ライオン・キング

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劇団四季のミュージカル、ライオン・キングを観てきました。ディズニー映画をブロードウェイ仕様にしたてたもの。日本では劇団四季が初演以来、8年間も上演しているヒット作品。ジャングルを想定した舞台装置や、動物に見立てた衣装は一見の価値ありです。それでは感動したかって?う~む、(ρ_-)o。はらわたにぐっと迫るストーリーがなかったからねぇ。動物の世界を通じてメッセージを伝えるのは、観客の感情の移入がしにくいのかな?いいや、キャッツは猫だが泣けた。同感、同情、はたまた反感。作品の持つテーマが観客に激しく問い掛けてこその感動なんですよね。舞台装置やら衣装などのビジュアルも大切だけれど、それだけだと難しいかな。だって、リピーターになれないじゃない。もう観たからいいやってね。プッチーニのオペラ、蝶々夫人=マダム・バタフライをご覧になったことがありますか?日本が舞台となっています。ピーカートン大佐は蝶々夫人を現地妻と考え、任務が終わると帰国してしまう。3年も経ってからアメリカ人の奥さんを連れて戻って来る。蝶々夫人はピーカートン大佐を信じ、帰りをひたすら待っていたのに。その上、子供を養子にくれと言われ、悲しみのあまりに自害。「ひどいっ。なんてぇ野郎だ!」つい、これは芝居なんだからと忘れて、テノール歌手にムカついてしまう。こうなってくると歌手の様相はもはや気にならなくなる。たとえ、蝶々夫人が巨体でも、たとえピーカートン大佐がメタボリック症候群でも不思議と気にならなくなる。舞台に感情移入して涙する。蝶々夫人かわいそう…。作品のテーマは視覚を超えて迫ってくる。でも今時、蝶々夫人みたいな女性はいないよね。少なくとも知る限りではいない。皆、身勝手に生きているからねぇ…。これがダメならあれがあるみたいに。ミュージカル版、ライオン・キングのCDを買ってみた。エルトン・ジョンとティム・ライスが映画版の歌に新たに3曲書き足したとのこと。

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夢と目覚め

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誰だって数え切れないほどの夢を見てきたでしょう。でも、記憶に残る夢はごくわずかしかないはず。どんな夢を見たことがありますか?空飛ぶ夢。海で泳ぐ夢。高いところから落ちる夢。見知らぬ土地で迷う夢。ピアノ弾きならではのプレッシャーは時として、夢に現れます。級友のスティーブが、ある日ピアノの狭い練習室で友達を前に大騒ぎしていた。何かと聞けば夕べとんでもない夢を見たという。演奏会直前にプログラムを見たら、知らない曲が並んでいてさぁ、もう焦りまくったんだ。慌てて起きたら汗だくだったんだよぉ~。仲間相手に訴えていたが、あまり相手にされてはいなかった。たかが、夢じゃないか…。まぁ、他人の夢にはその程度のリアクションしか出来ないもの。第一、そんな夢くらいでくよくよして。スティーブってそんなに頼りない奴とは知らなかったな~。ところがその夜、なんと悪夢が私にやってきた。「ちょっと、プログラム見せて頂けます?」舞台は演奏会の会場。華やかなドレスを着てにこやかにピアノの前に座ったものの、はて…?いったい何を弾くのだったか思い出せない。おもむろに客席に振り向いて、最前列のご婦人にその日の演目を尋ねたという夢。「すみませんが、お手持ちのプログラムちょっと見せて頂けます?」練習したこともない曲名が並んでいる…。きゃ~、どうしましょう!焦りまくる。夢なら覚めてぇ~。汗だくになって目が覚めた。たかが夢だけど…。焦慮感を味わい、因果な人生だなと深く思い知った。スティーブには弱虫呼ばわりして悪かったね。確かに、悪夢は心の奥底に沁みつく。天蓋のついたお姫様ベッドは憧れだった。完璧に整えられたベッドは乱してはいけないと使用禁止。意味ないじゃん。

大吉のおみくじ

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おみくじ引いてみたら大吉と出た。慌てず、迷わず努力を積めと。そりゃ、そうだ。独特のまだろっこしい言い回しからも、紋切り型の教えが読み取れる。裏を返して、ギョッとした。脅しともとれる文面が印刷されてある。神にそむいて背中を向けりゃ、前に悪魔が来て笑う。偶然という事はあり得ない。原因が結果を生み、結果が又原因となる。神の掟には狂いがなく、罪で作った財産は不幸が起こり逃げて行く…。あんまりだぁ、大吉なのに。あのう、このおみくじって悪かったら境内に結んで帰るんですか?宮司さんは、凶でも出たかと勘違いしたらしく、おみくじが気に入らなかったら、もう一度お参りして引き直しなさいと仰ってました。いいや、もう結構です!ピアノを弾いていると頭が良くなる。ボケ防止に役立つ。よく耳にするけれど、本当のところ、どうなんだろうか?少なくとも、ピアノを弾いている人間がそれを口にすると、何だかおこがましいかな…。私のように利口におなりってこと?この手の質問を聞かれる度に答えに詰まってしまい、ニヤニヤとごまかすしかない。だって、本当に知らないもの。だいたい、頭に良いからってピアノを弾いている人は稀だと思いますがね。音楽は自己表現の一つの方法と考えます。皆それぞれに生涯を通し、自分に合った自己表現の方法を模索していくのではないのかな。人により音楽であったり、美術や文学であったり、収集やスポーツ、何だって己を表現する手だてとなる。頭は使った方が良いでしょうけれど、何もピアノでなくてもねぇ。ピアノを弾いていたって物忘れ、ど忘れの現象は防げない。トークコンサートの時、フランス人作曲家のサティという名が出てこなくて、焦ったことが。「皆さま、こんにちは!」にこやかに話しを始めたものの、作曲者の名前が出てこないっ。えぇっと誰だっけ?一瞬の空白。まずいよ。「まずは一曲聴いて頂いてからお話しを続けましょう。」なんてごまかして、「え~っと、名前何だったかな…」と、考えながら弾いていた。幸いに曲を忘れてしまったことはないけれど…。曲の出だしを忘れるようじゃ引退を考えなきゃ。高千穂神社は静寂に包まれていた。「一人旅ですか?良い旅を!」と言ってくれた青年。ちょっと、そこのあなた、ボケを防ぐために今のうちからピアノ習った方が良いわよなんて、話し掛けたらどうだろか。どの世界の人も自分の道が一番と考えたがる。趣向、選択、興味は人それぞれ違って良いのだから、押し付けたら大きなお世話よね…。ピアノを弾くのに理屈は要らない。何故弾くかって?神のみぞ知る。

神の生まれし

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宮崎県、高千穂は日本の神々が生まれた場所であるらしい。古事記にある天照大神伝説もこの地に息づく。仕事で日本各地に行くけれど、とんぼ返りがほとんど。名古屋に行った時なんぞ、駅に降り立ったら名古屋弁が聞こえてきて、はるばる遠くまで来たよね~と、思っただけでその日のうちに帰って来た。新幹線がより速くなったお陰で今や関西くらいなら日帰り圏内。今回ばかりは、せっかく宮崎まで飛んだのだからと、足を延ばして神の里・高千穂巡りを計画。朝からあいにくの大雨。南国だというのに寒いので現地でコートを買うはめに。高千穂に向かう登山電車は去年の9月、3日間も続いた大雨で崖崩れし不通になっている。以来、復旧の見込みはないそう。で、現在はバスで一時間半も掛けて登るしかないのだ。道路には泥が溶けて濁った雨水が排水溝から溢れ出ている。川のように冠水して、車は果敢にもバンパーを深い水たまりに突っ込んでいく。おいおい、この雨少しおさまらないかなぁ。バケツをひっくり返したように降りしきる雨を車窓から眺める。崖崩れでね…の駅員さんの訛りまじりの言葉が頭をよぎる。神様、私はそれほど悪人ではありませんから、どうか水で流したりしないで下さい~。天照大神の神話を覚えていますか?小学校の社会で習ったことかと思いますが。グレた弟に腹をたて岩穴に隠れてしまった天照大神。世界は光を失い災いだらけ、心配した神様達が岩戸の前で踊れ歌えの大騒ぎ。不思議に思った天照大神が覗き見たところを力自慢の神様がエイやっと戸を吹っ飛ばし、世界はまた明るくなったとか。天岩戸神社の宮司さんが仰るには、投げ飛ばされた岩戸は長野県の戸隠まで飛んで行ったとか。うそだぁ~、こじつけ過ぎるよ。こちらの苦笑を感じとったか、「御神体様には二礼二拝一礼でお願いします。」と、きつい口調で言われてしまった。うひゃ、さっきお賽銭あげているときの姿を見られてたんだっ!お賽銭箱の前で、はたと迷い、一瞬茫然と佇んでしまったのをあきれて見ていたにちがいない。「えっと、おじぎが先だっけ…?あれっ、音をたてて手を打って良いんだったかなぁ?」常識ないのがバレた。神様の揚げ足なんか取っているからバチが当たったのかも。観光ガイドで見る高千穂峡は、バスクリンみたいな緑色の川面が神秘的な景観を色鮮やかに引き立てる。残念ながら、雨水で水位の上がった川は黄土色に濁り、とうとうと流れていた。帰り道、高千穂鉄道の線路沿いにバスは走った。人が住まなくなった家と同じように、一年以上封鎖された線路はすっかり荒れ果てていた。草は生い茂り、電柱は折れ曲がり、線路は陥没し、復旧という言葉はここにはない。

ゴーマニズム

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あのねっ、ピアノを弾けるからといって威張って良いってことではないのよ。小さな子供でさえしばしばたしなめてしまう。ピアノを弾けることは素敵なことだけれども、だからといって人より優れていると勘違いしないようにと話しをする。ピアノが上達すると伴い、友達や親に対して発言が横柄になったりしたら、おぉ大変!その場で捕まり説教される。あのねっ、ピアノがちょっと上手だからといって…。プライドは良い。自分を育てる糧となる。しばしばプライドと勘違いされているようだけれど、傲慢はダメ。ゴーマニズムは心を貧しくしてしまう。学生の頃、ヨーロッパを旅した時にゴーマニズムを体験した。アルハンブラ宮殿の庭で休んでいた時のこと。海外からの学生対象の期間限定電車乗り放題チケットというのを買って貧乏旅行。気ままな長旅。泊まるホテルは、その日着いた駅の案内所で尋ねる。ホテル代を浮かせるために夜行列車での移動も。ドイツから入り、オーストリア、イタリア、フランスと巡る。スペインに夜行列車で入った頃には、長旅の疲れも出てくる。庭園の石で作られたベンチに腰掛けたら、もう動けない。低い植え込みに縁取られた長方形の池をぼんやりと眺めていた。ふと聞こえてきた会話。「嫌になるわね。日本人ってどこに行ってもいるのよ。」池の向こう側にはアメリカ人の二人連れがこちらを見ながら話しをしている。アルハンブラ宮殿に来てまで東洋人を見たくないってことよね。よもや自分達の会話を理解するとは考えが及ばなかったのか、声のトーンを下げようともしない。「英語を話せるのは地球上であんた達だけじゃないわよ」と、やり返した。ギョッと目を大きくし、何も言わずに身を翻して去って行った相手。きっと、彼女は何気ない自分の一言で旅の思い出に傷を付けただろうね。言い返した私もしばらく気は晴れなかった。常々感じるのだけれど、言語と音楽はとても似ている。理解する者同志で情報を共有できる。理解できない者に対して排他的になってしまう傾向がある。スペインで、見事に成長したブーゲンビリアに感激。巨大なアーチを作っていた。帰ってからちっちゃな鉢を買ってみたが、すぐに枯れてしまった。やはり温暖な気候でないとダメなんだね。宮崎空港の前に植わっていた見上げるほどのブーゲンビリアを見て、改めて思った次第。

独りきりの夕食

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地方に仕事で行って何が嫌かって。独りぼっちの夕食です。朝や昼には気にならないけれど、夜ご飯は独りきりは寂しい。オヤジさん達が飲み屋についつい寄ってしまうのは、別にご飯が食べたいんじゃなくて、誰かと話がしたいだけなんだね~。子供の孤食はいけないって言うけれど、本当にそうだね…。コミュ二ーションは最高のスパイス。ここ、宮崎県日向市にて。るるぶ片手にご当地自慢の伊勢えびの刺身、地鶏の塩焼き、うにの軍艦巻きっ…と勢い良く注文したけど、下半身失ってなお空をつかもうとする伊勢えびの頭を前に「私…、何やってんだろぅ」と、かえって白けてしまう。大きな活けすの前にぽつねんと独り伊勢えびと対座(Θ_Θ)。あれは海水だよね。くるくる泳いで回遊しているつもりなんだ。伊勢えびって、重なりあってヒゲだけ動かしているけれど、重苦しくないのかね~。オイ、上の奴らどいてくれって言えないしね。地鶏は新鮮っていうけど、まさか店の裏で首はねていないよね。子供の頃見かけた、農家のおじさんが飼っていた鳥の首をはねた場面を思い出す。なたで首を切り落とされても、首なしのままばたばたと羽を広げ、まるで踊り狂っているようだった。恐ろしくてその場から動けなかったっけ。ばかばかしいことや、とうに忘れたかと思っていた嫌な記憶しか頭に浮かんでこない。独りぼっちの夕食は味気ない。活けすの中の魚たちも、まったりと泳ぎながら、ガラス越しにこちらを白けて見ているようだった。数日前、東京駅で乗り込もうとした山手線にアラレちゃんが描かれていたが、さすがに写真は撮れない。「おぉ、鳥山アキラさんだったよね。アラレちゃん、久し振りぃ。」都会では、人々は流されるように動く。突飛な行動は人目をひく。宮崎空港に隣接された駅では、特急にちりん20号が赤くレトロ風に塗り直されて、ぱらぱらと乗り込む乗客を迎えていた。ゆったりと時間が流れる。乗ってビックリ!一号車の前半分が自由席で後ろ半分が指定席になっていた。ガランとした車内。指定席には黄色のカバーが掛かっていて、座っているのは私だけだった。

メッセージ

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音痴という言葉には使用上の注意が必要。言われた側にすると軽蔑された印象を受けるし。言った方は上から物を言うような態度にいやらしさを感じる。己に発すれば自己卑下に。日頃、生徒達相手に言いたいこと言い放題のくせに、他人からの言葉には敏感に反応する。そこんところを知ってか知らずか、挑発的に仕掛けてくる友人がいる。音大時代の級友。姉さん肌の彼女におとぼけ肌の私。何故だか永い付き合いが続いている。入学以来、互いのピアノ試験の点を気にしたりしてしのぎを削ったライバル。卒業後も時折連絡が入る。彼女の文面からは常に緊張感が漂う。ピアノが二台並んでいなくてよくレッスンができるわねぇ。すぐさま、ピアノをもう一台購入した。同じ曲を弾くってことは怠けているってことよね。ひぇっ、リサイタル毎に新しい曲を組み込む。あんたってパソコン音痴だよね。うんにゃ、ホームページ作るぞぉ!だいたい目的無しにピアノを弾くなんて良くないわよ。そうかなぁ、好きなら良いんじゃない。忙し過ぎて自分の時間がなくなるのはどうかしらね。う~む…。この辺から、いちいち相手にしなくなった。価値観はそれぞれに違くても構わないんだ。学生の頃は似たような境遇で同じ道を歩いていると感じていた。社会に一歩踏み出した途端、それが同じ分野であっても別々の道を歩んでいくんだね。「この度ホームページ開設しました。音痴も進化しておりますので悪しからず」と、メールを送ったが、返信してこなかった。彼女の発言に過剰反応してきたお陰で鍛えられた。今となっては感謝しているよ(^-^;)。一人の歩める人生はたったひとつだから、競争とか比較とかのものさしで計ってしまうと常に不平を感じて生きることになってしまう。だって、きりがないからね。窓から差し込む日差しは時間によって部屋の表情を変える。光が全てを輝かせる瞬間をとらえた。夕日に変わるほんの少し前。楽譜さえもまぶしく光って読めなかった。

フレンチなお昼

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誘われて、時々フランス料理を習いに行きます。習った料理を作ることはほとんどないけれど。違う世界を覗いてみるのも気分転換かな…。先生はデザートを含むフルコースをわずか二時間で作ってしまう。この日のデザートはマロンムースのケーキ。先生は簡単って仰いますが…。まず、メレンゲをしっかり泡立て粉をさっくりと合わせビスキュイを焼き、マロンクリームと生クリームでムースを作り、チョコレートソースにゼラチンを煮溶かして下準備。それらを合体させて、飾り付けをほどこし、リボンの腹巻きを結ぶ。このケーキ、どう見ても手間が掛かってますよね。だいたい、洗いものが大変じゃないですかっ!手間を掛けたものは確かに美味しい。二時間に及ぶ手間は、あっという間に胃袋にしまわれる。たらふく試食して満足~♪フランス料理はバターと生クリームに卵を欠かせないのだから、健康云々にこだわる方は、作っているところを見てはいけません。あっ、そんなにどっちゃりとバターですかぁ…。あれまぁ、生クリームを牛乳のようにたっぷりとぉ~。やはり、レストランで無邪気に舌鼓を打とう。知らぬが仏。誘われてフジ子・ヘミングさんのリサイタルに行ったことがあります。中年女性ファンで埋め尽くされたロビーで売られていたフジ子さんグッズ。これまた誘われて行ったことのある歌舞伎座の空気とよく似ている。いわゆるクラシックの演奏会とは雰囲気が異なっていた。彼女の独特な演奏に色々意見を言いたい向きもあるでしょうが、こういう世界があっても良いかも知れない。第一、世間のニーズに応えているじゃないですか。日本国内において、演奏だけで食べていけるピアニストはフジ子さんと中村紘子さんだけだそう。この世界はそうそう甘くない。

プログラム

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ポスターに印刷されたプログラムを恨めしく見やりながら、演奏会前に練習するのは毎度のこと。なんでまた、こんな猛烈なプログラムを組んでしまったのだろうか…。リサイタル前に繰り返される葛藤。学ばないんだよねぇ。プログラムを考えている時はひたすら理想主義に走ってしまう。あれも弾きたい、これも素敵と…。それで、実際に演奏会前になると、盛りだくさんの演目相手にしきりに後悔することに。すでにポスターやチラシは印刷されて配布されているから、今更曲目は変えられないし。なんで、こんなに難しいプログラムにしてしまったのかしら…。はぁっφ(.. )堂々めぐり。ベートーヴェン弾きとして知られるシュナーベルに対して、ベートーヴェンばかり弾いているから腕が落ちるんだ…なんて、ホロヴィッツが悪口を言ったとか言わないとか。まぁ、彼ほどの人物に何を言われても反論できないよね。オール・ショパンとか、一人の作曲家の作品のみを集めたプログラムは聴き手にとって難しい。ニューヨークでギャリック・オールソンがショパン全作品に挑んだ年、彼のリサイタルに出掛けた。ペダルの妙技に感心したものの、しばらくするとショパンだらけにすっかり飽きてしまった。確かシリーズで開催していたと覚えているが、それからは行かなかった。フェルツマンがバッハの連続演奏会をひらいていた時は、後半になると正直逃げ出したくなった。学生の頃は得意、不得意を問わずに何でも弾こうとするし、とりあえず弾けた方が良い。大人になれば、自己の好みやらを反映したプログラムを組んでいける。…とか言っても、少しはバラエティーに富んだほうが客としてはありがたい。だって肉料理ばかり食べたら飽きるじゃないですか?一介のピアノ弾きとしては、なるべく様々な嗜好に対応できるように、演目に頭をひねる。それなのに、「ショパンがお好きなんですね!」とか言われると、「他にも弾いてるでしょっ…。」「ピアノ弾きがショパン無視しては生きていけないだろがっ!」なんて、ムキになってしまう。まだまだ、青い大人なんですよ。恩師ジョセフ・ガーツ氏。退官してもなお、演奏活動に携わる。ご自身のリサイタル案内の葉書を送ってきてくれたのを、額に入れて飾っている。がんばっているからね、と辛い時は写真の恩師と目を合わせる。本人がこのことを知ったら大いに慌てるだろうね。僕はそれ程の人間じゃないって。この世界には珍しく謙虚な人だから。

ゴーヤの花

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毎年、門下生のおじいさんが夏になるとゴーヤを作って届けて下さる。お孫さんがお世話になっているからと。先生はビタミンをとらなきゃいけないと、こちらの心配までしてくれる。恐縮です…。聞くと出来の良いものから種を採って、翌年5月の暖かい日を選んで種を蒔くそう。作付けして芽が伸び始めると、ツルをはわせる棚も作り、たわわに実を付けるまで約2ヶ月余り。ゴーヤの花は黄色くて、キュウリのそれに似ているのだそう。おじいさんが手間を掛けたゴーヤは見事にまるまると太って7月の初旬ころから収穫される。丁寧に育てられたゴーヤは独特の苦味はあるが、野菜の甘味もあり柔らかい。それに比べると、スーパーで見かけるゴーヤはいぼいぼキュウリに見える。おかげさまでゴーヤ・レシピは相当増えた。ヒットは豚バラ肉とゴーヤのチャーハン。止めておけば良かったのはゴーヤ・カレー。発見!ゴーヤは決して煮込んではいけません。あのほろ苦さは煮込むと助長され、やり切れなくなります。夏に庭でスイカの種を食べながらピューピュー飛ばして遊んだけれども、翌年スイカはならなかった。やはり丹誠込めて作らなくては芽も出ないのよねぇ。ピアノを教えるのも共通点があるかと思う。種をまいてから大事に育てないと実らない。お母さん方は練習させるのが大変だとこぼすけれど、レッスンに通っているだけでは上達しない。反復練習は何においても不可欠だが時間はとられる。何事も達成するには時間が掛かる。しかし、現代の子供達にとって時間が豊富にあるわけではなく、そこんところが親子のジレンマになっていく。個性より、器用さを求められる傾向がある現代かな。レッスンについて来られたお母さんにお茶を入れる。お疲れ様です。まぁ、一息ついて下さいな。コーヒーが冷めないステンレスのポットは生協で購入。案外おしゃれでしょ~。器は砥部焼き。四国に仕事で行った折、見つけたカップ。小ぶりでぽってりと、手の中におさまって癒される。…で、ギャラは使ってしまった。

御利益とは

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柏屋さんの薄皮饅頭は美味しい。飽きっぽい私としては珍しく、永年に渡り好物リストに挙げられている。茶色の薄皮に包まれた甘味を控えたあんこはやわらかく炊かれていて、口の中でほわりと溶ける。レッスンの合間にお茶とともに一つ摘まんで元気回復。ウルトラマンではないけれど、エネルギーが切れると頭も口も動きが鈍ってくる。福島県に柏屋さんの本店があり、偶然車で前を通り掛かったので寄ってみた。近代的な店舗の中では多彩なお菓子を展開している。やはりお薦めは薄皮饅頭。大学生の頃、スキー土産といえば、この饅頭と野沢菜だったなぁ。音大生にしてはちょいと渋いセレクトですがね。本店の入り口には、きれいにまあるく削られた饅頭岩が、ごたいそうに飾られて鎮座していた。大人が二人でも抱えきれない程の胴回り。岩の形が饅頭に見えるところからしめ縄を巻かれて…。いったい何かの御利益があるのでしょうかね?(-"-;)ホロヴィッツが生前に使用していたスタインウェイのコンサート・グランド・ピアノがアメリカ各地の楽器店で展示されていたことがあった。人寄せパンダ。主を失ったピアノはひっそりとしていて、鳴ることを忘れてしまったかのよう。茶色く古びたピアノは、触ってみると柔らかいタッチと非常に浅い打鍵。これなら、平ったく伸びた指でペラペラと弾けるわけだ。録画で観たホロヴィッツ独特の指さばきを回想する。あのホロヴィッツのピアノが見れる!喜び勇んで出掛けてみたものの、思う程には人だかりがあるわけでもなく。小さな子供までが無造作に触っていて、良いのかなってひやりとしたものだけれど。なんだか寂しげな見世物と化していた。後から、ホロヴィッツは何台もピアノを所有していて、その内の一台が全国ツアー?に出されていたのだと聞いた。しめ縄こそ巻かれていなかったけれど、御利益思想は饅頭の形をした岩と同じよね。

スイカな関係

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突然テキサスに住むヘレンから電話があった。特に何もないお昼時に電話が鳴る。「もしもし…」「ハロー!ナオミ?イッツ・ヘレン!」「オー・マイ・ゴッド!ワッツ・アップ?」きゃ~っ、久しぶりぃ。嬉しい驚きに一気にテンションが上がる。彼女の声を聞くのはかれこれ13年振りになるかしら。ヘレンとはルイジアナ州立大学での同窓。卒業してからはお互いに手紙でやり取りしていたが、ここ近年は年に一度程度のやり取りのみで、それさえもあやふやになりかけていた。全てのことが消えてしまいそうな程の距離。すでに、遠い国。遠い思い出。ヘレンはマレーシアからの留学生で猫フリーク。ルイジアナ州立大学は州都バトン・ルージュという街にある。私がいよいよ引っ越すという前日、頼んだわけでもないのに、ひょっこり手伝いに来てくれた。夕方、荷物が運び出されると、部屋の中はガランとしてもう何もすることはない。何を思ったのか、「ねぇ、スイカ丸ごと食べない?」と、ヘレン。日本のまあるいスイカと違い、アメリカのは横長。小振りなサイズを選んだところでもデカい。スーパーでスイカを買い込んで、2つに割ってスプーンですくって食べた。座る椅子はもうないから、床に2人でペタンと座ってスイカを抱えてもくもくと食べた。「前から、こうやってスイカ食べたかったんだ~。」面白い子だな…。それまでも、心細くなると、さり気なくそばにいてくれたヘレンらしい別れの儀式だね。先にも後にも、スイカをあんな風に食べたことはない…。かれこれ小一時間、互いのその後や仕事の話しをして電話を切った後、ふと思った。きっと、ヘレンは何か聞いて欲しいことがあったんだよね。猫が9匹に増えたことを言いたかっただけではあるまい。胸の内を聞いて欲しかったから、十年以上も経った今、電話してきたんだよね。今度は私がスイカを割ってあげる番だったのに、気が付かないでゴメン。来月はクリスマス。ヘレンにプレゼントでも探してみようかな。今年は白をベースに赤を少し効かせてクリスマスを飾ってみようと思う。

解禁の日

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16日はボジョレーヌーボ解禁の日でした。なんて書き始めると、よほどのワイン通みたいですが、立ち寄った酒屋さんの店先が華やかな旗に彩られていて、そのことを知った程度。普段あまりワインは飲まない。格好付ける時くらいなもの。例えば、フレンチ・レストランでビールを頼むとお里が知れちゃう気がするからワインを注文するっていう具合。そもそもボジョレーヌーボの解禁日とはなんじゃろか?毎年11月の第三木曜日にその年の新作ワインを販売開始してよろしいという法律がフランスの製造地であるらしい。この慣習は、期間限定とか先物という言葉が好きな日本人にうけた。今やご当地より日本の方が「ボジョレーヌーボ~」って、騒いでいるのじゃないかとの声も。ワインは白なら一年、赤なら二年以上ねかせるのだそうだが、ボジョレーヌーボは仕込んでから二ヶ月で飲める新種ワインだそう。あっ、これは全て受け売りです。ワイン音痴でさえ、解禁の旗の下ではボトルを手に取り、何だか買わなきゃ損な気分になりますよね。そうだ、この浮かれた気分をお歳暮にしようっと。思い立って、友人に送ろうと注文書を書きながら、ふと思う。果たして相手はワインが好きなのだろうか?嗜好品をプレゼントするのは案外難しいもの。そこで携帯からメール。「ワイン飲みます?」と、送信してみる。唐突な問いかけに、「飲み会ですかぁ?」の返信。この方、確実に飲みますね~と判断。二本選んで包んでもらう。選択基準はボトルのセンスってところが素人だよね。お箱にのし紙掛けますか?いいえ、リボンにしてちょうだいな。お店に残り一本というワインは自分用に買ってみた。この場合の基準は売れ筋ってことで、知識も情報もない人間には確実なガイドライン。知ったかぶりの買い物客は、「若いワインは爽やかだけれど、コクが今一つなのよね~。」よし、このセリフいただきます。「若いピアニストは爽やかに演奏するけれど、深みに欠けるわねぇ。」うん、知ったかぶりに聞こえる。ところで、新作ワインは飲まないでとって置いても良いんですか?いいえ、年内には飲んだ方が良いそうです。すると、たったひと月の命なんですね。去年のがまだあるんですがね…。

やんちゃ坊主

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巷では、ピアノの上手な男の子をたくさん見掛けるようになった。もはや、男の子がピアノを弾けるのは珍しいという現象ではなくなったかな。ここにも男の子がけっこう習いに来ている。女の子に対して1:4の割合。どうしたことか、やんちゃ坊主が多い。なだめたり、すかしたり、誉めたり、脅したりと、あの手この手で教えている。今、デス・ノートという映画が流行っていますが、話しの筋を知っていますか?悪魔のノートに名前を書くとその人は死んでしまうというストーリー。レッスン室に入ってくるなり、週末に熱が出て3日もピアノが弾けなかったと、言い訳を始めるやんちゃ坊主。しかし、映画には行けたらしい。話の結末まで教えてくれた。これから、観に行こうと思っていたのにぃ。「この次に練習してこなかったら、君の名前、デス・ノートに書くよ!」って、脅したら、蒼くなって帰って行った。あっ、小学生を相手にキツかったかな…と、心配したが、翌週も練習して来なかった。敗北。反抗期で態度が横柄になってきた中学生。誰のお陰でピアノ習えると思うのさっ。他人の子供に説教。一向に聞かないし、効かない。おいっ、人が話をしている時に髪の毛いじるなっ。落ち着きがなく、じっと座っていられない男の子。まずは、黙って座れるところから始めてみようか。ねぇ、お話ししている時は、先生の目を見ようね。ピアノ指導というより、生活指導。日々、このように格闘している。これが4人おきにやって来る。ピアノは練習が大変だから止めたいという。大変なほど練習してこないのに限ってそう言う。それじゃぁ、ピアノが弾けるようになったら止めようね~と、相手にしない。時には、「決まっているじゃない。ピアノは大変なのよっ!」と、真っ向から対決してみる。…が、聞いてはいない。私の顔を透視して、後ろの壁紙を見ている。しかし、彼らが本気を出すとかなわない。彼らの音楽は全く自由だ。決して媚びない、迷わない、気にしない。澄んだ音色をいとも自然に生み出してしまう。オー・ボーイ!やるじゃない。やんちゃ坊主をそこまで集中させるのが至難の技。調教という言葉がかすめる。ティム・バートンの映画、ナイトメア・ビフォア・クリスマスに登場する三人組、悪ガキトリオ。オタクショップで見つけたフィギュア。一人足りない。残りの一人、探しています。

ダリアの球根

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ガーデニングが流行ってからというもの、庭先に咲く花の種類が変わってきましたよね。このところ、ダリアの花はあまり見かけないかな。少なくとも、多様な花に混じり存在感が薄くなったような気がするけれど。食いしん坊だった私は軒下のダリアの球根をサツマイモだと思いこんでかじったことがある。あの頃、すでに幼稚園には上がっていたかと思う。あまりにも不味かったので、今だにあの渋さを覚えている。亡き祖父は定年後、菊の花を丹誠込めて育てていた。季節になると縁側の前には鉢が並び、一本の太い茎に支えられた大輪の花が誇らしげに咲いていた。私にはその美しさは分からなかったけれど。軒下を覗けば、鉢だの針金だのに混じって球根が転がっていた。その一つを洗いもしないでかじったのは何故だか思い付かない。好奇心?後からかじりかけの球根を発見した祖父は、お腹のことより球根のことだけ心配していた。その祖父の最後の言葉は、見舞いに行った私の顔を見て「なおちゃん…」と、一言。間もなく眠るように息をしなくなった。数えで90歳。介護をしていた叔母は、なんで私の名前じゃないのよって、ふくれていたけれどもホッとしていたと思う。ピアノに興味を示さなかった祖父だったが、ピアノを得意とする孫には優しかった。祖父がまだ現役で働いていた頃の一枚。当時、造船会社の景気は良く、祖父は孫の私達をあちらこちらに連れて歩いた。

こだわり

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エニアグラム、ご存知ですか?友人に薦められてエニアグラムなる本を読んでみました。PHP文庫出版の「子どもをのばす9つの性格・エニアグラムと最良の親子関係」、鈴木秀子著。それによると、人間の性格は大きく9通りのパターンに分類でき、行動及び思考はそれぞれのタイプによって支配されるそうです。ふむふむ…。どうやら、私は完璧主義タイプらしい。確かにそうかもしれない。特徴とされるこだわりは強い。完璧主義というのは実に窮屈なもんです。自分に課題を課して、思い描いた通りに事が運ばないと、しばしばパニックに陥るのですから。完璧とは希望的妄想でしょ。舞台の上でこのいただけない性格が顕著に作動し、完璧な演奏を求めてあがくことしばしば。しまった、こんなところでペダルが切れてしまうなんてっ。あぁ、トゥリルがきれいに入らなかった。あちゃ、左手の音抜けたぁ~。際限のない予想外の出来事に、気力が押しつぶされそうになる。完璧でないことに気を取られている場合じゃないと自制心が叫ぶ。「心よ折れるなっ!集中しろ!」常に心の中で葛藤と戦いながら演奏していることになります。つい妥協は敗北と考えてしまう傾向が強いので、まぁ良いや…なんて考える余裕は無し。現実には完璧な演奏というのはありえないから、常に敗北感と焦慮を覚えることに。同時に、本番だからこそ生み出されてくる音色や微妙な曲想に我ながら歓喜したり。そっか、ここのrit.はこの位が良いんだ。よしっ、今の間の取り方はベストだった。あっ、今の高い音キラッと輝いたよね!うんぬん。演奏会が終われば、一人芝居にぐったり。次の演奏会に向けてプログラムを組み立てている時、選曲をにもこだわりを見せます。あまり知られていないこじゃれた曲は好き。プログラムには耳新しい曲を必ず入れるようにしているのがこだわりかな。いつもアンテナを張って、良い曲探し。マクドウェル、バーバー、コープランド、グリフィスなどアメリカものには馴染みがある。モンポウ、レスピーギ、セブラック、カスキなどなど。探してみると、なかなかお洒落な小曲が見つかります。学生の頃、マクドウェルのケルティック・ソナタにはまったことがありました。大好き呼ばわりしていたら、ある日、音楽史のハーリンガー教授が「くだらん曲だ」と、言っていたのを耳にし、お気に入りリストからあっさり外してしまったっけ。こだわるくせに、気変わりも早い。他人から非難されると脆いのも、完璧主義の特徴かも。季節ごとにレッスン室の置物は変える。ピアノの本はアルファベット順に並ぶ。鉛筆は2Bに限る。電球は白色は避けてオレンジ色に。時間は守る。細かいことにこだわりを見せることは周知。しかし、ボトル・ガムをキャンディ・ボックスにいちいち移しかえしているのはやりすぎだと、生徒に指摘された。「先生、疲れない?」はい、疲れます。

夢と初恋

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小さな頃はピアノの先生になりたかったけれど、今の夢は違うんです。幾分、申し訳なさそうな顔で告げる生徒。だいぶ背も伸びて、おしゃれにだって気を使うようになってきた。夢がもうひとつ見つかったなんて素敵じゃない。何もピアノが上手だからといって、ピアノに携わる仕事に向かってレールが敷かれているわけではないしね。可能性は無限に広がってうらやましい。ピアノは一生楽しめる。小さな頃になりたかった職業は初恋と同じ。「初恋の人とは多分結婚しないのと同じで、大抵の場合初めの夢とは違う職業につくわよ。」うん、我ながら名言。小学校の卒業文集に、「将来僕はお父さんの会社を継いで、更に大きく成功させたいです」と、見かけたことがある。親御さんからみたら涙が出そうな美談で、他人からみたらなんてこまっしゃくれたガキってところ。立場が違えば、夢とて見方が変わってくる。親の立場から希望を述べれば、本人の興味が生かせればという建て前と、本音には大きな隔たりがある。作曲家シューマンは親の期待を裏切った。法律家への期待を捨て、音楽家に。恩師ヴィークの猛反対を押し切って娘の女流ピアニスト、クララと結婚。幸せな結婚生活をスタートしたかと思うが、間もなくして精神を病み始める。孤独な精神病院での死。46歳の若さで。もしかして親の勧めに従い法律家になっていたら、長生きしたかもしれない。平和に暮らし、家族に囲まれた穏やかな死を迎えたかも。しかしそれでは、法律家として功績を残したとしても百年も経たないうちに忘れ去られてしまうだろう。芸術家は時を越えて生きることができる。生み出した作品は繰り返し愛でられる。作曲家として生前に苦しみ抜いたとしても、死後功績を永きに渡り讃えられる。果たしてどちらが良いのだろうか…?親の見地からすれば、絶対前者。平凡で良いから幸せに。増えたCDは衝立の後ろに隠して収納、出すのがおっくうになった…。

ゴブラン織り

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昨日、ドビュッシーの喜びの島を弾きました。この曲を初めてまともに聴いたのはサン・フランシスコ郊外にあるノートルダム大学でのこと。以来、お気に入りの一曲に。トーマス・ハンセンというピアニストが学内ホールでのリサイタルでこの曲を演奏したのがきっかけに。ほうっ、なんて格好良い曲なんだろぅ。トムにもう一度弾いてくれないかとせがんだところ、「僕はリクエストに普段あまり応えないんだけれど君には特別ね。」アメリカ人特有のリップ・サービス。(=^▽^=)トムは有能なピアニストなのに、何故こんな所に埋もれているんだろうか…。数年後に、ミシガン州で開催されていたヤング・アーティスト・ピアノ・コンペティションの本選会場で再会した。敗退。すでに30才を越えていたトムはピアニスト人生を賭けての賞獲得に必死だった。大陸には才能ある人材がうようよいる。あれから、ヴァイオリン科の学生だったミンスクと再婚して、クリスマスになるとめちゃ可愛い女の子の写真をカードにはさんで送ってくる。ピアノ教師として落ち着いたようで、ほっと彼の幸せを祝福しながらも複雑な心境を思っていたりして。ドビュッシーは、ワトーの名画「シテール島への乗船」を観て、「喜びの島」を作曲したという。実際に美術館で観た。オレンジがかった茶色でゴブラン織りみたいな絵画。シテール島は愛の島とされているらしいから、愛の島へのデートがテーマと解釈すればこの上なく分かりやすい。ゴブラン織りを知らない方へ。母が若い時購入したタペストリー、大きすぎて行き場がなく階段の壁に。釘でガンガン打ち付けてしまったから、もうはがせない。

演奏への報酬

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リサイタル前になると練習中に弦を切ってしまうことが。ビシッと鈍い音が響き弦が切れる。あ~ぁ。また調律頼まなきゃ…。弦が切れた後の音は魂が抜けたような、ふぬけた音しか出さない。三本のうち二本まだ残っているんだからしっかりしろぉ!緊急事態発生のノリで調律師に電話をかける。少々興奮気味に、「弦を切っちゃいましたぁ。」彼女は陰日向となく、いつでもどんな時にでも助けてくれる。すると、「弦が断線するのは、たくさん練習したからっていうわけではありません。まぁ、金属疲労とタイミングですね。」そう言わずに、「凄いですね!弦が切れる程練習なさるなんて…」とか何とか、誉めて下さいよ。そうそう、中村紘子さんが自署の中で、リサイタルの後はいくつになっても誉めてもらいたいと書いていたっけ。そりゃそうだよねぇ。二時間近くも弾いて、ただお疲れ様とかご苦労様でしたとか言われると、「そうよっ。こんな仕事は疲れるわよ!ご苦労様に決まってんじゃないさっ」`ε´演奏の後には、単純にどう感じたか聞きたいだけ。まるで子供のように誉めてもらいたいのです。ご挨拶程度の内容だとよそよそしく聞こえ、かえって腹が立つかもね。彼女ほどの大御所でさえ誉められたい願望があるのなら大声で言ってしまおう。是非、誉めて下さいっ~!ピアニストという生き物は、ミニチュアのドールハウスのような世界に住んでいるのかも知れない。現実味のない小さな世界…?

楽譜に忠実

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マルティン・シュタットフェルト。1980年生まれのドイツ人ピアニスト。6才でピアノを始め、9才でデビュー・コンサート。早熟は天才児の条件。数々の輝かしいコンクール入賞歴の中でも、2002年のバッハ国際コンクールに優勝したことで、世界中から一躍注目されるピアニストとなる。加えてハンサム。それも大事。イタリア協奏曲を演奏するにあたり、彼のバッハを聴いてみた。ソニー・クラシカル社から出ている「プレイズ・バッハ」というCD。迷いのない明るい音が踊る。豊かな独創性に躍動感溢れる魅力的な演奏。若いって良いな~。お薦めの一枚ですが、決してお稽古のお供にしてはいけません。何故ならば、興奮すると勝手に左手の旋律をオクターブで弾いちゃうのです。確かにバロック音楽は即興性をもって演奏しても構わないという議論もあるでしょう。でも、果たしてそんなにドカスカ弾いちゃって良いんでしょうか…?余裕のテクニックに圧倒されます。まぁまぁ、それはそれで良いじゃないと思える気持ちの余裕がない方は聴かないこと。ジレンマに陥ってしまいますから。真似して音を足して弾いてみたら、楽しい。さて、今度は楽譜通りに弾いてみるとなんだか妙にあっさりと聴こえて仕方ない。だから、お手本にするとまずいって言うんです。取りあえず楽譜には忠実に。モーツァルト生誕250年を祝うワイン。きっと甘口なんだろうね。ボトルがかわいいから、しばらく飾っておいた。リサイタルが終了したら開けてみようかな。楽しみ~。

ピンポン・ダッシュ

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いつも元気ですよねぇ~。こう言われるとちょっぴり複雑な心境になるのは何故だろうか?それほどでもないですっと反撃したい気持ちに駆られる。元気で悪いわけがないのにね。確かに、年々丈夫に…というよりは、しぶとくなってきた感じはします。それでも、疲れが溜まると鼻の頭が赤く腫れてめんちょうになって、危険信号の役目をする。少し休んだ方が良いよって。正しくは(めんちょう)と言わないのだそうだけど。友人の看護士さんに(めんちょう)について尋ねてみた。めんちょうっていったい何です?=(膿瘍)です。多くは細菌性なので抗生物質の内服や軟膏で治療します。しかし疲労が著しかったり、何らかの影響で自己免疫力が低下したりすると、ウィルス性のヘルペスの可能性もあります。=ふぅ~ん(@_@)要するに、たかがめんちょうと言わずに医者に診てもらいましょう…ってことか。疲れが溜まると病気になりやすいってことよね。そういえば数年前、水疱瘡(みずぼうそう)にかかったことがありました。背中にポツポツできた発疹を見て、ダニに喰われたの、食あたりだの言われた。みるみるうちに、体中に広がり慌てて近所の友達の家に駆け込んだ。水疱瘡だよって、さすが三人育てた彼女は一目で言い当てた。えぇ~っ、子供の頃にかかっていなかったんだ。法定伝染病ではレッスンはお休み。熱がひいたら練習が思いっきりできる。やった~!普段、合間を縫って練習時間を捻出している身からすれば天国!好きなだけピアノに向かえる幸せ。かゆみ止めの白い薬を綿棒でポツポツ塗って練習開始。間もなく、ピンポーンとドアベルが鳴る。レッスンは休みって言ったのに…。ドアを開けるが誰もいない。足元に果物カゴが。ピンポン・ダッシュでお見舞いだった。まるで、子供のいたずらみたい。嬉しいやら、可笑しいやら。ちなみに、白い塗り薬は、かゆみ止めではなく、抗ウィルス剤だと思います…だそうです。はぁ~っ、おみそれしました。チョコレートが入っていた容器にはお砂糖を、ゼリーを食べた後のグラスにはミルクを入れて再利用。

ごはんカフェ

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グルメの街、東京は世界中の料理が味わえると言う。ちょっと美味しい話。朝、テレビのニュース番組を見ながら身支度をしていた。カフェと呼ばれる、こだわり食材のレストランがトレンドとか。ふ~ん。コーヒーをすすりながら何となく観ているだけのテレビ。今日は遠出の日。東京駅まで約一時間かぁ~と、逆算しながら特急の時刻表を引っ張り出す。わかしお号とか電車にいちいち名前が付いているのが何とも旅情を掻き立てるよね。東京に着き、地下鉄に乗るべく早足で東京国際フォーラムを日比谷駅まで駆け抜ける。地下道って長いんだよね~。もう少し連絡良くしてくれると楽なんだけれど…。ふと道端の看板を目が捉える。あっ、朝テレビで観たごはんカフェだ。すごい発見!帰りにぜったい寄ろうっと。重い足取りも急に軽くなる。それからはソワソワうわの空。用事を済ませ、待ちに待ったごはんカフェに入店。ここだ!テレビに映っていたのは。白と焦げ茶色で統一されたお洒落な内装。席に案内されると、即座にごはんに味噌汁と漬け物を注文。これほど質素なお膳にわくわくしたことは、かつてなかった。炊きたての白いごはん。先ずは、ひと口。う~ん、ほっかほかで美味しい。けれど…、おかずがない。ごはんだけじゃ喉を通らない。飽食に慣れた身には口寂しい。これが流行りなんだからと言いきかせてみたものの、今一つ納得できなかったのはお値段が質素でなかったからかな~。まぁ東京だからね。田舎者はこの一言で全てを解決しようとする。このお店、今朝テレビで紹介されてましたよね?ウェイトレスさんに念を入れて聞いてしまったけれども、それっておばさん臭い行動よね。同じ微妙な体験がしてみたい方は東京国際フォーラム一階のごはんカフェまでどうぞ。東京国際フォーラムといえば、ベートーヴェン週間を去年のゴールデンウイークあたりに開催していて大いに楽しんだ思い出がある。2日間に渡り、ソロ、室内楽、交響曲や協奏曲を聴きまくり充実したひと時を満喫した。今年はモーツァルト週間だった。チケット買おうかなぁ~と、思うものの実際に前売り券を押さえるほどの魅力を感じられなかった。来年はもうやらないらしい。やはりね…。ベートーヴェンの後に誰が続けるんだろうか?どのジャンルでも素晴らしい名曲を書き上げたベートーヴェンだが、オペラだけは苦手意識があって書けなかったらしい。珍しくプログラムをとってあった。

盲目のピアニストへ

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ちょうど1ヶ月前に盲目のピアニスト・中西君の演奏を聴きました。彼はまだ、中学生くらいかな。曲目はショパンの練習曲Op.25-7嬰ハ短調。ゆったりとしたこの練習曲は、まずメロディーが低音域に現れ、続いて高音域に後を追いようにメロディーが流れます。2つの旋律が絡み合うような作風から、二重唱というあだ名がある曲。非常に哀愁を帯び、昨年の初頭、父親が突然他界してからは特別な曲になっています。この曲をアンコールに父の思い出に捧げるべく弾いてから、随分と久しく感じる。予期せぬ死に慌て、親不孝を嘆いたけれど。以来、日々の生活に忙殺されて悼みが薄らいでいたところに、彼の演奏でガツンとやられてしまいましたね。自分の音をよ~く聴いている。ひとつひとつ丁寧に発音しようとする姿勢、正直な演奏にもう涙が止まらない。舞台裏から立ち去ろうとする親子を捕まえて「弾いてくれてありがとう…」と伝えた途端、涙が再びこみ上げて後が言葉にならない。盲目ながらも頑張っている姿に感動したのではなく、私の思いを掻き立てた彼の音色に感動したと伝えられなくて…。ここに、ありがとう。ベートーヴェンの胸像をプレゼントしてくれた人がいた。偉大な作曲家の胸像は、げんこつサイズ。

霧の深い朝

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朝早く外に出ると一面真っ白な世界。朝霧の深いことがちょくちょくあるのは田舎住まいならでは。山の上にある我が家は朝霧の中にぼうっと浮かび上がって見える。まるで避暑地にいるみたい。八ヶ岳はこんな感じかしら…。なんて、住宅街のくせに周りが霞めば避暑地に…見えるわけはないか。山を下ると田んぼが広がり、実にのどかな田園地帯。米どころであるがために温かい日の翌朝は、水田から立ち上がる水蒸気で息が詰まるほどの湿気に満たされる。地元の人によれば、美味しいお米はおにぎりにした時に違いが分かるらしい。冷えてもウマいそうです。ここは何でも良く穫れる。レッスン室の前に、トマト、きゅうり、ナス、トウモロコシ、大根、里芋、かぼちゃ、サツマイモだのが届く。何も言わずに扉の前にドンって置いていくから、初めのころは戸惑った。いったい傘地蔵は誰か探し出すと、そんなもん穫れすぎて困ったから…。そんなもんを貰ってしまい恐縮する。泥のついた野菜。地元の先生仲間に連絡を取ったところ、「今、農繁期だから忙しくてレッスンどころじゃないんだよね~」と、言われたことがあって驚いた。叔母から聞いた話が蘇った。「子供の頃、農繁期になるとクラスがガラガラになるほど生徒が休むんだけど、先生も慣れたもんでねぇ~」横浜郊外での昔話。ここ千葉郊外では今も農繁期は忙しく、ピアノ教師は心も食も豊かなんだよね。

黄色いバラ

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母曰わく、幼少の頃から有名なピアノの先生のところに通っていたらしい。母には申し訳ないけれど、先生の名前も顔も忘れてしまった。庭先に咲いていたバラを窓越しに眺めていたことは鮮明に記憶に残っている。黄色いバラ。垣根より高い位置に花をつけるので玄関に回る道路側からでも見ることができた。生活感の無い空間に置かれた品々はどれも素敵で、あたかも凛とした力を備えているかのよう。部屋の中を憧れの眼差しで見回していた覚えがある。どんよりとした空気は重たかった。この部屋に一人ぼっちで取り残されたら嫌だよぅ…。威圧感は子供ながらも感じていたのかも。小3の女の子が、ピアスを指差して、痛くなかったかと聞いてきた。私の一言で将来、不良になってもらっては困ると思い、脅しにかかる。そりゃあ痛いよ!血がいっぱい出て痛いけれど、まぁ一週間ほどで腫れはひくから、やりたかったら大学生になってからにしなさい。それならば何故ピアスにしたのか突っ込まれた(ρ_-)oそりゃそうね。ピアノを弾くのに邪魔だから、指輪やネックレスはしない。唯一、ピアスだけでお洒落を楽しむ。買った時に入っていた箱はどこかへ行ってしまった。がしゃがしゃ無造作に入れたお皿の中から、その日のお気に入りをつまみ上げる。

甘過ぎる…

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甘い物が苦手という人はきっとガマンしているだけに違いない。甘党の私は渡米した頃、アイスクリームが余りに安いので嬉しくて嬉しくて、スーパーに足しげく通っていたことが。パイント容器、だいたい500ミリリットル、ブルガリア・ヨーグルトの容器を思い浮かべてみて下さい。それを抱えてはペロリと食べていましたから。種類もたくさんあってバナナ・ナッツ・キャラメルリボンだのブラック・フォレスト・クラウドだの、すごいネーミングから中身が想像できる。ちなみに後者はチョコレート味のスポンジケーキとアメリカン・チェリーのブランデー煮にマシュマロがからまるバニラアスクリーム。何を見ても物珍しい頃。アイスクリームが思いっきり食べられるだけだけで、すごく幸せだった。丁度、日本ではハーゲンダッツが出店し長蛇の列に並んだあげく、こじんまりとしたカップをようやく手に入れてはこってりした味わいに外国を噛みしめていた。高級品。うわさの味はクッキー&クリーム。アイスクリーム三昧は、帰国の度に太ったと言われ、じきに止めてしまったけれど。アメリカ人はお年寄りだって甘党。「僕のオヤジは毎晩溶けかけたアイスクリームを食べながらフットボールの試合を見ていたんだ。それ程ビッグにはならなかったけどなぁ。」いいや、絶対に大男に違いない。息子の方はピアノ科の学生で、小学校の先生をしている奥さんが生活を支えていた。奥さんは朝に小さな男の子を保育園に預けて出勤するという。既婚、子持ちで無職の音大生。アメリカの大学では様々な立場の人間が学ぶとは聞いていたが、驚きは隠せない。他にもいた。学友のタイースは三人の子持ち。夫のウィルは職場を転々とするので、いつも困っていた。ヒッピーのような生活から足を洗うのよと言う。タイースの父親は弁護士で大きな事務所を構えているのに援助はしない。ヘンリーはブロードウェイでミュージカルのピアノ弾きをしていたが、安定した就職口を見つけるために学歴を更につけたいという。奥さんは歌手といい、えらく陽気で巨体を派手に着飾っていた。小さな娘は奥さんそっくり。ヘンリーは生活のためのバイトに明け暮れ、学内のロビーで死んだように寝ていたっけ。そんなにしてまでピアノ科専攻なんて…。もっとお金になりそうな専門にしたらどうなんだろうと、余計な心配をしていた。卒業後それぞれ地方の大学に就職口を見つけたと聞き、良かったと心から祝う。アメリカは、州立大学、私立大学にかかわらず音楽科を設定している学校が多いからこそなんだよね。就職のチャンスは日本より門戸が広い。信念を貫き通して成功を収める。ロッキー神話。当然のように、親に全てお膳立てしてもらいながら育ってきた。甘過ぎた…。黄ばんだ卒業証書には思い出が詰まっている。

文化の違い

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朝起きが辛くなってきました。我が家の朝は早い。朝焼けに目を細めながら車に乗り込むと、車内の寒さに思わず身震いします。来年はいのししか~。新聞にはさまれている年賀状印刷の広告を見ると年の瀬を感じます。朝からドーナツとコーヒーで、干支を数えている。そういえば、「日本人に西欧音楽は無理だよ。文化が違うからねぇ…」と、唱える声は今やほとんど聞かなくなりましたね。受け入れ上手な日本人は、外国から仕入れたアイデアを自己の文化で消化する。ベイシティー・ローラーズっていうタータンチェック衣装のイギリス・バンドを知っていますか?巨人の原監督がまだ高校生だった頃に流行ったけれど、あれから日本人は自前のバンドでけっこう楽しんでいる。受け入れてからオリジナリティを出す。そうでないと、ただの真似っこで終わってしまう。クラシック音楽にだって流行りがある。選曲にしろ、衣装にしろ、演奏の仕方にしろ。伝統音楽でありながら時代を反映する。今や肩肘張らず生活に取り入れられたクラシック音楽。借り物音楽だなんて意識は薄く、伝統にしばられず自分の感性で演奏するのが流行りかも知れません。真似する乞食はもらいが少な~い。お前の母さんでべそっ。「でべそじゃないもんっ」顔を赤くしてどなり返したっけ。今時、外でどなりあっている子供達は見かけない。母親の悪口言われて暴れたサッカー選手。人間の感情に文化の差はない…(-o-;)ボロボロになったサッカーボール。愛犬が必死に追いかけている。たまには、一緒に遊んであげようと思った。間違えてボールではなく顔をけってしまった。ごめん!痛かったよね…。

練習嫌い

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小さな頃はピアノの練習が嫌で嫌で逃げ回っていました。勝手に時計の針を進めてみたり、好きな曲ばかり弾いて時間を稼いでみたり、親の監視をくぐり抜けるのに頭を使ったものでした。子供が二時間も三時間も毎日ピアノの前に喜んで向かうなんて不健康。「家の子練習しないんです」と、こぼすお母さん方。あなたのお子さんはいたって普通です。困ったちゃん扱いしていたのに、この普通という言葉を他人に言われた途端にカチンとくるようで。何かと特別扱いしないと大抵の場合満足して頂けない。相手の気持ちの裏まで汲み取るのも大変難しい。興味を持てる選曲が練習時間を左右する。でもね…決してお母さん方の満足のいくだけの練習量は実現不可能ですから。少しの頑張りが実を結ぶ。大人だって同じ。リサイタルの前になると何だかそわそわ料理を始めるのがこのところの行動パターン。これも練習からの逃避なんだよね…と分かっていながらもひたすら包丁を振るうことがしばしば。それで食卓は一時的に豊かになる。ルクルーゼの鍋は良いらしい。ピアノが弾き手を選ぶように、鍋にも使い手は選ばれるという。

カンタービレ

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のだめカンタービレというコミック本が売れに売れ、ついにテレビドラマ化されたことはピアノ・ファンでならずともご存知のことでしょう。流行りのドラマやコマーシャルにクラシック音楽が挿入されていると、ついつい自分のプログラムに取り入れることがあります。別にお客様に喜んで頂こうとか、チケットが売れるかしらなんて下心がない訳でもないのですが…。さんぶの森でのリサイタルには、ドラマで流れていたベートーヴェンの悲愴ソナタをちゃっかり弾きます。主人公が第二楽章を弾いていた場面を、レッスンに来た生徒に「何の曲だか分かった?」なんて曲当てクイズしたりして。彼らからの質問は、いったい音大とはドラマの中のような世界なのか…と憧れ混じりで気になる様子。そうでもあり、そうでもなし。懐かしさが込み上げてくる場面があることは確か。格好良い人はいなかったわよと、水を差す。それにしても、カンタービレとは良く命名したものです。ピアノって楽器は歌えないくせに、譜面にはカンタービレ=歌えっと頻繁に指示されている、ある意味かわいそうで理不尽な楽器です。それをあたかも歌えるように演奏しているわけで、ポツポツ弦を爪弾く奏法で音と音の間を繋げないギターも同じ悩みを抱えるとか。楽器を歌わすコツは念力ですって。( ̄□ ̄;)!!日本の骨董屋さんで気に入って手に入れたピアノ弾きのオブジェ。韓国の道端でのこと。露天商がたくさん同じ物を売っているのを苦い思いで見やる。あえて値段は聞かなかった。

演奏家の気構え

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パフォーマンス・フィア、訳すると演奏恐怖症。聞いたことがありますか?何もピアノ演奏に限らず、人前で必要以上に上がってしまうタイプ。演奏をするとなれば誰しもあるレベルで緊張し、それが集中力に繋がっていくものですが、具合が悪くなる程緊張してしまってはまずいことに。アメリカで出会ったフルート科の学生が、演奏試験前に薬を飲んで落ち着きを取り戻していた場面に遭遇。薬なんか飲んで良いの?だって、緊張のあまり息ができなくなるのよ…と。確かにフルート吹きながら呼吸困難ではまずい。ピアノで良かったかな~。とりあえず息は吸える。ある演奏会で緊張のあまり出だしから間違えて両手で顔を覆ってしまった方に、「何もこの世の終わりじゃありませんから…あはは」と。勇気付けるつもりが裏目に。彼女の複雑な目つきに気付くも後の祭り。小澤征爾さんだって戦場だと思って舞台に立つという。殺気立つ程の気迫。演奏家としての気構えを説いていたのに。このようなシチュエーションで決しておちゃらけてはいけませんね。m(u_u)m友達が作ってくれたビーズのネックレス、あまりにゴージャスでなかなか出番が無いからオブジェに。

プロフィール

鈴木直美

Author:鈴木直美
ピアニスト、指導者として活動中。
Suzuki Piano School主催

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