威風堂々

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ごめんなさいっ!…これ盗撮です(=^▽^=)。成東ステップで8手を披露する男四人組の練習風景を、邪魔しないようにとガラス越しに後ろから見ていたら、たまらくなって~ヾ(≧∇≦*)ゝ。あはは~っ。ピアノ弾けて良いな~って、大の大人が一生懸命って良いな~ってね。ついついパチリッと撮ってしまいました。この光景、独り占めするのは勿体ないしぃ…!!で、全国のピアノ・コラム・ファンの皆様へお披露目。果たして、コラム・ファンがいるのかどうかはさておき、この写真の音源をお求めの方、10月7日の日曜日に成東文化会館のぎくホールへと、どうぞお越しください。彼等の出演時間は午後7時過ぎかと。お近くの方は、是非お見逃しなく(^O^)/。じゃなくて、お聴き逃しなく。彼等の演奏に、勇気と感動を貰えちゃうかも知れませんよ~。因みに演目はエルガー作曲【威風堂々】です。彼等の誰一人として、このコラムに書かれていること知らないんです。あはは~(≧▽≦)。
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負担感

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色とりどりの人形プリントを施したチョコレート(^O^)/。バニラ・ショコラ社製の【ショコラ・ドール】という商品。もちろんターゲットは、ちょっとした贅沢に憧れる女性(^_-)♪。プリントされた人形の色で、中身のガナッシュの違いを区別できるのだとか。銀座のお土産。東京に出掛けたからって、お土産貰えるなんて(^_^;)。すぐ隣りじゃない…。なんて悪態ついているのも親しき仲だからかな~、ありがとうございます。教室で、生徒達を呼んで連弾や二台ピアノのリハーサルをしていました。アンサンブルを生徒達に弾かせることは、指導者にとっても負担だし(面倒なことなるべくしたくないよね。えへへ…本音はね(=^▽^=)、自宅を行き来して練習を…なんて言い始めてしまうと保護者達の間でのトラブルが発生してくることも無きにしもあらず…(-.-;)。だからと言って、大人の都合で子ども達にアンサンブルを経験させることを敬遠してしまうのは…ちょっとね…。で、レッスンの時に指導者が相手をして、ほんの数回の合わせで舞台に上げられないものかと実行してみています。ほんの数回とは2~3回のリハってこと。少しの負担でどれだけ出来るかな。指導者と共に弾けるようになったら、互いのレッスンにちょっとお邪魔してのリハーサル。この場合、全部のレッスン時間は費やさないとか、片方のレッスン時間だけ使うことを避けるなど気は使う。【公平】、完璧な公平。そんなことは無理だし、いったい何を持って公平というのかと議論も呼ぶだろうけれど、取りあえず【公平感】は念頭においてます。で、本番前に教室に生徒を集めて一日限りのリハーサル。たったこれだけ!アンサンブルは「練習しろぉ」って騒がなくても、皆生き生きと楽しそうに練習しますよ。何より、「せぇのぉ~」なんて勢いよくかけ声をかけて始めていた男の子に、どうしたらスマートに弾き始めるタイミングを掴むことができるのか教えられるしね…。何をやるにしても、やる方もやらせる方も継続出来る程度の負担感でないと、お互いに苦しくなるから…。「まぁまぁ~」でも良いじゃない。

二台ピアノ曲

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お教室の発表会に、連弾や二台ピアノのレパートリーを取り入れたら良いのでしょうが、出演者の負担や演奏時間など考えると、独奏とアンサンブルを同日に行うのはなかなか厳しい現実。そこで、成東ステップでは連弾や二台ピアノを楽しんでもらおうと考えたものの…。計画しちゃってから、さあてぇ何弾かせようかな…なんて楽譜探しするんだからね…(*u_u)。まったく、いつも後手に回る。みんなに言っちゃったから、やるしかないみたいな人生です。改めてみると、連弾の譜面は沢山出回っているものの、二台ピアノとなるとぐんと減るんです。「のだめ」で一躍、世間にその存在を知られるようになったモーツァルトの「2台ピアノのためのソナタ」を始め、シューマン、ブラームス、ドビュッシー、ラフマニノフ等も、二台ピアノのための曲を書いています。しかし、どれも難曲。これら芸術曲は恐れ多くて弾けない生徒達にも、手軽に弾ける曲ないかしら?早速、楽曲探策を開始。ヤマハから出版されている【華麗なる2台ピアノのための曲集】1~7巻までは、アレンジが悪くない。但し、選曲はポピュラーに偏る。全音出版の【ブルグミュラー・ファンタジー】や【ショパン・ファンタジー】は、知った曲がポップ調にアレンジされていて楽しめる。で、これらもポピュラー色濃い仕上がりに。ギロックやショスタコ、三枝成彰氏などの小品集をさらってみれば、数曲だけれど二台ピアノ用に書かれた譜面も見つかる。グリーグがモーツァルトのソナタに、セコンド・ピアノのパートを書き加えた【2台ピアノのためのソナタと幻想曲】や、ハンス・フランク氏による【2台ピアノによる~ブルグミュラー25の練習曲】などは、原曲に第二ピアノの部分を書き足しているので、すでにモーツァルトのソナタなりブルグミュラーが弾ける生徒は、第二ピアノが音に厚みを加えてくれて一味違った楽しみ方が出来る。まだまだ二台ピアノ曲探索中です。気の利いた曲をご存知の方、是非教えてください。また、「へぇ~」と、興味をもたれた方、是非とも来年の成東ステップご参加ください(^O^)/。

交渉

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地獄の沙汰も金次第。【けちんぼジャック】と呼ばれる男が、地獄の門番との交渉に失敗したと、昨日のコラムで書きました。そのあたりに話しを戻しましょう。(何の話し?話しについてこれない方は、この3日間のコラムを逆さにお読みください。)アイルランドという島国に住むならず者ジャックは、いつも酒に飲んだくれて、ケチで人を騙してばかりいました。あるハロウィンの夜、ジャックがいつものように酒場で飲んでいるところに現れた悪魔。「お前の魂をいただく!」こう悪魔に言われたジャックは、「分かったが、その前に酒を一杯だけご馳走してくれよ」と頼みます。一杯ならと、酒を買うために金貨に化けた悪魔。ジャックは金貨に化けた悪魔を素早く自分の財布に入れて、財布の口を固く閉めてしまいます。「出してくれ~!」と、財布の中で暴れる悪魔に、ジャックは、今後10年の間、自分の魂を取らないことを約束させます。10年経って再び現れた悪魔。今度は道端になるリンゴをとってくれと頼むジャック。悪魔が木に登ったところを見計らって、木の幹に十字架を刻むと、悪魔は怖がって木から降りれない。ジャックは自分の魂を絶対に取らないことを悪魔に約束させる。そのうちジャックは老衰で死亡。ところが、生前の悪行のため天国に入ることを拒否され、悪魔との交渉があるために地獄にも行けない。行き場を失ったジャックに悪魔がひとかけらの火のついた石炭を投げ、それをカブの中に入れて、この世とあの世をさまよう羽目に陥ったジャックの足元を照らしたとか。その灯火を鬼火(ウィル・オ・ザ・ウィスプ)と呼ぶ人もいるんだそうです。それにしても、間抜けというかお人好しな悪魔君(^_^;)。「三匹の子豚」の話しに登場する「狼さん」にも似た人の良さ?がある。地獄の沙汰も金次第…とは、いかないようですな~。うっかりとした約束の方が怖いかも…。

ジャック・オ・ランタン

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【ジャック・オ・ランタン】について。ジャック・オ・ランタンは、かぼちゃの提灯。かぼちゃに恐ろしい顔を刻み、その中にろうそくを入れて家の前に置いておくと悪い霊を脅して追い払ってくれる。こう信じたことが、ことの始まりだったそう。ジャック・オ・ランタンもハロウィンの仮装と同じく、悪霊を追い払うためのものなんですね。このオレンジ色したかぼちゃのちょうちんは、今ではすっかりハロウィンを象徴するキャラクターになっています。なぜにオレンジ色のかぼちゃ提灯に「ジャック」の名がついたのか、いくつか説があるようですが、「けちんぼジャックの逸話」から由来していると言われます。「けちんぼジャック」は死んだ後、地獄の門にたどり着いたのですが、悪魔との取引に失敗して地獄に落ちることもできず、明かりをともしたカブを持たされて暗い道を歩き続けることになったというものから、ジャック・オ・ランタン(提灯持ちのジャック)と呼ばれるようになったそうです。昔のアイルランドでは、カブや他の植物でちょうちんを作っていたそうですが、アメリカに渡ってから、カブよりもちょうちん作りに適したかぼちゃに取って代わったそうです。この「ジャック・オ・ランタン」を、アメリカに住んでいた頃に作ってみたことがあります。日本の硬いかぼちゃとは違って、オレンジ色のかぼちゃは軟らかいんです。ちょっとしたナイフで簡単に削れちゃうんです。先ずは、頭の上を丸くくり抜いて、中のワタと種をスプーンでかき出す。怖そうな顔を切り抜いて、ロウソクを入れたら出来上がり。簡単でしょ!ところがこのオレンジかぼちゃは、軟らかいだけあって腐りやすい。わくわくして10月31日のハロウィンより一週間も前に作ったら、雨にあたったり朝露にぬれたりなんだりで腐り始め、ハロウィン当日はくしゃくしゃに潰れた顔に。おまけにカビも生えて…、本当に恐ろしい顔になってました。何事も準備万端が好きなのですが、まぁ…ほどほどにってことも知らないとねぇ。


ハロウィン

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「ハロウィン・ステップ?」勝手に命名してます。10月7日開催の、成東のぎくプラザでのピティナ・ピアノステップ。昨年も10月開催でしたので、季節感を出すために舞台の上に、オレンジ色のかぼちゃオブジェと、ハロウィン風にアレンジしていただいたお花を飾りました。今年は舞台を飾るだけでは飽きたらず、人間もハロウィンしちゃおうかと…。ということで、得意のエスカレート!千葉そごうの【ロフト】にて、グッズやコスチュームを買い込んできましたよ~o(^▽^)o。ところで、ハロウィンって【仮装の日】とか、【コスプレの日】などと勘違いしていませんか?もともとは、ハロウィンとは、万聖節(11月1日)の前夜祭にあたる行事のことで、10月31日に行われます。「万聖節」は、日本ではお盆のようなもので、過去に亡くなった人が、この日によみがえると考えられています。ハロウィンの仮装は、家のまわりを徘徊する悪霊たちが、その姿を見て驚いて逃げていくようにするために迎え撃つ作戦だったとか。この世に戻ってくる魂は悪い霊だと思われていたので、悪い霊たちは生きている人にいたずらをしたり、悪運をもたらしたりすると考えられていました。死者がよみがえることを恐れて、お化けチックな仮装で脅かすところから始まったハロウィン…。「お菓子くれなきゃイタズラするぞ!」そう言いながら、仮装した子供達が、近所の家を回りキャンディをもらう、楽しみ溢れるイベントになっています。家の前にろうそくを灯したかぼちゃ、【ジャック・オ・ランタン】が置いてあるのが「ドアを叩いて良いよ。キャンディも用意して待っているよ」の合図。その昔は自家製の飴でコーティングされたりんごや手作りクッキーなど、家庭的なものをあげたのだそうですが、毒をいれたりカミソリを偲ばせたりという面白くないイタズラが横行して、今や安全に個装された市販のキャンディが配られます。うーん、世知辛いけど仕方ないか…(ノ_・。)。

山鳩の巣

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玄関先の紅葉の木に、山鳩が巣を作っていました。このところ、やたらに山鳩が庭先でウロウロしているな~って思っていたら、あったあった山鳩の巣。山鳩は、せっせと小枝を集めて、紅葉の木の天辺の枝分かれに作っていた。巣の中では、母鳥がうずくまって卵を温めている様子。写真では分からないでしょう。肉眼でも良~く見ないと分からないくらい、カモフラージュが上手。まわりの色に上手く溶けこんでいましたね。いつになったら雛が孵るんだろうか。ちょうどレッスン室の腰高の窓から眺めると、目の前に巣がある。親鳥が行ったり来たり飛び回っている様子を、横目で眺めながらのレッスンも悪くない。巣のある紅葉の木の下を通って、教室に入ってくる生徒達。誰も気が付かないのか、山鳩や鳥の巣については一言も聞かない。彼らには、まだ山鳩の巣がすぐ頭上にあることを教えていないんですよ。しばらくは、そっとしておいてあげようかと。

やりくり

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家計簿だってロクにつけたこともないのに、ステップで配るお土産やら、スタッフへの食べ物や飲み物など、少しでも安い物をと求めて奔走するには我ながら笑えてしまいます。時として、ガソリン代や高速代なんかを考えたら、真にバカバカしい行動だったりするんですが…。まぁ、好きでやっている私は良いとして、全くのボランティアで助けてくれるスタッフには少しでも居心地の良い時間を過ごして欲しいと考えると、つい飲食を整えることに力が入ります。まぁ…他に考えが及ばないんです(*u_u)。その分少しでも日当払ったら?うーんm(_ _)m。それもそうなんですけれどね。払えるだけの採算がとれる時ばかりとは限らない。今の状態だと、払えたとしてもせいぜい千円…雀の涙。かえって文句が出る。こんなに働いて、たったこれっぽっち?「自分の力を社会に貢献するべき。」大先輩の戸沢睦子先生から、そう言われた時には、自分に向けて言われたのかと驚いたんですね。自分には力なんて無いし、社会貢献なんて大袈裟な…ってね。だいたいピアノを弾いたり教えたりで社会貢献できるの?老人ホーム慰問演奏くらいしか頭に無かったけれど…。ステーションを丸三年続けてみると、人も集まってきてくれるようになったし、ピアノの先生方の意識も変わってきたよう。何よりも出演者が充実した顔で臨んでいる様子。リピーターとなって参加してくれる。しかも回を重ねるごとに、参加者も指導者も前向きになっていく。その瞬間をサポートするために、ボランティアで動く日が少しあっても良いかなって。こんな考えに賛同してくれる方々が手伝ってくれている。だいたい、ほんの少しでも金銭が絡んでくるとトラブルが発生してくるってもんです。仕事を始めてから、たいていのトラブルは時間とお金にあるってつくづく思い知りましたから(^_^)。その話しは、またね~。

千里をも走る

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美容室で、たまたま隣りに居合わせた方が、美容師さんと先生の話をしていて驚きました。バーガーショップで、先生のこと話してた人達がいてね…。ブラバンの先輩が先生のポスター指差して、「この人知ってるよ」って、ロビーで自慢してた。ケーキを買おうと並んでいたら、前にいた二人連れが先生のこと話題にしてましたよぉ(^o^;)。まぁ、ここいら辺りでは、たまたま門下生や家族が第三者のたわいもない噂話に出くわす。そんな偶然もあるかな…とは思います。さすがに先日の偶然には、ビックリしましたけれど。銀座で食事をしていた門下生のお母さん。隣りのテーブルから聞こえてきた【鈴木直美】の名前に、耳を疑うほど驚いたそうです。宝くじに当たったくらい驚いた…と報告(笑)。いずれにしても、生徒やお母さん達は、なぜだか嬉しそうに噂話を耳に挟んだことを話してくれる。こちらとしては返答のしようもなく照れる(^_^;)。「ねぇねぇ、なんて言ってた?」もっと詳しく教えてよ!聞きたい気持ちは大人らしくぐっと抑えて、「あら、そうなの…、世間って狭いわね~」なんて、ちょっと的外れな返事をしたりして。無理してます。あはは。「家の子、その先生にピアノ習ってるんですよ~!」親御さんは、見知らぬ人を相手に、喉元まで出かかるらしいです。そんなこんなを聞くと、照れと同時にちょっぴり窮屈さも感じたりして。言動は案外見られているのかも知れない。よしっ、スーパーでお値引き品を手にとるのはやめよう。まっ、私の自意識はこんな程度です(*^o^*)。

成田市場

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朝早くから、成田にある公営市場に行って来ました。10月に開催される成東ステップでは、ハロウィンにちなんでキャンディを配ります。今日はその日のために、お菓子の大量を買いしようと朝から市場をウロウロ。結局、成東ステップでは総勢96人の参加者を迎え、中には連弾などのアンサンブル参加もあり、実質参加者の頭数は百数十人となる。その上、参加者の妹や弟が、自分にキャンディが貰えないとロビーで泣き叫ぶことも考慮すると、配るお菓子は少なくとも百五十人分くらいは用意した方が無難かな…(笑)。成田市場は、主に食品を扱う問屋さんが立ち並ぶ。業者さん相手なので、小売りを考えて買い物に行っては駄目。何でも箱買い。あめ玉100個とか、チョコレート50個とか、キーホルダー30個、普通の家庭ではとても消費できない単位で購入する。(余談…とか言いながら【よっちゃん酢いか】を見つけて、懐かしさのあまり、つい箱買い。40本(^_^)!誰が食べるんだろか?)買ってきたお菓子などを、ハロウィン・テイストにラッピングして、成東ステップ当日参加者に配る算段。ついでにスタッフは仮装する…(≧▽≦)予定。えっ?自分達で結構楽しんでいるじゃないですって?う、うん、まぁ…ね(*^o^*)。イベントは楽しみながら計画しないと、大変さばかりが募ってしまうから~。で、この理念に付き合わされるスタッフは、大変な迷惑を被りながら、文句もあまり言わずに手助けしてくれます。「しょうがないや」ってね~。ありがとう!それにしても仮装の強制は厳しいかしらねぇ?

オアゾ

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東京駅辺りの再開発を話題にしたからには、どこか寄ってきたでしょって?はい、わかりやすいですよね(*^ー^)ノ。以前【新丸ビル】が巷の話題になっていましたが、東京駅の丸の内北口、駅から出てすぐ正面が【新丸ビル】、その右手に建つのが【オアゾ】。その【オアゾ】に行って来ました。田舎者の性で、建物の入り口にあるレストラン案内の掲示板の前に、つい佇んでは写真を隅から隅まで眺めて物色。都会の人々は普通そんな看板には足も止めないし、目もくれない。足早に通り過ぎる。で、迷った結果、やはり都会なら洋食でしょ(^O^)/ってことで、上の階でご飯を食べてからも、まだ名残惜しく、一階のベルギーチョコレートの名店、ドゥバイヨルにて、誠に小さな一粒が三百円というチョコレートやマカロンを試してみました。う~む、どこがどう美味しいんだろう( ̄^ ̄)?悩みながら味わって…。あれっ?分かる前に溶けてなくなってしまった。あはは~(^_^;)。あまりに神妙に味わっていたもんで、自分でも可笑しくなって、ついつい大笑い。お店の人に冷たい視線を投げかけられたと思いますね(*^_^*)。

東京駅辺り

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東京駅の八重洲北口辺りは再開発されて、美味しいお店が軒を連ねているんです。ご存知でしたか?丸の内北口を出て目の前に立ち並ぶビル群、丸ビル、新丸ビルに、オアゾ。これらに入っている店舗はもちろん、東京駅構内でも開発が進み、コジャレたお店が並びます。行きた~い、食べた~い。まっ、夢を見るのは自由ですからね(=^▽^=)。コンペが終わると「熱心なご指導、感謝しています」などとメッセージを貰うことがあります。初めてその言葉を言われた時には、大いに照れていたものですが。しかし、…いやはや慣れとは恐ろしいものです。今や「その気持ち忘れないようにね!」なぁんて、ニヤリとしながら、即切り返したりして(^_^;)。せっかくの気持ちを軽く受け流す印象をもたれたとしたら…ごめんなさいね。人の気持ちやモチィベーションは、なかなか保てないこと。環境や興味が変われば、それまでの熱心さはどこへやら、ピアノなどは真っ先に脇へとよけられること。今までにも、たくさんの挫折を見てきましたから(-.-;)。「一生感謝する」とか「恩は忘れない」など、掛けてくださる言葉が大袈裟になればなる程、照れと冷静さを交えた感情がもこみ上げるんです。このハイな感情は長く続かない、今だけよって、ちょっと皮肉も感じたり。本気で相手の興奮した気分に付き合ったりすると、後で「そんなつもりは無い」とか、「やっぱり止めた」なんて梯子を外されて、空寒くなるかもよって自戒をこめてね。ペースをあまり乱すことなく、一つのことを継続出来る人ってなかなかいません。まぁ…、それ自体が才能なのかも知れませんが(ρ_-)o。レストランのガイドブックを捲りながら、「ここ行きたい。それ食べたい。」なんて騒いだところで、実際に全てのお店に行く訳はないですよね。そりゃ分かってはいるけれど、想像を楽しむのは悪くない。きっとその程度の感覚で、【今の感謝】を受けとめていけば良いんですよね。…多分m(_ _)m。

歴代のピアニスト

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「毎コン」が排出した歴代のピアニスト。1947年に始まった「全日本学生音楽コンクール」。主催が毎日新聞社だというところから「毎コン」とか「学コン」とか呼ばれ親しまれ、今年で61回目の開催を迎えている。現在は、ピアノ、ヴァイオリン、声楽、フルートの四部門に分かれ、小学四年生から24歳までを対象とした、歴史及び由緒あるコンクール。第二回1948年開催には、当時小学六年生の舘野泉氏が入賞している。以来、歴代のピアニストが足跡を残している。第四回に深沢亮子、第七回に田崎悦子、第八回に松崎伶子、第九回に宮沢明子、第十回には野島稔…。その他にも書ききれないほど知った名前が入賞者リストには列記されている。あの中村紘子や花房晴美、小山実稚恵だってかつてのウィナーだ。今年のピティナ特級三位の實川風君も、中学生の部で一位を獲得している。ふ~んって興味のある方は[全日本学生音楽コンクール]のホームページを覗いて下さい(^O^)/。ちょっとお疲れモードの時にはバスグッズで癒されてます。お風呂に香りをたらしたり、浮かべたり…。で、中学の息子は、「ねぇ、風呂が臭いんだけど?」臭くないからっ!

毎コン

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生徒が「毎コン」、つまり全日本学生音楽コンクールの予選に出るので、千駄ヶ谷駅前にある津田ホールまでやって来ました。今やピアノのコンクール、百花繚乱の時代という観があるけれど、会場に実際足を運んでみると、それぞれにコンクールの特徴・個性を感じます。「毎コン」は浮かれた華やかさこそないけれど、質実剛健な印象でしたね。さすがに歴代のピアニストを排出したコンクールだけある。だいたい予選の課題曲は量がある割に、バッハと練習曲中心で地味~だからね(*^o^)。これ弾けない奴は来るなぁ~って排他的な課題曲。会場の片隅に座ってシートに身を沈め…。つい、うとうと寝てしまいました。あはは…(^o^;)。だって外は暑いし、連日の外出で疲労がたまってたし、クーラーの効いた会場にふわふわの椅子、バッハを延々と…。言い訳をタラタラと述べる気の緩んだ師を尻目に、5人に1人の難関、東京予選を通過した門下生のヒロちゃん、おめでとう(^O^)/。

まだらに親

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学園祭の手伝いをしてきました。普段レッスン室に籠もっている身に、三日間も連続でお日様の照らす外で過ごすのはキツかったです(><;)。残暑厳しい折、花売りをしていました。「お部屋に、お、おひとつ、い、いかがですかぁ?」慣れないものだから噛むこと!毎日書くと豪語したコラムも、ついお休みになってしまいました。楽しみに開けてくれた方々、ごめんなさい。日頃の日照時間と運動量の不足を感じながらも、なんとか倒れることなく、また大した足手まといになることもなく、無事にお手伝いが出来たので良かった~ぁ。ほっとして脱力感に襲われています。これまで、「教育方針は放任主義」などと言い切るつもりがある訳ではなく、結果として仕事優先で子育てを放任し続けてきました…。たいていの職業を持つ母親が感じるジレンマを抱えるので、時折気が付いたかのように、えらい無理してマダラに親業してますね(失笑)。ジレンマとは、仕事にかまけて子供に目を掛けないと、後で取り返しがつかないことになってしまうんじゃないかっていう心配のことです…。まっ、子供は実際には親のそんなこんななど微塵も気に掛けていやしないんでしょうがねo(_ _*)o。それはさておき、打ち上げでの笑い話しを一つ。北海道出身の親御さんが複数いらして、郷里の話題に盛り上がっていました。「北海道じゃ、中学の必修でロシア語を習うんですよ。」「ヒグマの子供は鎖につないで[ポチ]と呼んで育てるんです。もちろん成長したら山に返しますけどね。」これ全てもちろん作り話し。一瞬、もっともらしく聞こえるから可笑しくて大笑い。あはは…(≧▽≦)ゞ。食事を共にすることは良いコミュニケーションの始まりのようです。「開墾のはじめは豚とひとつ鍋。」時は明治、十勝に入植した依田勉三の言葉です。「開拓に苦労はつきもの」と不屈の精神を表現した俳句。この俳句、一つの鍋を囲めばみんなで仲良くなれるっていうことかって、ずっと勝手な解釈してました。それじゃ友はブタさんってことになる。あはは…(*^o^*)。余談ですが依田勉三氏は明治19年、十勝で初めてバターを作ったのだそうです。そして北海道ではあったかいご飯にバターと海苔をのせ醤油をまわして食すとか。うわぁ~。

舞台レッスン

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コンペは夏休みの間だけに行われるという訳ではありません。毎コン=学生コンクールの予選を除き、比較的暇な9月も過ぎれば、10月は初旬から千葉音楽コンクールの本選に、クラシック音楽コンクールの本選、ショパン・コンクール・イン・アジアの予選と、送り出すべくイベントが目白押し(@_@)。何かとイベントの多い年末に向かって、目が回り始めます。夏休みの間、だらけまくった子供達。ピアノに向かう姿勢になかなか拍車が掛かりません。ねぇ‥本番までにあと幾日あると思ってる?このまま準備の出来ていない状態で演奏するつもり?恥ずかしいとは思わない?まぁ…私が弾くんじゃないから良いけど。藁をもすがりたいって気持ちになったところで、舞台に藁は落ちちゃいないからねっ!!脅したりすかしたり…。何を言ったところで利かないし、聞かない。今一つ危機感がない。「なんとかなるさっ。先生みたいに…。」はい?師である私の変なところは見習わなくてよろしいっ(`へ´)。そこで、手始めにホールを借りてレッスン。たとえ観客のいない空のホールでも、舞台に上がればゆるんだ精神は削がれる。大きな空間で弾いてみると、改めて嘘や偽りを隠すことは出来ないと思い知る。その時点で携わる音楽に対しての考えの浅さや甘さは、ムクムクと沸いて出てくるかのよう。ヤバいっと思った瞬間から【どう聞かれたいか】という意識も芽生える。一つ一つの問題が明確に見え始め、レッスンを進めると子供達の反応はレッスン室では見せない集中力で指示を吸収していく。…で、こうして私の休日は一つ一つ潰れていく…。いえいえ文句を言っているんじゃありません。多分これが天職ですから♪(*^ ・^)。

癒やしのグッズ

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この不思議な形状の品物は【肩もみグッズ】です。突起した先端を肩に押し当ててぐいっとおせば、あらっ~(*^ー^)意外と効くわねっとなります。誰かがこの肩もみグッズで、マッサージ奉仕をしてくれれば、効果は尚更上がるんでしょうが、そんな贅沢は言っていられない。自前の肩もみで、レッスンの合間にちょこっとホッとしたりしています。床に置いて足裏で踏んでツボを押す…なんて裏ワザも。さて、この頃、子供が弱くなっていると感じたことはありませんか?ちょっとしたことで骨を痛めてしまう、つまり折ったり、ヒビが入ったりする子が増えている気がします(ρ_-)o。一見頑丈そうに見える体格の子供でも、簡単に怪我をしたりしますしね。転んで床に手をついた。騎馬戦で蹴られた。箒の柄が当たった。友達とふざけていて。そんな簡単なことで、骨を折ったり…。それがコンペや演奏会の前だと、大いに落ち込んでしまうことに。特に親御さんの落ち込みは、子供のそれより勝るようです。自己管理。まぁ、そう言ってしまえば簡単なんですが…。生身の人間ですから、そうそう気をつけながら毎日の生活も出来ませんよ。だいたい怪我っていうもんは、[うっかりの重なり合い]で生じます。そんなこともあったね…なんて、いつか懐かしく振り返る日もくるでしょうが、怪我の直後はそうそう冷静にはいられない。幸いなことに、子供の怪我の治りは早いです。また、怪我したことがきっかけとなってその後ピアノを止めてしまったり、練習が愚かになったりするケースは、今のところありませんから(^O^)/。大丈夫です。

山の上ホテル

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その名を聞いたことのある【山の上ホテル】。東京は神保町、御茶ノ水駅から徒歩でも5分程度。一度、三島由紀夫を始め、文豪が常宿したという、そのホテルを訪ねてみたかったんですね。どうしてもって程ではなく、まぁ機会があれば程度で…。お茶の水駅から坂を下った辺りに、山の上ホテルの看板を見つけて寄ってみることに。「ここが噂の…、ふぅ~ん、お茶でも飲んでいこう。」日大と明大がキャンパスをもつ駅近辺は若者で溢れかえり、彼等がたむろする小売りの楽器屋(ギターとか)とか電気店(ゲームとか)がひしめき合っている。伝統のホテルは明大通りから、少し外れた丘の上に静かに佇んでいた。一歩踏み入れた建物の中は、「うん、伝統あるな~」と唸らせる様相。つまり古臭い(^o^;)。ちょっとカビ臭い(*^o^*)。「コーヒーパーラー・ヒルトップ」という、これまた仰々しいほどアンティークな名前の喫茶室。入り口には、懐かしいケーキのショーケースが、今時珍しい小ぶりなサイズで存在感なく置かれてある。どれどれっと覗いてみたら、ケーキも古臭い感じ(ρ_-)o。テーブルに比べて高すぎる椅子の座り心地は落ち着かず、レースのテーブルセンターがなんともレトロ~。卓上の砂糖入れは、かの超高級陶器【ヘレンド】。壊したら大変だっ( ̄○ ̄;)。この風景は、昭和のお金持ちの応接間風だね…(笑)。辺りを品定めしていると、メニューが差し出される。えっ∑( ̄口 ̄)、こちら都心、物価はレトロではありませんでしたね。あはは…。

窓辺の香り

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キッチンの窓辺。ゴルフ場に隣接しているので、足元が刈り込まれた雑木林を窓から覗くことができます。窓越しの借景。窓辺に置いた桃の甘~い香りが漂います。冷やした桃は鍋に沸かした熱湯にくるりとくぐすと、つるんと皮が剥けるんですよ。食べ物といえば、凄まじい偏食家(ちっとも威張れることじゃないけれど…)。何か一つ気に入るとそればかり食べて、ある日突然嫌になるタイプです(*´Д`)=з。ある時は、スイカ。ある時には、塩辛、マッシュポテト、とろろ昆布、梅干、ベーグル、生ハム、チーズケーキ、塩味のチョコレート、etc.。今年の夏にはまったのは、ゴーヤのおひたし。ゴーヤを薄くスライスして、さっと湯がき、鰹節と出汁醤油であえる。これを毎食、丼いっぱい食べてましたね~(笑)。これは嫌になる前に、ゴーヤがなくなってしまった。あはは。…で、あまりの偏食振りに罪悪感を感じると、野菜ジュースやビタミンのサプリメントに手を出しています。

昼の顔と夜の顔

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夜になると、顔を変える街。昼間はのっぺりとした顔の街も、夜になってネオンが付いて始めて目を引くお店ってありますよね。楽譜を読み取るときも似たような感覚があるんです。こうやって弾くのよと思い込んでいる曲想は、実際に弾いてみると変わってくるんです。例えれば、楽譜を目の前に誰かの録音を参考に聴いているのは昼の顔。こんな感じかなってうわべはなぞれる。実際に鍵盤に触れて、その曲をまさぐってみれば、自分はこう感じる、こう弾きたいって、即座に思い始めるんですね。自然にネオンがあちらこちらに点灯し始めるみたいな感じかな。まぁ、私の場合は思い込みということも多々あるんですがね…(*u_u)。昼の顔・夜の顔と言えば、職業は何かと勘ぐられることがありますね。平日、夕方から夜遅くまでレッスンの入るスケジュールでは、たいていの午後のお誘いは断わることになってしまう。「夕方からは仕事で…。」「夜は仕事で忙しいんです。」あまり外では自分の職業を言わないもので、「夜のお仕事?」なんて、勘違いされることもあるかしらねぇ。はて?

似て非なる

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都会の夜景は、昼間と違う顔を見せる。ピアノの巨匠ホロヴィッツが、ピアノ指導者としては優れていたとは言えなかったのと同じく、必ずしも全ての有能なピアニストが優秀な指導者であるという訳ではないんです。弾けるんだから教えられるでしょうと思われがちですが、弾くことと教えることは、似て非なるものじゃないかしらね。いわゆる天才ピアニスト、雲の上みたいな能力を持っている人達と身近に触れて、思うことは…。まず、彼らは常人の苦労を理解しないんですね。どうして出来ないのかが分からない。自分の感性が一番だと思っている。故に、真似させたがる。で、真似できないと眉をしかめる。あっ~、これ個人的なバッシングではありませんよ。一般的によくみられる事実ではないかしら。レベルの低いところで言ってしまえば、私も同じように振る舞ってますからm(_ _)m。何故に何回教えても、ドが読めないのか分からないわっ。伴奏は小さくねと言っても、出来ないのはどうしてかしら?片方の手を小さく弾けばいいだけなのに。音量のバランスとれない?休符を数えられないのは何でだろう?休みだって、音楽でしょ!そこにフォルテって書いてあるの見えない?…ほらね、ゴーマンになってきたでしょ(^_^;)。一介のピアノ教師だって、習っている子供達からみれば、相当ピアノが達者に思えるはず。生徒達は、「常人の苦労が分かっちゃいない。分からないから習ってるんだ~」って、心の中で叫んでいるかもしれませんよね。まっ、書いている本人が両方の立場を経験しているわけですから、この感覚ある程度、間違いないかと…。

師弟関係

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バイロン・ジャニスは巨匠ホロヴィッツが初めて、そして自らとった弟子として知られる。1944年、当時16歳という若さでピッツバーグ・シンフォニーと共演したバイロン・ジャニスに目を留めたのは、前の晩に演奏会を開いたホロヴィッツだった。「僕の若い頃そっくりだったのさ。」ホロヴィッツは後になって、その時の印象を振り返っている。早速、ニューヨークの自宅に来るようにと、バイロンを誘う。バイロンが、ジュイリアード音楽院でその時に師事していたアデレ・マーカス女史は、このことが気に入らない。自分が手塩に掛けたバイロンを手放すことを嫌がった。「あなたはホロヴィッツのコピーになる必要は無い」って。この言葉は、その通りとなって、後にバイロンを悩ませることになる。ホロヴィッツのコンサート・ツァーにお供して、ホロヴィッツの自宅に住まわせてもらいながら、そのレッスンとは、こうしたら、ああしたらと指示が飛ぶだけのものであったそう。ペダルの掛け方は非常に細かく、内声は持ち上げて見せろと言う。「舞台の上では大袈裟でなければ面白くないのさ。」まさにホロヴィッツの描く世界。バイロンによると、ホロヴィッツはレッスン中に一音たりとも弾いてみせることはしなかった。ただ、共に生活する中で何時間もホロヴィッツの演奏を聴いて、それを真似することに夢中になったと言う。しかも、そのレパートリーはロマン派に偏っていたことは想像に難くない。結局、四年間ホロヴィッツと共にありながら、バイロンは師の呪縛のようなものから逃れようとあがいていた。また口さがない世間は、ホロヴィッツがバイロンにあれだけ親切なのは「師弟関係以上の訳があるに違いない」と、噂をたて始める。1948年にバイロンのカーネギー・ホール・デビューは満席の盛況をみせた。ホロヴィッツの「噂の弟子」として興味を惹いた部分は無かったとは言えまい。ホロヴィッツから離れるべき日は来ていた。素晴らしいピアニストが、必ずしも有能な指導者になるとは限らない。そのことは、次の機会にお話ししましょう。

ジャンク・フード

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クリスピー・トリート。アメリカで覚えた最も簡単なお菓子です。マシュマロとマーガリンを鍋で溶かした中に、シリアル(何だってかまわやしないけれど、米粒形状のライス・クリスプが良いかと)一箱そのまま鍋にあけザックリと混ぜ合わせ型にいれて、冷めたら切り分ける。クリスピー・トリートはサックリ&ねっとりして、グラスに注いだ冷たいミルクに合う。アメリカの子供達はこの味で育つ。マシュマロを串に刺して火で炙り、溶けかかったところを板チョコとグラハム・クラッカーでサンドイッチみたくはさむのは、キャンプの定番おやつ。この場合、カロリーなんて考えてはいけないし、栄養バランスがどうたらこうたらも言ってはダメ。【繊細な味】なんていうことは、話題にしてはいけません。アメリカのジャンキーなフードはこんなもんだって割り切って楽しむのが流儀ですね。代表的ジャンク・フードは、バーガーにピッツァにチップスにドーナツ。ほらね、割り切って楽しみたいメニューでしょ(笑)。まっ、たまにはね~。

高所

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ホテル38階から見下ろした眺め。こっ、怖い( ̄○ ̄;)。なんとかは高い所が好きというけれど…、確かに好きです。展望台があったら必ず登ってみますね。9.11事件。そうです、あのニューヨークのワールドトレードセンターがテロで崩れ落ちる前に、展望台に高速エレベーターで一気に上がったことがあります。あまりに高層なもので視界が良いかと思うと、案外雲の中だったりするんですね。そこで1階のロビーに視界がどれくらいあるのかって表示されていたんです。「視界0」ってあるのに、それでもわざわざ展望台まで上がって、ガラスの向こうは真っ白っていうこともありましたね。「これが視界0の世界かぁ~」ってね。分かっていても、とりあえず見ないことには納得しないタイプかな。本日、成東ステップの申し込みを締め切りました。現在参加予定は92名。昨年、成東ステップ初回の参加者が77名だったのに比べて、増えて良かったぁ~(´∀`)。申し込みの人数が目標に達すると、ほっとします。昨年より下回ったのでは、開催側の士気も下がるってもんですから。人を集めることがどれだけ大変なことかは、自主公演のリサイタルを始めて以来、常に身に沁みて分かっています。しかも、ステップとなれば個人的な演奏会とは違って自己完結とはいきません。開催しても人が集まらないようでは、グループのリーダーとしての責任もあります。反面、個人のカラーが強すぎても、人集めに限界がありますし、リーダーが爆走すれば「周りが付いてこないのではないかしら…」との思いもあります。公のものでなければならないと考えるステップも、スタッフの助けがなければ、成り立たないのが事実。しかも、スタッフは皆さんボランティア・ベース。回を重ねるごとにスタッフも俊敏な動きを見せてくれて頼もしいこと。スタッフを引っ張ったりはせずに、後ろから押していきたいと思っていますが、多分皆さん「引っ張りまわされているぅ~」って、心の中で叫んでいるかも知れません。あはは。ステップの理想の形は、沢山の先生方が、生徒さんを継続して参加させることができる土壌を作るべきじゃないかと考えています。私を含め、スタッフはサポートに徹して、参加された方々が心地よく演奏できるように準備にまい進しますっ!しかし、高所というものは、何に対して高いってことよね。40階は50階に比べれば低いことになる。常に上を向いていなくてはならないってのはキツイ。なんだかセールスマンが成績を上げなくてはならないっていうストレス…。少し分かったような気もします。

残暑見舞い

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残暑お見舞い申し上げます。日頃は、筆まめを自負していたのに…。今年は、筆が進まないどころか、止まってしまいまして、やっとお返事出しました。新学期もすでに始まり、「残暑見舞い」どころではありませんね。いやはや返信が遅れて大変失礼いたしました。手持ちの白いスカートやワンピースは、ざっくりまとめて洗濯屋さんへ。籠のバッグとサンダルは、奇麗に拭いて箱にしまう。この夏の片付けをしましたよ。庭の改装にともない、立水栓を作ってもらったところ、早速水遊びを始めた娘。辺りにころがる泥饅頭をいくつも見付けて、泥で排水溝が詰まってしまわないか心配Y(>_<、)Y。「がみがみと子供の芽をつぶさないように」、なんて他人を諭している場合じゃないな…。泥饅頭をつまみあげながら、自戒。そっと、元の場所に戻しておきました。

グリーグの命日

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チョコレートに見えるでしょうが、偽物です(//▽//)。紙粘土で作ったキーホルダーなんです。美味しそうでしょう?今日はグリーグの命日。1843年生まれ、ノルウェー出身の作曲家。丁度100年前の今日、9月4日に、64歳の年齢で亡くなっている。没100年。まぁ、バッハやモーツァルトのように、キリの良い命日を、功績を称えて世間で祝うムードには、グリーグでは至らないでしょうがね…。グリーグの音楽との初めての出会いは、ピアノ協奏曲でした。そう、あのティンパニのロールから始まるやつです。多分、一般の人に知られているのは、このピアノ協奏曲とペールギュント序曲くらいなもんでしょうか。それも聞き知っている程度かな…。私の場合、生まれて初めて弾いたピアノ協奏曲がグリーグだっただけに、彼の協奏曲は深く心に残っていますね。当時は、私なんかに協奏曲なんてとても弾けっこないというネガティブな気持ちと、弾けたら素敵と憧れる高揚感が相まっていましたから。今じゃ、「ピアノ協奏曲は、オケの付いたソナタくらいのものだから」なんてエライ豪語も、はったりもかましていますが、当時は心臓の鼓動が毎日早くて息苦しいほど緊張していましたね。とは言え、やはりグリーグのピアノ曲では、10巻66曲から成る「叙情小曲集」が良いかな。小さなチョコレート菓子みたいに、一粒一粒丁寧に味わいたいみたいな雰囲気があるので。聴いて楽しむよりは、弾いて楽しみたい。グリーグは、シューマンやショパンより35歳も若いくせに、次世代のカラーを打ち出すどころか、ドイツ・ロマン派の色が今だに濃いので、ちょっとダサい感じもある(すみません)。けれど、そこがまた良いんだよね。

二人の先生

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同時に2人の先生に師事することは、大変に難しい。音大入試前、一年くらい前だったか、高校時代の恩師永井宏先生の紹介で、永井先生自身が大学時代に師事したご縁で、ウラディミール・竹の内先生を紹介していただき、二人の先生のもとへと通い始めた時のこと。ウラディミール・竹の内先生は、名前から想像されるかと思いますが、日系ではなく白人。「竹の内」は、日本で仕事をする際の名字。初めてつく外国人の先生に胸踊り、得意意識も芽生えて、今思えば毎回緊張していましたね。その年の入試曲、ベートーヴェンのソナタ「月光」に、バッハの平均律、ショパンのエチュードをみてもらったんですね。同時に二人の先生についたのは、この時だけ。永井先生と竹の内先生は師弟関係にあったからまだしも、それでも意見の喰い違いは、ほろほろと出てきて、子供ながらに難かしさも感じ取っていた記憶があります。お二人とも忙しくなさっていたので、初回のレッスンに揃って顔を合わせただけで、以降は私のみが二人の間を行ったり来たりしていたのも、何とはなしに心細かったし…。「竹の内先生は、こう仰ってました。」この一言で、その場のレッスンは先へとは進まなくなることも、直ぐに感じ取れた。まだ卒業したばかりでお若かった永井先生は、時として兄貴や従兄弟みたいに、相談できる身近な存在であったのに、そんなことが重なると少しずつ距離感みたいなものも生まれてきたのを感じていたのは、こちらばかりではなかったように思う。大学に進学してからは、竹の内先生に師事し、永井先生のレッスンはなくなった。何故あの時お宅に伺ったのかはすっかり忘れてしまったけれど、向ヶ丘遊園にあった永井先生のお宅から国音に抜ける道を教えてあげると、先生の車の後ろを走ったことがある。大学に着いたとたんに、「右カーブでのハンドルの切り方が悪い」って、やはり兄貴分なんだと嬉しくも、また可笑しく思えたのも、懐かしい話しです。「いつか一緒に飲もう。」まだ実現してませんねぇ。

たった一人の弟子

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アメリカはペンシルヴェニア州出身のピアニスト、バイロン・ジャスニをご存知ですか?巨匠ウラディミール・ホロヴィッツが、自ら弟子にならないかと誘った唯一のピアニスト。バイロン・ジャスニが、1944年にピッツバーグでラフマニノフのピアノ協奏曲第二番を弾いた折の話し。余談ですが、この時にピッツバーグ・シンフォニーを振っていたのが15歳のマゼールっていうんだら、凄いというか絶句…(Θ_Θ)。以来四年間、ホロヴィッツのもとで学び、共に旅をした。バイロン・ジャスニは1948年、二十歳の時ニューヨークのカーネギー・ホールにてデビュー・リサイタルした時に着ていたタキシードはホロヴィッツが若い頃に使った物で、師ホロヴィッツからの贈り物だったそう。1960年と1962年にバイロン・ジャスニはモスクワで多いなる評価を得る。一晩に3つのピアノ協奏曲、ラフマニノフの第一番、シューマン、そしてプロコの第3番を弾いた上に、アンコールでチャイコフスキー第一番の第三楽章を弾きまくり、当時のロシアに対し、アメリカの国力を誇示したという。それにしては、それ程バイロン・ジャスニは名が知れていないですって?バイロン・ジャスニは、45歳の時に関節炎の兆候が現れ始め、以来指の痛みとの戦いが続いたことを、後に告白しています。加えて師ホロヴィッツとの軋轢・決別など、それまで幸運であったバイロン・ジャスニの人生は葛藤に満ち溢れてくる。師とのトラブルについては、また今度ね…(^O^)/。
プロフィール

鈴木直美

Author:鈴木直美
ピアニスト、指導者として活動中。
Suzuki Piano School主催

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