三種の神器

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東金ステップ開催に向けて、スタッフ・ミーティングをしました。ピアノの先生方に裏方さんをお願いしては、成り立っているステップです。イベント屋さんとしては、ずぶの素人集団。回を重ねるごとに、少しずつ動きがスムーズになり、安心してまかせられる存在に成長してくれています。「おはようございま~す。」「こっちこっち(^O^)/、お願いしますねぇ。」挨拶もそこそこに、スリッパに足を入れた途端、「さぁさぁ仕事開始よ」のノリ。参加者へのお土産のラッピングをして、プログラムに散らしを挟み込み、封筒の中身を確認など、事務を次から次へとテキパキこなす。当日の仕事を割り振ったら、仕事の説明。…で、お昼。待ってました~。ウナギご飯、イカのマリネ、鶏肉のハム、だし巻き卵、生ハムとチーズ、サラダにポテト、デザート(*^-^)、etc.。「美味しいっ、これ、どうやって作るの?」持ち寄った料理に、一番盛り上がりを見せる瞬間。カウンターに大皿を並べて、わいわいと、セルフサービス。ついでにお皿洗いもセルフサービス(//▽//)。「先生~、食器洗い機、買いましょうよ!」毎年話題に上る、食器洗い機。FAXにまだロール式の感光紙を使っている、ローテクな我が家には、ありそうでない物がある。1945年の終戦後に、三種の神器と歌われたのは、テレビ、冷蔵庫、洗濯機の三点。豊かな生活のシンボルだった。「切れる包丁」に、「ゴミ箱」と「食器洗い機」。これが平成における、我が家の三種の神器かな~σ(^-^;) 。
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返信

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ひなのさんへ(^O^)/。お手紙受け取りました。どうもありがとう。あの時は、カバレフスキーのイ短調の単楽章ソナチネを弾いてくれたんだよね。短い時間でしたけれど、楽しかったですね。たとえ短い曲といえども、たった10分のアドバイス・レッスンで、沢山のことを伝えなければならないから、ついつい早口に、ついつい速いテンポで弾いてしまって、ひなのさん目が点(+_+)になったことでしょう。ごめんなさいね。ひなのさんは、先生が随分速く弾いていたと心配しているようですが、自分に合ったテンポで弾いて下さいね。楽譜の表示はAllegrettoとあるので、メトロノームを使ってみると、四分音符108あたりの速さなんですね。これでは、遅すぎて間が保たないんじゃないかな?132位ではどうかしらね?やはり、私はこの曲に対して、速めのテンポが好みなのかも知れないわね。解釈は人によって幅がありますから、ひなのさんがAllegretto=やや速いテンポとの表記を、どう思うか表現してみるって考えが基本よね。四拍子と書いてありますが、実際に弾いてみると二拍子の方が音楽が流れる。メトロノームを66に設定して、二拍子で弾いてみると、音楽の進み具合がスムーズに感じるんですね。是非、試してみてはどうかしらね♪(*^ ・^)ノ⌒☆。速さは同じでも、拍の取り方で、曲の表情が変わるから、その違いを感じてみてね。そうそう、「先生も頑張って(*^-^)」と、励ましてくれてありがとう。また、いつか聴かせてね!

焼きはま

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この時季に、千葉の九十九里浜では、蛤(はまぐり)が捕れます。地元の人達が、初夏を告げる、蛤漁の解禁に湧きます。その反面、蛤漁で命を落とす人が、毎年出てしまうのだそうです。夢中になり、波にさらわれてしまう。九十九里浜は外海で、潮の引きは強い。こぶしほどの大きさの立派な蛤を、目の前の炭を入れた炉で焼く、「焼きはま」を食べさせる店が海沿いにあって、「焼きはま」目当てに何度か出掛けたことがあります。ころんころんの貝に火が通ると、ぱくっと口を開く。まだ煮えない。貝の身が、汁の中でぐつぐつと揺れるまで、じいっと我慢。炭火に汁がたれてジュウッと、煙と共に音をたてる。流儀が分からずに、開いた貝に箸をのばそうとしたら、割烹着姿のおばさんが割って入ってきた。「あ~っ、ダメダメ(`へ´)、箸なんかつかっちゃ。」チャキチャキと、口を開いた蛤に醤油をたらし、貝から出た汁をこぼさないように、トングで貝の端っこを器用にはさんで、お皿に盛ってくれました。この汁が美味しいのに、こぼしちゃいけないと伝授。まずは、貝の中の汁を啜って、身を食す。珍しくて何度か行きましたが、頭の先からつま先まで、全身香ばしく蛤の匂いがついてしまうんですねぇ(^_^;)。今年の初物、小粒の蛤はおつゆに、少し大ぶりの蛤は酒蒸しにして頂きました。ご馳走様です(^O^)/。

ブラック・ジャック

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ガーベラ農園の光景はこんな風。広大なビニールハウスの中は、腰高の細長いテーブルのような棚で埋め尽くされて、その上に土を盛りガーベラを育てている。(何故にガーベラの話し?といぶかる方は、以前お伝えしたコラム「根も葉もない」5月11日をご覧下さい。)ここではガーベラ専門に、一年を通して花作りをしている。さて、[専門]という言葉について一考。ピアノ教師は、どうしたら専門家になれるのか?「実は、音大を卒業していないのですが…。」自宅で生徒さんを教えていると言う。面倒見が良く、熱心に指導しているのが評判を呼んだのだと思う。次第に生徒が増えて、お教室経営も忙しくなる一方、己に対しての不安も募ってくるらしい。告白めいた口調で、話しを始める。専門家としての教育を受けていないから、バックグランドに自信がない。勉強不足を補いたい。弾けるレパートリーを広げる為にも、レッスンを再開したいと、私のところを訪ねて来てくれる。そんな自分は特別と思っているようだけれど…。でも実はね、私の周りだけでも、同じ立場や考えの先生方が、結構いらっしゃいますよ。自分で勉強しなくてはという意識がある分、知ったかぶりをする先生より、余程熱心に取り組める素地がある。だいたい、クラシック音楽は知りきれないほどの情報がある。奥深い森。知れば知るほど、無知が見えてくるってもんです。ちょっと大学で勉強したからといって、専門家の顔をして、良い指導が出来るというものではありませんよ。学生のうちは、ピアノが上達するよう、また音楽に対しての理解を深めよう、というスタンスで学んでいきます。考えてみると、ピアノを弾くというプロセスを相手に伝えるスキルは、学校では習わないことの方が多いかも。社会に出てからも、真摯に学び続ける姿勢が、この仕事には一番大切なことではないかと思うんですね。医師免許なしに治療するブラック・ジャック、漫画の主人公ですが、もちろんご存知ですよね。ピアノ教師に国家試験はないのですから、どなたが教授しても違法ではありません。ブラック・ジャックも人を助け、社会の役に立っています(*^o^)。但し、自分の能力が、どの層に向いているか見極めないといけませんね。それが、[専門]の始まりですからo(^▽^)o。「弾いたことのない曲だって教えられるさっ。」そう豪語する前に、ピアノに向かってみるのも妙案かもね。

同窓の同胞

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水野半次郎氏の作品。先日、瀬戸で何を仕入れてきたのか気になっている方々へ、御披露目です。ささやかな家宝(*^o^*)。名古屋では、同窓の竹本絵己先生と出会いました。三人のお子さんを育てながら、生徒さんへの熱い指導と共に、演奏に携わり、ピティナのステーションも率いるスーパーレディー。毎年、沢山の卒業生を排出している全国に点在する音楽大学ですが、竹本先生のような現役頑張り屋さんは珍しいかと…。ある楽器店の方に、「いったい、毎年どれだけの人間が、音大を卒業するのですか?」と、聞いたところ、全国で5,000~6,000位との数字を提示してくれました。幅があるので、信憑性は今ひとつかな?詳しく調べたら、またお知らせしますね。それにしても、莫大な数の卒業生がいるはずなのに、ピアノを教えることに従事している人の割合は、案外低いんです。ましてや、教えて、弾いて、しゃべって、人をまとめて…となると、居そうで居ないもんです。音大卒と言っても、ピアノ専攻ばかりではないので、得意の楽器は違ってきますけれどね。5年も前のことになるかしら、大学の同窓会に、卒業して以来、初めて参加したんですね。それまで居を転々としていたために、行方不明になっていたらしく、三年毎の同窓会案内が手元にきたのは、卒業後相当年月が経っていました。久々に再会するクラスメート。大半が姓の変わっていることもあり、一瞬馴染めない空気に包まれたものの、話しが弾めば打ち解けて、話題は思い出話しから、現在の生活や仕事へと。大抵がピアノを教えていると思いきや、多種多様な人生が展開されていることにびっくり!楽器店に勤務、学校教員、英語教師、主婦、カラーコーディネーター、フローリスト、声優、etc.…。ピアノ教師をしている方が、むしろ半数に満たない。「まだ、ピアノ弾いているんだぁ~。」反対に驚かれたりして( ̄○ ̄;)。そりゃあ、英文科を卒業したって、全員が英語教師になるわけではないし、法学部を専攻したところで弁護士になるのは一握り。体育大学に進んだ後、大半は会社員として就職するだろうしね。それぞれに、人生は開けているわけだから、何も学部や専科によって、社会に出た後の仕事選択肢を狭めることもないよね。音大卒業したからって、音楽を糧に生きていくべきというのは、頭の固い話しなのかも知れない。それにしても、弾いて、教えて、しゃべって、まとめて…。なかなか居ない。同窓の同胞に出会えて嬉しかったです。しかも、もしかすると同じ時期にキャンパスを歩いていたかな?こちら入学年を調べましたら、81年でした。あの時は、サバ読んですみません。この頃、年齢不詳を通していたら、本人も不詳になってまして…。いやはや(#^o^*)。

フォルテと横暴

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コントロール。こなれた演奏へのキーワードかな~。昨日はP=ピアノ、静かに奏でる音を、話題にしました。本日は、f=フォルテについて苦言を少しばかり…(*^ー^)ノ。音が大きくなると、テンポもついでに早くなるとか、ペダルが濁ってしまう、鍵盤を叩いてしまう、その割りに音量が上がらない、メロディーが曖昧になるなど、大音量を求めようとすると、あらら…問題山積(-.-;)。それじゃぁ、フォルテというより、格闘技?そんなに叩いたって、ピアノは応えてくれないよ。大袈裟なそぶりの割りに、音が出ない空回り?どんどん速くなってスピードオーバーで自爆事故?良いフォルテを出すには、自分の体の動きをコントロールしないとね。指先をしっかり支えて、肩や腕の力は抜いて弾きましょうね。自分の頭の中で鳴っている音と、実際の響きとの違いに、耳を傾ける余裕はありますか?頭で分かっちゃいるけれど、そう簡単に、感覚を掴むことは出来ないよね。焦ると、とかく視野の狭い動きになりがち。イメージする空間を広げるように助言してみます。例えば、こんな風に…。ブランコを押したことを、イメージしてみてください。目の前に迫ってきた背中に手をそえて、背中の動きに合わせて一旦肩から後ろへと引き、一気に前へと腕を押し出す感じで。ブランコを押したことが無ければ、お父さんとのキャッチボールを思い出して。遠くにボールを投げる感覚でね。足元に投げつけちゃ駄目よ。キャッチボールに興味が無ければ、テニスを持ち出す。ラケットのスイートスポットと同じよ。ピアノにも、狙いたい打点というのがあるの。遠くにまでボールを返す感覚で、ピアノも鳴らしてみようか。テニスも駄目なら、水泳!肩は、バタフライのように回すと自然なの。逆周りは肩に負担でしょう?水をかく手は丸く、水の表面を叩かずにね。それも分からなければ…。「外に遊びに行け」と、言いましょう(#^ー^)。

弱音と弱気

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各地で開かれる、ピティナのピアノステップのアドヴァイスや、コンクールの審査、楽器店で開催されるアドヴァイスレッスンなどなど…。あちらこちらで、子供の演奏を聴く機会に恵まれています。約10年前に帰国して、子供達にピアノを教え始めた頃に比べ、ここ数年振り返っただけでも、随分と上手になってきたなぁ~って感じます。地方へ行っても、びっくりしちゃうような(|||_|||)演奏は、とんと聞かなくなりましたね。「それって、あり?」みたいな驚きがあまりない。ある意味面白くないのですけれどね。あはは(^_^)。どの子も、それなりに形になっている。指導している市井のピアノの先生達が、頑張っているってことよね。自分の指導を評価される機会が多くなれば、指導者側の腕も磨かれるってもんです(*^_^*)。手首の脱力は提唱されて久しいから、今更手首ガチガチに固めて指だけしっかり上げてぇ…なんてことは大分なくなってきた。だけれど(*u_u)…、うーん。次の課題として弱音、つまりピアノで静かに聞かせる演奏がおしなべて下手だなぁって、感じることが多くなってきましたね。弱音は弱気に聞こえて良いという解釈ではないんですよ。だいたいP=ピアノを「小さな音」と教えてしまうことに、問題があるのではないかしらね?指先に過重しないで弾くもんだから、腑抜けた音しか出てこない。音に主張がない。P=ピアノといったって、メロディーには起伏がある。ピアノにもイメージを抱くこと。優しく、寂しく、慰めて、後悔してなど、音に対して主張を持たせたらどうだろうか?鍵盤を優しく触るだけでは、弱気な情けない音しか出ませんよ。 花に見立てたケーキ。見た目は豪華で綺麗だよね。花の部分は、ピンクに着色されたホワイト・チョコレートの塊。かちかちに固まって、フォークは刺さらないし、ナイフを入れたらバキッと音を立ててチョコが辺りに飛び散った。口にしたら、甘すぎる。見てくれだけじゃ、音楽もケーキも美味しくない。もう一度聴きたい、また食べたいって、相手に感じさせないとね。

音楽の星

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鬼の居ぬ間の洗濯。名古屋の仕事で留守にしている間に、家の外壁を塗り直してもらいましたo(^-^)o。塗装工事が始まった途端、家の中は、ペンキの臭いで息苦しいことといったらない(>_<、)。防音をしてあるレッスン室は、音も閉じ込めるが、悪臭も閉じ込める(-_-メ。う~っ、くさぁいし、目に滲みる(Θ_Θ)。窓という窓がビニール張りされた室内は、サウナ状態。家がきれいになる間に、こちらも外へ出てリフレッシュ。鬼がいないので、家族も生徒もしばしホッとしているでしょうしね(^o^)v。新幹線の中で読んだ本が、思い掛けずに面白かったのでご紹介します。林巧著「ピアノ・レッスン。」角川文庫からの新刊、ホラー小説なんです。タイトルに惹かれて手にとってみた。「なんだぁ、ホラーかぁ~」、なんてあなどれないんですよ。幾つもの表現が、的を射ていて、ぐいぐいと惹かれます。かいつまんだので、以下をゆっくりと噛みしめるように読んでみてください。ピアノの中のどこを探しても、音楽はないんだよ。では、どこにあるのか?音楽の星にあるという。音楽の星?目に見える輝きはないけれど、見上げて、そこに向かおうとする人だけに感じることが出来る星に、音楽があるんだ。(ちょいと臭いけれど、その通りですぅ。)楽譜は完全を装うことはできるが、最大の手掛かりでしかないし、完全ではない。間違えずに指だけ動かしても音楽にならないんだ。そうじゃないんだ。音楽への関心が宿っていないのに、愉しく聴けるわけがない。(うん、そうそう。)ピアノをかなり嗜まないと分からない境地が、誠に上手く表現されていることに、まず驚いたんですね。この著者は、造詣が深そうですよぉ。他の著書も読んでみようかなと思ったら、「予言」とか、「臨死」、「ノロイ」などなど、おどろおどろしい題名だったから、やめておきます。ドビュッシーのパスピエを少女の霊に習い、たった二年で習得してしまうくだりは、「そりゃあ神掛かりだわ」と、苦笑してしまういますけれどね(^_^;)p。お薦めです。

尾張の城

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1534年生まれの織田信長は、八歳年下の徳川家康と組んで、尾張の国を統一する。信長は、その後、さらに欲を出して、天下をとらんと戦国大名達を滅ぼしていったが、目的を達する前に、明智光秀に暗殺される。織田信長に仕えていた成り上がり者の豊臣秀吉は、明智光秀を仇討ち、言うことをきかない織田家の重臣達を滅ぼし、家康や他の戦国大名を服従させ、天下統一を達成。絵に描いたような裏切り者。秀吉は、子供にも恵まれず一代限り。まぁ、そうそう世の中は都合勝手にはいかないんだ。徳川家康は秀吉の死後、豊臣家を滅ぼし、やっと天下をとるんだよね。結局のところ、信長が餅をつき、秀吉がそれをこね、家康が天下餅を喰うという結果になった。家康は始めっから、天下をとることを狙っていたよね。で、1600年、関ヶ原の合戦の後、江戸幕府を開いた徳川家康が、自己顕示欲で建てた尾張の名城が、名古屋城ってわけ。1609年に名古屋城構築を、傘下の大名20人に命じ、3年後に完成したとか。そら戦え、そら建てろと、命じられる周りも迷惑なことよね(;_;)。残念なことに、そのほとんどは、第二次世界大戦で消失。昭和34年に天守閣が復元されたのだそう。さて、有名な金の鯱(しゃちほこ)について。もともと、火除けの意味があったものが、城主の権力の象徴として飾られるようになったとか。ふ~ん、それで金貼りなんだ。いつの世も、独裁願望に駆り立てられる人間っているんだよね…。私なら金のピアノも、要塞も要らないな~。

窯垣の小径

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昨日の話しと、前後してしまうけれど、瀬戸に現存する登り窯を訪ねて、駅から歩いた小径の話し。アップダウンのある歩道。車が入れるほどの幅はない。日曜日というのに、閑散とした瀬戸の里。おかげで狭い道を一人ゆったりと散策でき、風情たっぷりの空気を独り占め(^O^)。お日様が、ぽかぽかと良い気持ち。日ごろはレッスン室に缶詰状態なもんで、外の空気の美味しいこと!道の脇の土留めに使っているのが、窯焼きに使われる、エンゴロ、タナイタ、ツクと呼ばれる道具類。これらが模様を描くように積み上げられて、時を経て亜麻色に変色し、いい味を醸し出している。エンゴロとは筒型をした容器で、その中に焼く前の陶器を入れて使う。タナイタは正方形の陶器の板で、ツクという支柱を組み立てて棚を作り、陶器を直接火に当てないように並べて焼いた。もはや使うことのないこれらの道具を利用した小径が、「窯垣の小径」と呼ばれ、観光客をよんでいる。今で言うところの産業廃棄物の再利用ってところだね。約400メートル続く小径を通って、たどり着いた登り窯の前にも、それらが山積みになっていた。1メートル強ほどの幅しかない小径だけれど、当時は陶器を運ぶメインストリートだったんですって。

瀬戸の跡取り

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名古屋の仕事ついでに、是非寄ってみたかったのは、陶器の里・瀬戸。別に陶器が好きだからという理由ではなく、漠然と職人さんの気質に触れたかったから。こだわりとか、積み重ねとか、継続とか、そういった価値観に触れることで、自分の人生が納得できることを、心のどこかで願っていたのかも。たった2両の電車に揺られ、たどり着いた瀬戸物の街で、偶然に陶芸家・水野半次郎さん御一家に出会った。旅に出ると、立ち寄った先では、そんな出会いもある(*^_^*)。陶器屋さんや、ギャラリーとかには余り興味がなかった私は、以前テレビで観た瀬戸の登り窯を訪ねてみたいと、駅で手に入れた地図を片手に、どこのお店も覗かずに、てくてくと歩き出した。目指すは瀬戸で唯一登り窯を保存している、江戸時代から続く瀬戸本業窯。カラッと晴れた休日。住宅地に入ると辺りに人影はなく、行き交う人もいない。趣のある街は、まるで時を止めてしまったかのように、しんと静まり返り、動く物は全く視界に入らない。道端に立てられた、小さな看板の矢印を頼りに訪ねた。ようやく行き着いたものの、誰~もいない。資料館の入口は開け放たれたまま。中をのぞき込むと、「前のギャラリーに声掛けて下さい」、と小さな札が下がっている。道路を渡ったが、ここにも誰もいない。勝手に見て良いのかな~と思いながら、登り窯の周辺を散策していたら、当主、半次郎さんが声を掛けてきて、案内して下さった。瀬戸は日本で一番古い窯元の里。瀬戸の土と松の木の灰を使う。代々本業焼きの伝統を継承している瀬戸本業窯の当主、半次郎さんは七代目。市の有形文化財に指定された登り窯は、昭和五十年代半ばまで実際に使われていたのだそう。現在は、近代化された窯を使い、別な場所にあるのだとか。登り窯は、瀬戸の街の斜面に沿って建てられている。現存の窯は、焚き口から上へと4室連なる。今はもう無いが、大きな窯は、倍の大きさはあったという。窯の中を、1300度にまで上げて焼く。大きな窯だと三十日もの間、火を焚き続け高温を保たなければならない。果たして、そんなに長い間、温度を一定に保てるのだろうか?それが、職人の技なんだそう。薪一つ投げるにも、空中で反転させて狙った場所に着地させないと、熱にムラが出てしまうとか。職人の中でも、この火入れに携わる職人が最も大切なんだそう。窯に火が入っている間は、職人は決して側を離れない。今じゃ、そんな技術と根性のある職人なんか、どこを探してもいやしない…。大皿に葡萄が描かれた、それは見事な絵皿に目がとまる。「父は、晩年絵付けにこだわってね。」資料館は展示してあるのではなく、保管するためにあると主張する。自ら「普段使いの器」という作品に、手間を掛ける情熱と融通のきかない気性。職人の誇りに触れることが出来たのが、今回の旅の収穫。接客に出てこられた奥さんから、娘さんがピアノを嗜まれるとお聞きしたことから、話が弾みお茶まで頂いて、ついつい長居をしてしまった。もちろん半次郎さんは、話しが器から音楽に移ったあたりで、ふいと出て行かれた。先代の六代目・半次郎さんの偉業を語る七代目・半次郎さんの息子さんが、駅まで送って下さった。気の良い現代っ子の息子さんのお名前は伺わなかったけれど、多分、半次郎さんのお名前を踏襲なさっているのだろう。八代目の跡取り。ぽってりと手に収まる半次郎さん達に寄る瀬戸物は、使い込むほどに味が出るのだそう。

ニックネーム

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ベートーヴェンのソナタのいくつかにも、あだ名が付いていて、通称のないソナタに比べれると、それがために親しまれています。ニックネームが付いた曲の知名度が断然高いのは、何もベートーヴェンのソナタに限ったことではないですけれどね。生涯32曲のピアノ・ソナタを書いたうち、実際にベートーヴェン本人が副題をつけたのは、たったの2曲。第8番の「悲愴」と、第26番の「告別」のみ。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番に付けられた通称「月光」は、どこの国でも通じる国際的呼び名ですね。本人は、「幻想曲風なソナタ」と、呼ばわっただけ。このソナタに対して、レルシュタープ(1799-1860年)という評論家が、「湖に映る月光を思わせる」って、言ったもんだから、以来「月光ソナタ」になったんだそう(*^_^*)。作曲家本人は、意図したイメージではなかったので、「月光」呼ばわりされることに不快感を示したとか。第17番の「テンペスト」は、ベートーヴェンが、「シェイクスピアのテンペストを読めば、この作品を理解できる」と、示唆したことから「テンペスト」。第21番の「ワルトシュタイン」は、このソナタを献呈された、ベートーヴェンのパトロンであり、良き理解者であったワルトシュタイン伯爵(1762-1823年)の名による通称。アメリカでは「Sun Rise」、「朝日」と聞いたことがあったけれど、ちょっとしっくりこなかった。たぶん日本人には、「朝日」とか「日の出」という言葉に対して、クラシック音楽のイメージが湧くというより、軍事的な印象の強い言葉じゃないかなと感じたからかな。まだ子供の頃、この長ったらしいあだ名「ワルトシュタイン」が、「フランケンシュタイン」と、何故だか一緒くたになって、恐ろしいイメージがあったから、意気揚々とした「朝日」という呼び名を受け入れがたかったのかもしれない…。まぁ、怪物みたいなソナタではありますけれどね。浅はかな誤解です。第15番の「田園」と、第23番の「熱情」は、ハンブルグの出版社、クランツが、商魂たくましく、出版時に楽譜が売れるようにと、勝手に付けた題名が、後々の愛称になったもの。第29番の「ハンマークラヴィア」は、当時ベートーヴェンが使っていたピアノフォルテのドイツ名。べートーヴェン自身は、第28番Op.101以降の後期の5つのソナタ全てに対して、「ハンマークラヴィアのためのソナタ」と、書いたのに、どういうわけか第29番だけが「ハンマークラヴィア」と呼ばれている。難しいソナタも、「ふ~ん、そうなんだぁ」から、親しみを持つと、少しは聞きやすくなるってもんです。ただのあだ名、されど愛称なんですね。

ポプリ

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満開でばらりと落ちそうなバラの花びらを、崩して大皿に広げ、自然に乾燥させると、ポプリになりますよ~。ほのかな香りが、漂います。バラには一種ごとに美しい名前が付いていて、花のイメージと合うかどうか見比べるだけでも楽しいものです。さて、ピアノ曲につけられた、あだ名の話しを続けますね。先日、「小犬のワルツ」と呼んでも、海外では通じませんよと話しましたが(5月16日付け、「ペット円舞曲」をご覧下さい)、他にも日本でしか通用しない呼び名やあだ名があるんです。ショパンの練習曲「別れの曲」は、日本限定。海外では通じません(?_?)。昭和10年に、フランスからショパンの伝記映画が公開された折、もともと「別れの歌」という映画の題名が、「別れの曲」と改名され紹介されたんだそうです。この映画で流れていたのが、我々の知るショパンの練習曲「別れの曲」だったところから、これがあだ名となったとか。作曲者が「別れ」と呼んだのではないのだから、そうそうおセンチに弾いてはいけないのよね…。分かっちゃいるけれど、卒業式のイメージが重なることもあって、この曲を弾くとついついしんみりとしてしまうんですよ。ショパン本人は、自分の書いた曲の中で、最も好きなメロディーは、この「別れの曲」と、言っていたとか。ショパンの書いた練習曲は全27曲あります。(Op.10とOp.25の作品番号に、それぞれ12曲づつ書き、プラス遺作が3曲。)練習曲の中で、あだ名が付いているものは、「別れの曲」以外にも、「黒鍵」「革命」「羊飼いの笛」「蝶々」「木枯」「大洋」などがありますが、いずれも俗称。このうちいったいどれが、世界で通じる呼び名かは、定かではないんです。外国人相手に話をする時には、気を付けたいものです。漫画がテレビドラマ化された、「のだめカンタービレ」に使われたお陰で、一躍有名になったOp.10-4嬰ハ短調には、あだ名が無い。巷では「のだめエチュード」とか、呼ばれているのかもしれない。そのうちに、ピアノ名曲事典に「のだめ」と、通称として記載されるようになったら、日本のクラシック音楽界も、随分ウィットに富んできたと言えるでしょうに。映画は良くて、漫画はだめっていうのもなんだかね。知名度を上げた功績は大きいとは思うんですが…。

ひとっ飛び

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今夜から名古屋です。夜の8時までレッスンをしてから、8時10分発の特急に飛び乗ると、なんと千葉のこの片田舎から名古屋に、その日の内に到着出来るんです。名古屋まで、ひとっ飛び。やったぁ~(^O^)/。仕事と移動が同日に可能だなんて、一日が二倍使える!関西の旅は、大阪万博に叔母と行ったのが初めてのこと。1970年、昭和45年のこと。大阪万博では、岡本太郎氏の「太陽の塔」がシンボルとなり、アポロ12号が持ち帰った「月の石」が展示されていた。記憶は、太陽の塔に、月の石、人混みと、日傘に疲労。月の石は、えらく並んで見た割に、案外小さなものだった。あっ…、こんなもんか。東海道新幹線は、1964年に、東京オリンピックに合わせてすでに開通していた。けれども、叔母はまだ小学生の私を連れ、新幹線には乗らず、相当時間を掛けて普通列車の長旅をした。「ねぇ、まだぁ~。」なんども口にして、うるさがられたっけ。今回、名古屋には仕事で出向きますが、1日延泊して、焼き物の里・瀬戸と、金のしゃちほこで有名な名古屋城を訪ねるつもり。たまには、休暇しなくちゃね~。味噌カツに手羽先、味噌煮込みうどんに、きしめんや小倉トースト、天むすも気になるし、ういろうだって本場は旨いに違いない。ナゴヤンなコテコテ料理に挑戦。胃薬持参で食べてきますっv(^-^)v。しばしの休息だ~、独り旅よ~。いやっほぅ~o(^▽^)o。

二百のエッセイ

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昨年10月の末から書き始めたエッセイも、こつこつ毎日書きためていたら、とうとう200になりました。人生も半ばに差し掛かり、そろそろ過去の記憶をここいらで、書き留めておこうと始めたエッセイですが、半年余りに渡り書き続けてみると、面白いことに現在の生活パターンが、客観的に見えてきたりするんですね。まるで、ケーキ・ドームみたいです。ガラス越しに見たほうが、美味しそうだったりしてね。普段は、文句たらたらの人生も、一歩ひいて見たらそう悪くない。今では、珍しくもないけれど、アメリカにいた頃は、こんなケーキ・ドームにお菓子を積んで、テーブルやカウンターに無造作に置いてあるのが、外国チックだなぁと、憧れていたんです。焼きっぱなしのブラウニーとか、マフィンとかを積んで、子供達が通りすがりにドームを開けて、一つつまむ。なぁんて理想像は、膨らむばかり~。我が家では、頂いた焼き菓子を入れておいたりするけれど、日本のお菓子は一つ一つラッピングされているから、ケーキ・ドームに入れる意味は無いよねぇ。実際、誰もお菓子を取るために、わざわざドームなんて開けやしない。ビニールに包まれた菓子は、ドームを開けると、すべり落ちてくるから、それをまた積み上げるのは面倒だと…。まぁ、確かにねぇ。自分の行動を書いていると、思い込みの激しさに笑えますね。それまでは、行き当たりばったりで、散漫な考え方の持ち主だと自認していたのです。ところが客観的にみてみると、えらく計画的で、偏った狭い考え方に固執する傾向があることに、今更気がついたりします(^-^)ノ~~。思い込んだら、とこと~んまっしぐらに進むからねぇ。あはは。とても、分かりやすい人間です。では、取りあえず明日から、三百のエッセイ目指して、また書き始めますo(^^o)。良かったら、これからもよろしくお付き合い下さい。

ペット円舞曲

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夏に向け、フィラリアの予防接種の為に、動物病院に我が家のダックス君を連れて行きました。犬や猫のリードを繋ぐポールが、入り口に何本も立っているのが、いかにも流行っている動物病院という門構えよね。このダックス君意外にも、いろいろ飼っていましたが、ペットには失敗続きの、ダメな飼い主です。その昔、庭にウサギを飼っていたのが、失敗初めの記憶かな~。知人の農家から貰ってきたというウサギは、母屋の裏庭に小屋を建てて、周りをフェンスで囲んで飼っていた。洗濯物を干していた母は、ある日、地面が突然陥没して、膝の下あたりまで穴に落ちた。母は、初めてウサギが穴を掘ることを知ったという。慌てて調べてみたら、そこいらじゅう掘られていた(>_<)。まだ幼かったけれど、母の大騒ぎと、しなびたキャベツの臭いは、はっきりと記憶にある。ハムスターは、カラカラと勢いよく玩具を回転させていて、それを飽きずに眺めていた。思いがけない悪臭に、ケージをリビングから玄関先に移した。翌朝、「あらっ、静かだわ」と、不思議に思い、ケージの中を覗いてみたら、ハムスターは硬くなって横たわっていた…。家の中といえども、玄関のたたきは、ハムスターには寒過ぎたらしい。ごめんね…。ある日、母は、それこそ風呂桶を水槽代わりに使いたいほどの大量の鯉を、家に持ち帰ったことがある。スーパーの駐車場にプールを設置し、子供の日のイベントとして、鯉のつかみどりをしている所に居合わせたらしい。捕えたは良いけれど、誰も持ち帰ろうとしない鯉を、押し付けられたという。これ、どうするのよ~。ありったけのバケツを出してきたけれど、鯉は重なるようにして詰め込まれたまま、呼吸困難でまいってしまった。「こんなものを貰ってくるのは、やめてよねっ。」文句を言ったら、「だって可哀相じゃない」ときた。鯉の後始末に辟易した私だって、可哀相だからねo(_ _*)o。他にも、拾ってきた雀の子だの、孵したもののメスでガッカリしたカブトムシだの、捕まえたカマキリやコオロギ、脱走癖のあるネコだの、夜店で買ったヒヨコだの金魚だの、いろいろ飼っていましたね。思えば、どれも上手な飼い方が出来たとは言えないな…。そうそう、ペットと言えば、ショパンの書いたワルツ変ニ長調Op.64-1に、「小犬のワルツ」という、あだ名が付いています。恋人ジョルジュ・サンドの飼っていた子犬が、じゃれて自分の尻尾に噛み付こうと、くるくる回る様子を描いたといわれています。のみがいたから、痒くてたまらずに、尻尾を追いかけていたに違いないと、主張する人もいます。アメリカでは、「A Minute Waltz」、一分間のワルツと、呼んでいるのを聞きました。ドッグ・ワルツとか、パピー・ワルツとか言っても通じませんよ~。国によって、あだ名が違うこともあるんだよね。それにしても、一分以上は、掛かると思いますが…。

星の王子達

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これは、我が家の家族構成(*^o^)乂(^-^*)。どれが誰かは、ご想像にお任せします。うちのお教室には、王子様達がピアノを習いに来ています。ちょっと美形で、やさしい印象の男の子達。素直なんだけれど、どこか頼りなげな…。どの子も、マイペース君だけれども、ピアノを弾かせれば味がある。「男は親が死んだ時にしか、泣いてはいけない。」おじいちゃんに諭されたから、僕は絶対に泣かないんだ。りつき君は、そう言っていたのに、可愛らしい顔をくしょくしょにして、わんわん泣いた。「ピアノ、やめたいよぉ…」ってね。彼は、発表会の曲が難しくて、ピアノが辛くなった。それをどうにか乗り越えて、頑張った。もちろん、努力した分、素晴らしい演奏を披露して、皆に誉められた。以来、心を込めて丁寧に弾くことを覚えた様子で、ピアノが楽しくなってきた。とりあえず、もう少し続けるらしい。ぱっちりお目々のゆうだい君は、この頃少し赤ちゃん顔が抜けて、りりしい顔つきになってきた。どちらかと言えば、不器用な彼は、一人っ子。大人の狭間で大切に育てられたので、指は回らないけれど、頭と気持ちが回る。口が立つけれど、気は小さい。去年ちょっと、トロフィーなんかもらってから、ピアノに自信が付いた。ゆっくりと歌う曲は、なかなかのもの。幻想即興曲を弾いてみたいって。えぇっ?!それは、気が大きくなり過ぎっ!まぁ、そのうちに指も回るようになるでしょうからね。中学にあがっても、頑張っているタダシ君。ピアノを弾く横顔が美しいからと、お母さん達のアイドル君。本人はといえば、いたってのんびり屋さん。まぁ、悪く言えば愚図なもんで、一曲を仕上げるのに、長々と時間が掛かる。風貌だけではなく、やさしい性格で、人を惹きつける魅力のある彼は、学校でも人気者に違いない。彼のピアノを聴いて、クラスで弾かないかと、音楽の先生が声を掛けて下さった。授業のひとコマを使って、コンサートを開いてみたらって。それを、快諾してきたらしい。ねぇ、君はいつだって、せいぜい2~3曲弾くのが精一杯なのに、いったい一時間も、何を弾くのよぉっ?「私が代わりに行こうか?」でしゃばってみた。けれど、「いや、僕がやります」と、意思は固く、にこやかに鎮座している。さすが王子様。決して、慌てないし、取り乱さない。…と言うか、少しくらい慌てたらどう?ご近所の王子、ゴウ君は、まさに継続は力なりを、証明してくれる、とつとつと心に沁みるピアノを弾く。韓流スターのように、ハンサムで礼儀正しい彼は、がちがちの頑固者。ピアノは、これまで八年かけて、ゆっくりじっくり成長してきた。この王子は、中学に入ってからようやく反抗期を向かえ、誰からの説教にも耳を傾けずに、とうとうピアノをやめた。…が、たった2週間ほどで戻ってきた。まだ、有名な曲を弾いていなかったから、もう少し続けると。…で、ショパンの華麗なる大円舞曲と、ベートーヴェンの悲愴ソナタの第2楽章を始めた。一年掛かりのプロジェクト。この分じゃ、当分止められないよね。ふぅ~っ(-"-;)。この星に棲む王子達を相手に、ばぁやの心労は、まだまだ続く。

学校クラスコンサート

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性格なんです。指示をされると、実行しないことには気がすまないのは…(*u_u)。学校クラスコンサートの依頼に、「そんなに何もかも、できないよぉ∑( ̄口 ̄)!」と、騒いでいたのは、つい先日のこと。(どう騒いでいたのか気になる方は、4月25日のコラム「ゼリーよせ」を、一読下さい。)友人の奔走のお陰もあり、話しがトントン拍子に進み、あれから2週間ほど。気が付けば、すでに壁には、学校クラスコンサートのポスターが貼られています。有言実行。やると言ったら、やる!私の完璧主義に、巻き込まれる周囲は、たまったもんじゃないでしょうね…。感謝しておりますので、今後とも、ご支援のほどよろしくお願いします(…懲りていない…^_^;)。で、「学校クラスコンサートって何?」と、いぶかっていらっしゃる方へ。音楽教育の啓蒙。簡単に言えば、子供達をピアノの周りに集めて、生のピアノ演奏に、至近距離で触れてもらおうって企画。クラス単位の出前コンサート。学校でひらくクラス・コンサートってことです。それでは、学校クラスコンサートの内容が知りたい方へ。(あっ、誰も興味がないかも知れませんが…)。まずは、ショパンの「子犬のワルツ」で、クラスの皆さんにご挨拶。次なる、田中カレンの「りゅう」という曲では、半音階が猛スピードで駆け巡り、子供達の度肝を抜く予定。続くモーツァルトの「トルコ・マーチ」では、プロの技を見せ付け、チャイコフスキーの「こんぺい糖の踊り」をマイ・アレンジして、ピアノでオルゴールのような音を出し、興味津々な子供達を感心させる心算でおります。ラテン音楽で、リズムを刻む難しさを味わってもらい、最後に皆で合唱して、さようなら。さぁて、こちらの思惑通りに、子供達が反応してくれるかどうか?もちろん、予定は未定ですから(-_-#)。実際には、何が起こるやら、楽しみにしていますよ。あらっ、私ったら、「あれもこれも、できないよぉ~」って、弱音を吐いていたくせに、前向きに取り組んでいるじゃない(//▽//)。子供達への啓蒙とか言いましたけれど、結局、こちら側が啓発されることの方が、多かったりするかもしれません。

母の日に

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母の日に、生徒さんからカーネーションを頂きました。大きな束は、ひと抱えほどもある。「うれしいっ。ありがとうね。でも、こんなに、いったいどうしたの?」聞けば、千倉方面にあるカーネーション農家に、知り合いがいて、そこを訪ねたとか。母の日の3日前までに、市場への出荷を終えるのだそう。母の日の前日、土曜日に、残った花を好きなだけ摘んで良いからと、誘われたのだそう。楽しかったでしょうねぇ(*^-^)☆。子供は、花が開花してある茎を刈り、大人はつぼみを刈ったのだと、楽しげに話してくれた。うんうん、そりゃあ、分かる分かる。ところで、何故に母の日には、カーネーションなんだろうか?カーネーションが、母への愛の象徴だからだそう。聖母マリアが、十字架に架けられたキリストに涙した後に咲いた花が、カーネーションだったからとか。そして、母の日の提唱者である、アメリカのアンナ・ジャービスさんって方のお母さんが、カーネーション好きだったからだとも。 日本では、明治時代から、母の日が普及し、現在に至るらしいです。「そっかぁ~、じゃあ、余りもののカーネーションをもらったのねぇ。残り物には福があるって言うからねぇ。うひゃっひゃっ。」私ときたら、もう少し気の利いたお礼が、言えないものかしらね…。

タイースからの贈り物

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大学の卒業式を、通算三回も経験した。考えてみれば、よほどの物好きよね。最後のルイジアナ州立大学の卒業式は、あこがれの角帽と裾までのローブを着て、その上からケープを掛けたスタイルだった。学部によって、ケープに色違いのラインが入っていて、卒業生の中で、一番人数の少ない芸術系はピンク色。ピンクのラインの入ったケープ姿は、見たことのないおばさんと私の、たった2人っきり…。目がちらりと合ったのに、ニコリともしない。…そっとしておこうっと。あちらこちらで、わぁわぁと賑わっているのに、ぽつねん…。こういう時には、仲間がいないと淋しい。志気が今ひとつ上がらないまま、卒業式は始まった。大学院ということもあったけれど、子供を抱いて壇上に上がる人達が時折いて、彼等に対しては、ひときわ大きな拍手が湧き上がった。ようやく式が終わり、知らない人だらけに囲まれた居心地悪さから解放される。外に出ると、花束を抱えたセニがいた。セニは合理的で、余計なことは一切しない人、との印象があった。式場の外で長いあいだ待っていてくれた彼女の気遣いは、卒業という最後の場面で嬉しい驚きだった。在学中、良くつるんでいたタイースは、音楽部の建物の前に自生していた四つ葉のクローバーを、ロケットペンダントに入れてプレゼントしてくれた。裏を返してみたら、To Dr. Naomi、と彫ってあって、彼女のセンスに敬服した。タイースは、お金を掛けずに、ちょっとしたアイデアで、何てこと無い物を、特別な物に変える才能があった。卒業に際して、彼等のさりげない思いやりに触れた瞬間、全てのことが、現実から思い出に変わった。辛いことも、嬉しかったこと、悔しかったことも、楽しかったこと、悲しかったこと。すべてが、記憶の中でセピア色に塗り替えられる。


 

根も葉もない

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ここ近年、母の日が近くなると、茂原にあるガーベラ農家を訪ねます。ダンボールに50本詰めてもらってドーンと贈る。ついでに自宅にもと、ひと抱え買ってくる。ガーベラは、店頭で売られる時には、葉が付いていないので、どんな風に咲くのか知らない人もいるかと思う。巨大タンポポみたい咲き方をするんですよ。葉は地面に広がるように生え、ひょろっと真っ直ぐに伸びた茎に、花を咲かせる。茎を根元から切ると、どんどんつぼみが上がってくるのだそう。ガーベラには、根も葉もある!鈴木先生は、「叩いたり、本を破り捨てたり、椅子を投げ飛ばしたりと、ひどく厳しい教え方をする」、という噂には、根も葉もない。どこで、どうして、そんな噂ってたつのやら…。ちょっと、がっかり。それはさておき、ガーベラは、根と葉から切り離されて、箱に詰められて出荷される。ここでは、四件の農家が共同で、広大な敷地に数あるビニールハウスを、管理、経営しているのだとか。一年中収穫はできるけれど、やはり真冬になると花の上がり方は遅く、真夏は花が疲れるそう。人間と同じだね。直接、農家からガーベラを買えるので、茎も花弁もしっかりとしている。ガーベラは、バラやユリとは違い、つぼみのまま収穫すると開花しないのだそう。花を長くもたせるには、花瓶に入れる水はほんの少し。毎日水をかえ、茎をあまり水に浸さないこと。少しずつ、茎を切り戻していくことらしい。要するに、茎を腐らせずに、水上げさえできていれば、長持ちするよってことね。お稽古に付き添ってこられたお母さん達に、ほんの少しずつお裾分け。母の日だからどうぞ(^O^)/。ぱあっと、顔がほころぶ。やはり母の日の贈り物は、ちょっとしたことでも特別ね。あなたは、母の日の計画。何か考えていますか?これを読んだ以上、外さないように♪(*'-^)。

フェイス・リフト

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築十年。伸ばし伸ばしにしていましたが、外壁の塗り替えと、庭の手入れを、いよいよ始めました。まずは、無残に腐敗してしまったウッドデッキを解体し、いらない廃材を処分し、足場を組むところから始めるのだそうです。庭に憧れたものの、芝の手入れに辟易して、ウッドデッキを作ったら、これまた塗装の手入れを怠るもんだから腐敗。とうとうテラコッタ、つまりコンクリートで、「手間」って奴を封印します!ところが、「コンクリートは、夏の照り返しが大変よぉ~。」なんて、助言されたけれど、そんなこと言われてもねぇ…。解体作業にやって来た同姓の鈴木君は、美容師を目指していたという若者。いつの間にやら、カットするのは頭だけでは物足りなくなって、大地を相手に斬り込みを入れているとか(*^_^*)?「どこの学校で、ガーデニングの技術を習ったの?」何でも学校に行って習うもんだと、了見の狭い考えしか頭に浮かばないことに、口にしてしまってから気が付く。この愚直な質問は、苦労人の鈴木君に、美容師変化球でかわされた。ここでまた、よく知りもしないのに、苦労人呼ばわりする思い込み。私ったら、短絡的な人間だよねぇ (# ^^)/。真夏日と言われる暑さの中、一日中の解体作業。他人の仕事振りを見ていると、自分だけ「仕事が大変だぁ」、なんて言っていられないな…って思いますね。

ダブル・ブッキング

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ピンポーン♪。「こんばんは~。」再び、ピンポーン♪?あら、誰かしら?2人の生徒が、ほぼ同時にお教室に入って来た。えっ∑( ̄口 ̄)?どうやら、レッスンのダブル・ブッキングをしてしまったらしい。自己管理をモットーにしているくせに、あり得ない過ち!でも、現実に、目の前には2人いる。後から来た子供に、謝って、レッスンの変更をお願いした。…(ρ_-)o……。「あら、ごめんなさい」じゃ、すまされない。これまでも、生徒達から、都合が悪いので時間を変更してと頼まれる度に、レッスンを振替てきた。好意のつもりが、仇となる。どこかで無理は祟る。だから、こうなったとは言いたくないけれど、お人好しのしわ寄せだね。テストだから、病気になった、塾の講習、部活の合宿、修学旅行、帰省、葬式、結婚式に、法事、etc.一つ一つ、レッスンに来れない理由は、それぞれにごもっともと納得できたり、できなかったり。生徒の方からすれば、たまの変更くらい良いじゃない、って思っているかも知れません。でも、受けとめる側は、多を相手にするので、変更が頻繁に続けば、レッスンのスケジュール調整に、悪戦苦闘してしまうことになる。変則だから、うっかりと重なってしまった。それにしても、ダブル・ブッキングとはね…。言い訳は出来ない。帰らされた生徒さんは、がっかりよね。かなり、反省しましたm(_ _)m。ごめんなさい。

リフレッシュ

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「足裏マッサージ、してみませんか?」くすぐったいからって、笑い転げたりしたら恥ずかしいしな…。今は、足裏マッサージとは呼ばずに、お洒落に、リフレクソロジーと言うらしい。足裏の反射区と呼ばれるツボを刺激すると、体内の血行が良くなり、免疫力が高まるとか。ふ~ぅん(^^)o一日中、座る姿勢が多いから、ここはひとつ健康維持にと、お願いしてみることに。心配したように、くすぐったくはなかったけれど、痛かった…(T_T)。老廃物が溜まっているから、押すと痛いんだとか。施術してくださった方は延々と、「靴が悪い、歩き方が悪い」と、指摘してくれた。左足が右足に比べると、はるかに劣っているのは、靴が合わないからだと。あまりに長々と説教モードに入っていたので、とうとう、こちらから切り出した。「あの…、私、靴履いての外出は、たまにしかないんです。ピアノを弾いているんで…。右足は、ペダルを踏んでいるので、左足と運動量が違うんだと思います…。」えっ(*_*)?ピアノって、ペダルがあるの?右足しか使わないの?知らなかったなぁ~。「あ…、たまには左足も使うんですけど。たいてい右足です。」言わなきゃ良かったかな~?それ以降、何だか空気の流れが変わってしまいましたからね。むぉ~ん(+_+)。帰ってから、その話しをしたら、「その人、右足が運動不足って言ったら、ヤブだよねぇ」、だって。(笑)

富硝子

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千葉の八街というピーナッツで知られる街はずれにある、富硝子(とみガラス)のバーゲンに行って来ました。ここではガラス製品を作っているわけではなく、単なる倉庫。ここに運びこまれた製品が、全国に配送されるそう。何故に八街に倉庫?土地が安いからなんだそうです。但し、目の前に広がるピーナッツ畑からの砂ぼこりが倉庫に舞い込んで、積みあげた箱が砂まみれになってしまうのは、計算外だったそう。決まった時期にバーゲンがあるわけではなく、はけない商品が貯まると安売り開催(=^▽^=)。噂と倉庫前の駐車場に掲げた手書きの看板だけの広告なのに、こういった類の情報には、主婦のアンテナは敏感に反応するからか、それなりに賑わっていましたよ。倉庫の空いたスペースの床に台を置いて、品物を無造作に並べただけのしつらえ。今時のフリー・マーケットだって、もう少しましに展示するだろうにねぇ。どれでも、一個百円¥(`∀´)¥。可愛いサラダボール発見!あらっ、これは発表会の記念品に、ちょうど良いじゃない。大きいし、豪華に見えるわぁ。サラダボールの中に、お菓子とか、文具なんか、いろいろ詰めてラッピングしたらステキよねぇ~。「すみませ~ん、これ、50個ありますかぁ?」足りなくなったら困るからと、多めに注文。人の良さそうなお兄さんが、台車にダンボール箱を山のように積んで、押してきてくれた。「これは一箱に8個入っているから、全部で七箱ですね。」はぁ?計算が合わない。50個買って、6個もおまけをくれた。お兄さん、商売してますか?車のトランクや後部座席に、目一杯積み込んだら、車高が後ろに沈み込んだ。そこで、はたと考える。サラダボールを安く手に入れたところで、この大きさの容器いっぱいにプレゼントを詰めるとなると、相当な量を入れなくては、様にならないじゃない。それに、ラッピングしてしまえば、重ねることはできない。いったい、そんなに重たくてかさばる壊れ物を、誰がどうやって発表会の会場まで運ぶんだろうか?はて、さて(?_?)。

東京夢物語

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東京は、一番ホットな名所、新丸ビルに行ったお土産にと、色のきれいなマカロンを、フロア案内図と共にいただきました。ゴールデン・ウィーク中、ず~っと仕事に追われていた状態を、憐れんでくれたのかも知れません(ρ_-)o。近年、世間が休日の時に、休みをとれるのは、大晦日とお正月くらいになってますね。土日や休日はかえって忙しいかな。はぁっ~。案内図にあるショップをまんべんなく見ながら、計画だけはたてましたけれど。こことあの店ははずせない、とか、これ食べたいなぁんてね。いまだに六本木ヒルズにも、東京ミッドタウン、表参道ヒルズにも、お台場や豊洲ららぽーとにも、ポケモンセンターにさえも、行ってませんから…。新の付かない、元祖丸ビルにさえ、まだ行ったことがない。だから、ヒルズ族とか、本物セレブとか、お目に掛かったことはない。あそこに行きたい、ここに行ってみたい!大抵の計画は、仕事に押され夢物語に終わるんですよ(/_;)。どうせ、世間は休みで浮かれているのさっ。いじけて、マカロンを頬張りながら、お店のパッケージに目をやると、フランス菓子、キャトーズ・ジュイエ、Sengendai、って印刷されている。埼玉県のせんげん台からの出店。途端にハイテンションに変貌。「ねぇねぇ、ここ、前に住んでいたことがあるんだよぉ!」。…無反応。だから、どうしたって?

公開レッスン

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このところ毎年、5月の連休に、公開レッスンと銘打って、この夏に開かれるコンクールに向かって、舞台でのリハーサルを行います。一人当たりは、20分程のリハーサルと短いのですが、教える方としては、2日間に渡り11時間に及ぶ指導となり、時間の長さはとにかく、かなり集中した指導となるので、気力・体力共に絶大なエネルギーが要りますね(Θ_Θ)。アメリカに留学していた頃、教授陣はマスター・クラスと呼ぶ公開レッスンを、ボランティア・ベースでしてくれていました。自宅や、大学のレッスン室、時には学内のホールに週に一回か、隔週の割合で学生達を集め、その度ごとに、3~4人の学生が何か弾いて、皆の前でレッスンを受けるという、あまり堅苦しくないスタイル。たいていの場合、放課後、しかも夕飯をとった後の時間帯に開催。当たり前のように、時間と能力を提供する先生方は、偉いよね(^o^)v-~~~。渡米して間もなくの頃は、レパートリーが少なくて、毎週のように開かれる公開レッスンに、弾ける曲がないと焦りまくっていましたね。何も弾ける曲がないと泣きつけば、「ちょっとしたノクターンやワルツで良いんだから、気軽に参加しなさいね」と、こちらの深刻な悩みを、取り合ってもらえない。そう言われても、ちょっとした小曲さえ、毎週とっかえひっかえ暗譜で弾ける程、能力・体力がないんですよ(-.-;)。必死に弾きまくったお陰で、レパートリーは増えましたね。周りが当然のようにこなしていましたから、なにくそって根性も芽生えましたし(*^ー^)ノ。やはり、環境だよね。っていう訳で、帰国してお教室を開いてから、門下生達に、そう頻繁にはできないけれど、公開レッスンという形で、人前で弾く機会を多く持てるようにとしていますよ~。手っ取り早い上達法ですから。では、皆さん、引きずられながらも、頑張って下さい!

真夜中の選択

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もしワイン・クーラーが自宅にあったとしたら、食卓で使いますか?店頭で憧れて買ってみたものの、実際これに氷を入れて、ワインボトルを冷やしたことは、まだ一度もなく、金魚を飼ってみたり、コサージュを突っ込んでみたり…。ワイン・クーラーとて、発想に寄って使い方も様々になる。まぁ、無用の長物なんですがね~。母に、「また、そんな物買って」と、文句を言われたりすると、決まって「安かったから~」と、返す。今日は、門下生の舞台リハーサルに、一日中付き合っていました。どの子も、舞台に上がる度に、上達がはっきりと見えるから、教えていて嬉しいし、また楽しい。普段のレッスンとは違って、子供達も少し緊張しているから、こちらの話を良く聞いてくれる。同年代の演奏を客席から聞くのも、モティベーションが上がる様子。他人のレッスンを垣間見ることで、理解も増す。良い事づくめ、とかいいながらも、こちらも長時間に及ぶ、濃密な指導に疲れはする。帰ってくれば夜遅く、そのまま何もせずにベッドに倒れこみたいけれど、家事も気になる。寝ちゃおうかな?でも…。明日の朝のことを考えると、洗濯機を回さずにはいられない。「火事をみると、黒子が増える」とか、「夜に爪を切ると、親の死に目に会えない」、「コーラを飲むと、歯が溶ける」とか。根拠のないことを、頑なに信じている昭和の母は、「夜に洗濯なんてするものではない」と、嫌がるけれど、「いないから、いいや!」ってことで、真夜中の洗濯。

喜びの島

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一枚の絵から構想を練った、と言われるドビュッシーのピアノ曲の傑作、「喜びの島」。この曲は、ドビュッシーのファンタジー(幻想曲)なんだと思う。つい先日、中学二年生の男の子が、この曲をとても達者に弾いていたのを聞いて、様々な思いが沸き上がってきた。未熟な私が、初めてこの曲に感動したのは、二十歳もとうに越えていたというのに。日本も早熟なピアノ弾きを、育てる土壌ができつつあるのねぇ、なんて感心したりしてo(^-^)o。譜読みの天才ヘンリー=ジョーンズが、この曲を弾いた時、最後にスタミナ不足になってしまい、どうにもエンディングに打ち上げ花火連発のごとき華やさが欠けてしまって、聴いていて気の毒だったことが思い出される。ワトーの描いた名画、「シテール島への乗船」に、着想を得て書いたと言われる、ドビュッシーの「喜びの島」。絵画の前に佇むドビュッシー。広がる幻想。シテール島は、愛の女神ヴィーナスの棲む島とされ、そこに舟遊びに出掛ける恋人達の様子、気分の高揚を表しているのだそう。この曲を書いた頃、最初の妻リリーを捨てて、人妻エマと駆け落ちしたドビュッシー。自分自身の高まりを曲にしたんじゃないかなんて、下衆に勘ぐってしまう。ぶ男のドビュッシーは、面食いで金髪フェチだったとか。そんな悪口を言われるなんて、きっとそれ程周囲からのやっかみを買っていたのね~(//▽//)。どうも、ドビュッシーの奥さんエマと、印象派の画家、モネが自分の奥さんを描いた、「日傘をさす女」の絵姿とダブルんですが、それって私だけではないですよね。

アンダンテ

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若い頃は、ゆったりと流れる曲は、どちらかというと苦手でしたね。人前での演奏となると、どうにも気が急いてしまい、間が持てなかったんですよ。特にソナタの緩楽章は、一拍に刻まれるリズムも複雑で、譜読みの段階から難しいから、敬遠していました。今ではむしろ、どっしり構えてゆったりと、時間の流れを味わいながら弾くのが好きかなぁ…。人生経験積まないと、なかなかアンダンテ、ゆっくりと流れる楽章を理解し、楽しむことは難しいですよね。一音一音踏みしめるように、鍵盤に大切に触れなくてはならないし。なぁんて、知ったかぶり(*^_^*)。人生経験と言えば、結婚20周年のディナーなどと、しゃれ込んで行って来ました。なんだか忙しくて、記念日より、二週間も遅れてのお祝い膳なんですがね。お祝いなんて、ここ何年もしたこともなかったけれど、切りの良い数字ってことで、ちょっと奮発。キャビア、フォアグラ、和牛ステーキ、ホワイト・アスパラガス、ウニに、マスカルポーネ・チーズのデザート、鼻血の出そうなチョコレート・ケーキ。普段、口になんてしない贅沢品に、いちいち大袈裟に感動していたから、給仕してくれていた人は、陰で「おのぼりさん」と、笑っていたかも知れない。「うぉ~、キャビアだぁ、これ本物だよねぇ」って、調子でしたからね。仕事の合間を縫っての、ほんの一時のリラックス・タイムのはずでしたが、一方的に仕事の話ばかりしていましたね。後、5年もすると銀婚式かと思うと、嫌になっちゃいますよ。だって、銀婚と聞くと、なんだかバァさまみたいじゃないですかぁ。これからも、自覚の足りない、元気なバァさま目指して、まい進してまいります。ありゃりゃ、この分では、アンダンテ、まだまだ落ち着いて弾いていませんねぇ。あはは…。


 


 

プロフィール

鈴木直美

Author:鈴木直美
ピアニスト、指導者として活動中。
Suzuki Piano School主催。
VERY GENE ドレスショップオーナーを務める。

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