのことが目新しかったですよ。あれっ、お腹に手をあてておじぎするんだ?なんで、弾く前に天井を仰ぐの?膝の上で試し弾きをするのは何のため?そんなに首を回しながら弾いたら肩こらない?アラーの神に祈るかのように、腕を上下に踊らせるんだ?それって流儀?…そうは言いながらも、参加させる面白さも同時に味わいましたね。3年目にして「指導者賞おめでとうございます。」エレベーターに乗り合わせた生徒にそう言われて、初めて「そんな賞」が教える側にもあることを知った程、無知でした。だいたい電化製品を買ってきても手引書なるものは絶対に読まないタイプですから…。面倒臭がり屋なんですよ。そんないきさつで、生徒をコンペに出し始めていましたね。

プロフィール2・ぼちぼち

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ピアノを教えることは、どうにか自宅でぼちぼちと始めたものの、ピアノを弾く方は何の伝も実績も無い状態では、仕事などきやしない。家で練習したところで、本番が無ければ身は入らない。近くの東金文化会館を訪ねても、閑散~として、建物は立派なのに人気も頻繁に使われている気配も無い…。所在なくロビーをうろうろして、置いてあったチラシを何気に眺めていた。「演奏者募集」の文字にチラシに目が止まる!無料で文化会館を山武郡に住まう人々に一日開放します。10~15分くらいの枠で、お好きにお使い下さいとある。問い合わせてみれば、ホールのキャパが700席以上でピアノも使えるという。聞けば「スタインウェイのフルコン」という。小ホールでのリハーサルもどうぞと、これまた親切なこと!田舎のホールって設備が良いんだよね。まぁ、宝の持ち腐れってこともあるけれど…。ここで、弾いたのがシューマンの「幻想小曲集」やラフマニノフの「楽興の時」だったかな~。ハワイアンあり、三味線あり、合唱ありの、「芸能大会みたいな舞台」でしたけれど、人前で弾けるだけでも幸せでしたね。東金文化会館で自主コンサートを始めたのは、この「芸能大会」のおかげ。こんな立派な設備があるなら、ごちゃ混ぜの中で弾かずにリサイタルを開けば良いってね。思い立ったら→即、行動。「芸能大会」には、2年位続けて出させてもらったものの、「自主公演する人にはご遠慮願います」と、体裁良く断わられたりして「嫌~な思い」もしましたね。「むかっ」ってね。この「芸能大会」の舞台袖で、お手伝いをなさっていた地元のピアノの先生に声を掛けられて、知り合うきっかけになったことは、この演奏会に出て良かったこと。ご自宅にも招いてくださり歓談。その会話の中で、「ピティナってご存知?」と、初めて「ピティナ・ピアノ指導者協会」の名を耳にしたんです。その方も協会を良くご存知という訳ではなく、「帰国し千葉に越したものの、何の伝もない」と言った私の発言を受けて、「ピティナ・ピアノ指導者協会っていうのがあるらしいから一度連絡をしてみたらどうかしら」程度の会話でしたね。コンチェルトの部門で自分自身が参加したのが、この世界に入ったきっかけといえば、きっかけになるのかも知れない。そう、初めてのコンペ参加は生徒ではなく、自分自身だったんですよぉ~。巣鴨の東音ホールで、ショパンのコンツェルトを弾きました。この時には、オケ伴奏にエレクトーンを使っていて「さすが日本っぽいな~」と、妙に感心していました。欧米ではもう一台のピアノがオーケストラの部分を弾きますからね。電子音が入ったピアノコンツェルトってのは驚きですよ。翌年から、こんな子供向けのコンクールがあるんだねぇ~っと生徒を参加させてみたのが、今から振り返ればコンペに生徒を出すようになった始まりですね。

プロフィール1・市井の教師

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帰国後、千葉県に越してきた理由は、都内に通勤圏内で安価な土地だったから。…そう言い切れるほど、千葉にはなんの伝も無かったんですね。当初は、「あすみが丘」という東急が開発を手掛ける住宅地をみていました。ロサンジェルスでの駐在時代にご一緒した御一家が、一足先に日本に帰国して「あすみが丘」にマイホームを購入したというのが、千葉に目をむけたきっかけかな~。「アメリカチックで、ゆったりとした街並み。是非、越して来ないか?」そう誘われて、彼等の新居を訪ねたのは、かれこれ11年前のこと。アメリカっぽいかどうかは別にして、横浜生まれを誇る立場からすると、「千葉は田舎だ!」と決めてかかっていた割りには、なかなか閑静に整った住宅街に好感を持ちましたね。ピアノを弾くことで近所から苦情が出てしまうと大変居づらくなってしまうことを懸念していたので、家と家の間はなるべくゆったりと取りたかった。「あすみが丘」のある土気駅から、さらに一駅足を伸ばせば、東京から遠のく分、土地が広く安くなる。友人は、その一駅が「東京から遠すぎやしないか」と心配してくれたものの、やはりスペースを求めて、現在住まいにしている「季美の森」にマイホームを求めた次第です。引越しの際、運び込まれたグランドピアノを見て、習いにきてくれた近所のお子さんを皮切りに、お教室を開くことに。それなら少しは生徒がいた方が発表会などの活動もできるだろうと、募集をして集った生徒達。皆、初心者レベルの”ちんたら~さん♪”。年末に「クリスマス会」と称して、発表会もどきを自宅のリビングで開いた時の写真を見るとわずか5人の生徒達。あっという間に小さな演奏会は終わり、手料理でもてなしたりしていましたね。当時は、なんともアットホームな感じでしたよ~。

プロフィール・ト書き

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見た目にも美しいので、サイドボードの上にフルーツの瓶詰を並べてみました。瓶の中身は果物のコンポート。マスカット、オレンジ、さくらんぼ、びわ、それに桃。新宿高野フルーツの製品です。もちろん頂き物(^_^;)。先日、「どやどやとやってきて、散々食べて、飲んで、遊んで、二泊もしていった愚息の友人」と、書いた先方宅から送られてきた贈答品です←こんな風に報告なんかしたから、たいそうな贈答品を送ってきて下さったのかな~?まさかこのコラム読んで、恐縮されたってわけじゃないよね( ̄○ ̄;)。それにしてもさすが高級品~。どれも美味しそうに見える。丁寧に磨き上げられた宝石のように、あまりにも綺麗で、蓋を開けて手をつけてはいけないような気もする~(^。^;)。瓶詰ひとつをとっても、沢山の人の手が掛かっていることを思う。果物農家、仲買、料理人、瓶詰工場、ラベルデザイナー、ガラス工場、出荷や配送に携わる人達、店舗設置のプランナー、店舗を作る大工さん、広告代理店、包装材料を卸す会社に、売り子さん、売り上げを管理する会計士や税理士、などなど~。いとまなく挙げられる。それぞれに、その職業を生業として生きているんだよね。瓶の中を覗きながら「人は、どのように、その職業に携わるように決めていくのだろう?何故に私はピアノに携わる仕事をしているのだろうか?」と、自分を振り返ってみたりする。ひと昔前までは親の代からの職業を踏襲していく、世襲が主流だったのだろうけれど、今や自分で自分の得意分野を開拓をしなくてはならない時代。自分の場合、そりゃ~ピアノは小さな頃から嗜んできたし、母親はピアノ教室を人を使って手広く経営していた。今ピアノを教えているのだから踏襲とも言える。けれど、なにもピアノを生業としなくても、他に選択肢だってあったはずだろうに。音大卒業したところで、音楽業界に従事している人間は、半数にも満たないと思う。同窓会に出席したときに、そう感じた。その感覚は、あながち想像だけってことでもないと思う…。若い頃は、むしろ親の仕事をなぞることに反発していた。大学卒業後には、親の経営するピアノ教室で教えていた。それが嫌で、逃げ道として留学した。けれど、帰国後に、こうしてピアノ教室を開き、生計を立てているのが今の生活。ピアノを教え、ピアノ教室を切り盛りし、ピアノを弾き、各地でピアノ演奏を聞き、それにアドバイスしたり、コメントを書く、ピアノコンクールでの審査をする、ピアノに関して記事を書くなどと、活動も多岐に渡る。年間を通して、日本中を駆け巡る←ちょいと大袈裟かな~f^_^;。…それでも、年に20箇所くらいは出かけていると思う。そのうち数えてみようっと。おかげでピアノを通して沢山の方々と出会う日々です。全ての仕事は、十年前に千葉県に越してきたことから始まりましたね。その辺のこと、つまり、いかにしてピアノという楽器を中心に仕事が増えてきたのか、【プロフィール】と題して書いていきたいと思います。さて、連載の始まりです(^◇^)┛。
プロフィール

鈴木直美

Author:鈴木直美
ピアニスト、指導者として活動中。
Suzuki Piano School主催。
VERY GENE ドレスショップオーナーを務める。

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